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第1話
1・いきなりレッドカード
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昼休みの図書館が好きだ。
誰もいない、静かな空間。
大好きな読書に夢中になれる、最高の場所。
だから、私は図書委員になった。
そうすれば、好きなだけ図書室に入り浸れるから。
教室なんてダメ。
男子がプロレスとかしてうるさいし、女子でもたまにからかってくる子たちがいる。「昼休みに本読むとか、マジメすぎ~」とかなんとか。
べつにいいじゃない、本が好きなんだから。
でも、いちいち言い返すのも面倒だし、それで口ゲンカになったらもっと面倒。
だから、私はこの図書室を訪れる。
静かな場所で、どっぷり本につかるために。
そう、この静かな場所で──
「えっ、そんなこと言われたの!?」
「うん……私のこと、もう好きじゃないって」
「はぁっ!? なにそれ、ひどすぎ」
そう、静かな──
「ゆきっちはまだこんなにあいつのこと好きなのに」
「そうだよ、こんなのゆきっちに対する裏切りだよ!」
静かな、この場所──
「よし、あとで呼びだそう! なんで裏切ったのか聞き出そう!」
「でも、来てくれるかな。バスケ部、大会前だし……」
「来るよ、来させるよ!」
「私たちが絶対呼び出すから! あいつが来たら、ゆきっちはガツンと……」
「そこ、静かにしてください!」
ついにたまりかねた私は、手製の黄色いカードを彼女たちに突きつけた。
「警告ひとつめです。2枚目で退室してもらいます」
図書委員として、これは当然のつとめ。このカードだって「うるさい生徒用を注意するときに」って先生がわざわざ用意してくれたもの。
なのに、騒いでいた3人のうちのひとりが「はぁっ?」ってもっと大きな声をあげた。
「なにそれ、こっちは大事な話をしてるんだけど」
「ここはおしゃべりする場所じゃありません。図書室です。本を読む場所です」
「知ってる! 私らのことバカにしてんの?」
バカにはしていない。
けど、図書室がどんな場所なのかわかっていておしゃべりしていたんだとしたら、バカだと思われても仕方がないのでは?
なんて、私の心の声が彼女たちに届くはずもなく。
「なにあの子、まじめすぎ」
「ちょっとくらいおしゃべりするの、ふつうだよね」
「そうだよ、それにここにいるの私らだけじゃん」
残りのふたりまで、目配せしはじめた。
ああ、バカバカしい。そんな言い訳、通用するはずがないのに。
「ここにいるのは、あなたたちだけではありません。私もいます」
「じゃあ、あんたが我慢すればいいじゃん」
「なぜですか? ルールを守っている私が、なぜルールを破っているあなたたちに従わなければいけないんですか?」
「そんなの、3対1で……」
「ルール違反と多数決は関係ありません。それとも、あなたは赤信号をみんなで渡った場合、交通違反ではないとでもいうつもりですか? たった今、誰かがあなたに殴りかかったとして、相手が5人組だったらあなたはその人たちに屈するのですか?」
「は!?」
「屈したくないなら、今すぐおしゃべりをやめてください。おしゃべりを続けたいなら、ぜひ教室へ……」
「そんなの無理だよ」
ゆきっち、と呼ばれていた子が涙を堪えるように瞬きした。
「大事な話だもん。教室なんかでできっこない」
「そうだよね、誰に聞かれるかわかんないもんね」
「わかった? つまりあんたが我慢すればいいってこと」
なんだそれ、どうしてそうなった?
「だったら、教室と図書室以外の場所にいってください。人がいない場所なんて探せばそれなりにあります」
そもそも──そもそもだ。
「『大事な話』って……たかが恋バナで」
ついこぼれてしまった本音。
今度は、3人分の「はぁっ!?」が返ってきた。
「なに言ってんの、あんた!」
「ゆきっちの気持ち、考えたことある!?」
「ひどい……『たかが』って……」
ゆきっちさんの目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「ぜんぜん『たかが』じゃない……そんな軽いものじゃないのに」
「そうだよ、ゆきっちは必死なんだよ!」
「なんなのあんた、さっきからゆきっちをいじめて楽しいわけ?」
ああ、でた被害者のフリ。かわいい系女子がよくやるパターン。
でも、被害を被っているのは私のはずだ。読書時間を邪魔されて、図書委員としての仕事に文句をつけられて、挙げ句の果てに加害者あつかいって、どう考えてもおかしすぎる。
けれども、彼女たちと私はどこまでも意見が合わないらしい。
「なによ、その顔」
「文句があるならはっきり言えば?」
「ていうか、まずはゆきっちに謝りなよ」
仲間の声に同意するように、ゆきっちさんは涙いっぱいの目で私を見る。
けど、そんなものにほだされてたまるか。
よし、2枚目だ。2枚目のイエローカードで、さっさとここから追い出そう。
心を決めて、カードに手を伸ばしかけたときだった。
バァァンッてあり得ないような大きな音が、図書室いっぱいに響き渡った。
「佐島いる!? 佐島ぁ──」
くりかえすけど、ここは図書室だ。
おしゃべり厳禁、大きな物音も厳禁。
なのに、私と同じクラスのネームプレートをつけた彼は、こっちを見るなり「いた!」と頬をほころばせた。
「やっぱ、いた! なあ、数学の宿題みせて! 俺、やるの忘れてて……」
「レッド!」
「……へ?」
「レッドカード! 今すぐ退室!」
