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第5話
8・怒ってる
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連れて行かれたのは、屋上に続く階段の踊り場だった。
ここも書庫ほどではないにしても、あまり人が訪れない場所だ。
「座って」と目でうながされて、私は仕方なく階段に腰をおろした。砂ぼこりが気になったけど、そんなこと言えるような雰囲気じゃない。
「あのさ」
同じように隣に腰をおろした間中くんが、痛いほどまっすぐな目で私を見た。
「俺、なんかした?」
「……」
「佐島、俺のこと避けてるよな?」
「そんなことない、よ」
ああ、我ながら中途半端な返答だ。
「だって、ほら……今もちゃんと話をしてるし」
「でも、目が合わないじゃん」
「そうかな? べつにそんなこと──」
「なんで俺のこと避けるの?」
「……」
「俺なんかした? お前のこと、怒らせたり傷つけるようなことした?」
──していない。間中くんは何も悪くない。
すべては私の問題だ。私が、私のことをわからなさすぎて、私を嫌いになりかけているだけなのだ。
「ほんと違うから。間中くんは関係ない」
「じゃあ、どうして俺のこと避けんの?」
間中くんの声が、不安そうに揺れた。
「佐島……俺のこと見捨てんの?」
ズルい。
さっきまで怖いくらい怒っていたのに、いきなりそんな頼りなさそうな雰囲気を出すの、どう考えたってズルすぎる。
でも、彼のこれは決してわざとじゃない。
怒ってたのも本当。
今、不安に思っているのも本当。
間中くんは、そういう人だ。
「見捨てないよ」
まだ目は合わせられなかったけど、それだけは伝えた。
「見捨てたりしない。協力するって約束、ちゃんと果たすよ」
「……ほんと?」
「本当。作戦会議を中止していたのは、いい作戦が浮かばなかっただけだから」
口にしたのは、いくつかある理由のうちのひとつ。少なくとも嘘じゃない。ただ「すべて」ではないだけで。
左の頬のあたりに、めちゃくちゃ視線を感じた。痛いくらいだったそれは、やがて小さくこぼれた吐息ともにふっと力を失った。
「よかった。俺、佐島に見捨てられたのかと思った」
「まあ、そうなったら困るよね。作戦たててもらえなくなるわけだし」
なんとなくそう返すと、間中くんは「ん?」と不思議そうな声を洩らした。
「なに言ってんだよ。友達だからだろ」
「えっ」
「友達に見捨てられんの、すげー悲しいじゃん」
私は、ようやく顔をあげた。
間中くんは、拗ねたように唇をとがらせていた。
友達。
ああ、そうか、そういう理由か。
脳裏に浮かんだのは、彼が最初に私を「友達だ」と言ってくれたときのこと。あのこそばゆいような気持ちは、今でもうっすらと覚えている。
でも、今は──同じような気持ちにはなれない。
その事実から目を逸らし続けることは、もはやできそうになかった。
(そっか、こういうことか)
なんで結論を先延ばしにしていたのかわかった。
認めた瞬間、失恋が確定するからだ。
(でも、好きだ)
私は、間中くんのことが好きだ。
彼に恋をしてしまった。
「……佐島?」
またもや不安そうな顔つきになった間中くんを、私は見つめ返した。
ちょっと──ううん、かなり泣きたい。
けど、見て見ぬふりをしていた「本当」を受け入れたことで、私の頭のなかは今ひどくクリアだ。
「あのさ。じゃあ、友達としてはっきり言わせてもらうけど」
そう、まずはこれだ。
このことを伝えなくては。
「後夜祭の告白、やめたほうがいいと思う」
ここも書庫ほどではないにしても、あまり人が訪れない場所だ。
「座って」と目でうながされて、私は仕方なく階段に腰をおろした。砂ぼこりが気になったけど、そんなこと言えるような雰囲気じゃない。
「あのさ」
同じように隣に腰をおろした間中くんが、痛いほどまっすぐな目で私を見た。
「俺、なんかした?」
「……」
「佐島、俺のこと避けてるよな?」
「そんなことない、よ」
ああ、我ながら中途半端な返答だ。
「だって、ほら……今もちゃんと話をしてるし」
「でも、目が合わないじゃん」
「そうかな? べつにそんなこと──」
「なんで俺のこと避けるの?」
「……」
「俺なんかした? お前のこと、怒らせたり傷つけるようなことした?」
──していない。間中くんは何も悪くない。
すべては私の問題だ。私が、私のことをわからなさすぎて、私を嫌いになりかけているだけなのだ。
「ほんと違うから。間中くんは関係ない」
「じゃあ、どうして俺のこと避けんの?」
間中くんの声が、不安そうに揺れた。
「佐島……俺のこと見捨てんの?」
ズルい。
さっきまで怖いくらい怒っていたのに、いきなりそんな頼りなさそうな雰囲気を出すの、どう考えたってズルすぎる。
でも、彼のこれは決してわざとじゃない。
怒ってたのも本当。
今、不安に思っているのも本当。
間中くんは、そういう人だ。
「見捨てないよ」
まだ目は合わせられなかったけど、それだけは伝えた。
「見捨てたりしない。協力するって約束、ちゃんと果たすよ」
「……ほんと?」
「本当。作戦会議を中止していたのは、いい作戦が浮かばなかっただけだから」
口にしたのは、いくつかある理由のうちのひとつ。少なくとも嘘じゃない。ただ「すべて」ではないだけで。
左の頬のあたりに、めちゃくちゃ視線を感じた。痛いくらいだったそれは、やがて小さくこぼれた吐息ともにふっと力を失った。
「よかった。俺、佐島に見捨てられたのかと思った」
「まあ、そうなったら困るよね。作戦たててもらえなくなるわけだし」
なんとなくそう返すと、間中くんは「ん?」と不思議そうな声を洩らした。
「なに言ってんだよ。友達だからだろ」
「えっ」
「友達に見捨てられんの、すげー悲しいじゃん」
私は、ようやく顔をあげた。
間中くんは、拗ねたように唇をとがらせていた。
友達。
ああ、そうか、そういう理由か。
脳裏に浮かんだのは、彼が最初に私を「友達だ」と言ってくれたときのこと。あのこそばゆいような気持ちは、今でもうっすらと覚えている。
でも、今は──同じような気持ちにはなれない。
その事実から目を逸らし続けることは、もはやできそうになかった。
(そっか、こういうことか)
なんで結論を先延ばしにしていたのかわかった。
認めた瞬間、失恋が確定するからだ。
(でも、好きだ)
私は、間中くんのことが好きだ。
彼に恋をしてしまった。
「……佐島?」
またもや不安そうな顔つきになった間中くんを、私は見つめ返した。
ちょっと──ううん、かなり泣きたい。
けど、見て見ぬふりをしていた「本当」を受け入れたことで、私の頭のなかは今ひどくクリアだ。
「あのさ。じゃあ、友達としてはっきり言わせてもらうけど」
そう、まずはこれだ。
このことを伝えなくては。
「後夜祭の告白、やめたほうがいいと思う」
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