あの子のこと

水野七緒

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sideA:沙耶のこと

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いつの頃からだろう。
私が、沙耶に関してだけ「不正解」を選ぶようになったのは。
高校受験で、私だけが合否のボーダーライン上だと判明したとき?
高校の入学式で、沙耶が「新入生代表」として壇上にあがったとき?
ちょっと憧れていた先輩に「妹は全然じゃん」って言われたとき?
担任の先生に「本当に似ていない姉妹だなぁ」と苦笑されたとき?
小さなあれこれは、数えあげたらキリがない。
でも、それらのなかで一番を挙げるとするなら、おそらく去年の夏の「アレ」だろう。

「俺、お前の姉ちゃんと付き合うことになった!」

当時、同じクラスだった田岡たおかくんにいきなりそう告げられた。

「うそ」

それが、真っ先にこぼれた言葉。
だって、どう考えても信じられなかったから。
沙耶が田岡くんに興味を示したことなんて、一度もなかったはずだし。
なのに、彼は「ほんとほんと」と嬉しそうに笑う。

「なんかさ、前から俺のことが気になってたんだって」
「……へぇ」
「やばいよな、お前の姉ちゃん、見る目あるよなぁ」
「いや、むしろ微妙でしょ」

遠慮なく返すと、笑顔で「どういう意味だよ」と背中を叩かれた。
けっこうな音が響いた。
なんだ、その全力。
女子相手なのだから、少しくらい手加減してくれてもいいのに。

(でも、沙耶が相手なら違うんだろうな)

まあ、そうだろう。
そうですよね。

別に傷ついてなんかいない。
むしろ、納得しているくらいだ。
沙耶は、目立つし優等生だし、美人だ。
いつも背筋をピンと伸ばしているような「正しい子」だ。

(そう、傷ついてなんかいない)

ただ、いたたまれなくは思っていた。
だって、田岡くんは──私に好意があるように感じていたから。

(恥ずかしい)

こんな勘違い、絶対に誰にも知られたくない。
いっそ、記憶ごと失ってしまいたい。

でも、それ以上に悩ましいのは帰宅後だ。
ひとつ屋根の下、沙耶とどんな顔をして会えばいいのか。

(田岡くんと付き合うことになった沙耶)
(田岡くんのことが好きだったらしい沙耶)

私が気づけなかった、沙耶の一面。
それを見せつけられるのは、なんだか少し怖い気がする──
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