赤いカードを突きつけると、彼──間中勇くんは「えぇぇ」と情けなく眉を下げた。
誰もいない、静かな空間。
大好きな読書に夢中になれる、最高の場所。
だから、私は図書委員になった。
そうすれば、好きなだけ図書室に入り浸れるから。
教室なんてダメ。
男子がプロレスとかしてうるさいし、女子でもたまにからかってくる子たちがいる。「昼休みに本読むとか、マジメすぎ~」とかなんとか。
べつにいいじゃない、本が好きなんだから。
でも、いちいち言い返すのも面倒だし、それで口ゲンカになったらもっと面倒。
だから、私はこの図書室を訪れる。
静かな場所で、どっぷり本につかるために。
そう、この静かな場所で──
「えっ、そんなこと言われたの!?」
「うん……私のこと、もう好きじゃないって」
「はぁっ!? なにそれ、ひどすぎ」
そう、静かな──
「ゆきっちはまだこんなにあいつのこと好きなのに」
「そうだよ、こんなのゆきっちに対する裏切りだよ!」
静かな、この場所──
「よし、あとで呼びだそう! なんで裏切ったのか聞き出そう!」
「でも、来てくれるかな。バスケ部、大会前だし……」
「来るよ、来させるよ!」
「私たちが絶対呼び出すから! あいつが来たら、ゆきっちはガツンと……」
「そこ、静かにしてください!」
ついにたまりかねた私は、手製の黄色いカードを彼女たちに突きつけた。
「警告ひとつめです。2枚目で退室してもらいます」
図書委員として、これは当然のつとめ。このカードだって「うるさい生徒用を注意するときに」って先生がわざわざ用意してくれたもの。
なのに、騒いでいた3人のうちのひとりが「はぁっ?」ってもっと大きな声をあげた。
「なにそれ、こっちは大事な話をしてるんだけど」
「ここはおしゃべりする場所じゃありません。図書室です。本を読む場所です」
「知ってる! 私らのことバカにしてんの?」
バカにはしていない。
けど、図書室がどんな場所なのかわかっていておしゃべりしていたんだとしたら、バカだと思われても仕方がないのでは?
なんて、私の心の声が彼女たちに届くはずもなく。
「なにあの子、まじめすぎ」
「ちょっとくらいおしゃべりするの、ふつうだよね」
「そうだよ、それにここにいるの私らだけじゃん」
残りのふたりまで、目配せしはじめた。
ああ、バカバカしい。そんな言い訳、通用するはずがないのに。
「ここにいるのは、あなたたちだけではありません。私もいます」
「じゃあ、あんたが我慢すればいいじゃん」
「なぜですか? ルールを守っている私が、なぜルールを破っているあなたたちに従わなければいけないんですか?」
「そんなの、3対1で……」
「ルール違反と多数決は関係ありません。それとも、あなたは赤信号をみんなで渡った場合、交通違反ではないとでもいうつもりですか? たった今、誰かがあなたに殴りかかったとして、相手が5人組だったらあなたはその人たちに屈するのですか?」
「は!?」
「屈したくないなら、今すぐおしゃべりをやめてください。おしゃべりを続けたいなら、ぜひ教室へ……」
「そんなの無理だよ」
ゆきっち、と呼ばれていた子が涙を堪えるように瞬きした。
「大事な話だもん。教室なんかでできっこない」
「そうだよね、誰に聞かれるかわかんないもんね」
「わかった? つまりあんたが我慢すればいいってこと」
なんだそれ、どうしてそうなった?
「だったら、教室と図書室以外の場所にいってください。人がいない場所なんて探せばそれなりにあります」
そもそも──そもそもだ。
「『大事な話』って……たかが恋バナで」
ついこぼれてしまった本音。
今度は、3人分の「はぁっ!?」が返ってきた。
「なに言ってんの、あんた!」
「ゆきっちの気持ち、考えたことある!?」
「ひどい……『たかが』って……」
ゆきっちさんの目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「ぜんぜん『たかが』じゃない……そんな軽いものじゃないのに」
「そうだよ、ゆきっちは必死なんだよ!」
「なんなのあんた、さっきからゆきっちをいじめて楽しいわけ?」
ああ、でた被害者のフリ。かわいい系女子がよくやるパターン。
でも、被害を被っているのは私のはずだ。読書時間を邪魔されて、図書委員としての仕事に文句をつけられて、挙げ句の果てに加害者あつかいって、どう考えてもおかしすぎる。
けれども、彼女たちと私はどこまでも意見が合わないらしい。
「なによ、その顔」
「文句があるならはっきり言えば?」
「ていうか、まずはゆきっちに謝りなよ」
仲間の声に同意するように、ゆきっちさんは涙いっぱいの目で私を見る。
けど、そんなものにほだされてたまるか。
よし、2枚目だ。2枚目のイエローカードで、さっさとここから追い出そう。
心を決めて、カードに手を伸ばしかけたときだった。
バァァンッてあり得ないような大きな音が、図書室いっぱいに響き渡った。
「佐島いる!? 佐島ぁ──」
くりかえすけど、ここは図書室だ。
おしゃべり厳禁、大きな物音も厳禁。
なのに、私と同じクラスのネームプレートをつけた彼は、こっちを見るなり「いた!」と頬をほころばせた。
「やっぱ、いた! なあ、数学の宿題みせて! 俺、やるの忘れてて……」
「レッド!」
「……へ?」
「レッドカード! 今すぐ退室!」
赤いカードを突きつけると、彼──間中勇くんは「えぇぇ」と情けなく眉を下げた。
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