たかが、恋

水野七緒

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第1話

4・自慢のいとこ

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 ドアの向こうから聞こえてきたやわらかな声。
 どうぞ、と返事をすると、見知った顔がそっとあらわれた。

「よかった。おじゃまします」
結麻ゆまぁ……っ」

 結麻ゆまちゃんの姿を見るなり、お姉ちゃんは勢いよく抱きついた。

「聞いてよ、結麻。私、またフラれたんだけど!」
「そうなの? 大変だったね」
「それ! ほんと大変だったの! しかも、ただフラれただけじゃなくてさ、もうほんと超最悪で──」

 一方的すぎるお姉ちゃんのおしゃべりを、結麻ちゃんは「うんうん」とうなずきながら聞いている。
 すごいな、天使か。
 ここに天使がいるよ、神様。
 いとこの結麻ちゃんは、お姉ちゃんと同じ3年生なのに、いつも落ち着いていて、すごく優しい。
 しかも美人だ。「吹奏楽部の池沢いけざわ先輩」といえば、誰もが「ああ、あのきれいな人」っていうくらいの美人。

「それでさ、私がめちゃくちゃ傷ついてるのにさ、友香ってばぜんぜん話を聞いてくれなくて……」

 ──おっと、いつのまにか私が悪者になっている。

「ふつう、こういうときってなぐさめてくれるものじゃん? なのに私のこと『学習能力がない』とかバカにしてさ」
「それは、お姉ちゃんが先にバカにしてきたからだよ」
「そんなことしてない!」
「したよ! 私のこと、初恋もまだで異常だって言ったじゃん!」

 とっさに言い返したあとで、ドキドキした。
 だって、結麻ちゃんにまで「え、まだだったの?」って笑われたらさすがに落ち込んでしまいそうだったから。
 でも、さすがは結麻ちゃん。私の恋愛事情を聞いても、ふわっと微笑んだだけだった。

「トモちゃんの一番は本だもんね」

 そう──そうなの!

「読書が好きなの! 本が一番なの!」

 だって、面白い本って何度読んでも面白いでしょ。
 いつもわくわくどきどきさせてくれるし、読み返すたびに新しい発見があるし。
 でも、恋愛は薄っぺらだ。
 どんなに好き好き大好きっていったところで、そんなのどうせ一時的なこと。
 うちのお姉ちゃんがいい例で、今は「フラれた」って大騒ぎしてるけど、どうせ3日もすれば、また新しい人を好きになっているはず。
 もちろん、私だってぜんぶの恋愛を否定するつもりはないよ?
 「結婚」ってゴールが見えている恋愛なら、ぜんぜん有り。つまり、大人が恋愛するのは否定しない。そういう小説も、読んだことがあるし。
 でもさ、中学生が恋愛する意味ってある?
 どうせすぐに心変わりするのに?
 薄っぺらな恋しかできないのに?
 思うに、中学生の「好き」なんて、しょせん大人のまねごとなんだよ。3年生の目立つ人たちが、ちょっとパーマをかけたり、色つきリップを塗ったりするようなもの。
 かといって、真剣な恋をした場合、それはそれでろくな結果にならないでしょ。
 たとえば、かの有名な「ロミオとジュリエット」。たしか、ロミオは高校生くらい、ジュリエットは中学生くらいの年齢だったはずだけど、あれなんてまさに未成年らしいあさはかな結末だよね? 彼らが大人だったら、きっとあんな勘違いで死んじゃうこともなかったのに。
 そう、子供が恋愛するとろくなことがない。
 やっぱり、恋愛は大人になって「結婚」を考えてからするものなんだ。
 ──なんて私の一人語りも、結麻ちゃんはいつもニコニコしながら聞いてくれる。
 優しい。ほんと天使。
 お姉ちゃんなんて、途中から飽きてタブレット端末で動画をみはじめたのに。
 ていうか、さっきまで「フラれた~」って落ち込んでいたはずなのに、30分もしないでくだらない動画でゲラゲラ笑っているの、ほんと意味がわかんない。

「結麻ちゃんがお姉ちゃんだったらな」
「ん?」
「そしたら、おしゃべりしたいこといっぱいあるのに」
「じゃあ、トモちゃん、うちの子になる?」

 おっとり笑う結麻ちゃんの隣で、「ともウザい」ってお姉ちゃんが吐き捨てた。
 なに言ってんの。お姉ちゃんのタブレット端末から聞こえてくる、わざとらしい笑い声のほうが、よっぽど耳障りでうっとおしいんですけど。
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