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第8話
3・戦友に報告
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そんなわけで、俺とナツさんは「好き(仮)」という状態でお付き合いをはじめることになった。
とはいえ、あくまで「ひそかに」だ。表向き、俺の交際相手は星井ナナセであり、彼女とは当分別れるわけにはいかない。
(とりあえず、星井と額田先輩がうまくいかない限りは無理だよな)
果たしていつになるのやら──などと思いつつ、俺はルーズリーフを1枚外した。
午後の授業はすでにはじまっていたので、俺は板書するふりをしながらそこに必要事項を書き記した。そして、ていねいに折りたたむと、星井の机の上にポンと乗せた。
星井は、ちらりとこちらを見ると、すぐに俺からのルーズリーフを開いた。
──「ナツさんと(仮)で付き合うことになった」
星井は「へっ!?」と奇声をあげた。
当然、その声はすでに授業がはじまっている教室中に響き渡り、教師に「どうした星井」と問われるはめになった。
「すみませーん、なんでもないでーす」
その場を笑顔で乗りきった星井は、すぐさま自分のルーズリーフをビリッと破り取った。
──「どういうこと? なんなの(仮)って」
なるほど、気になったのはそっちか。
俺は、渡された切れ端のさらに端っこに「詳しくは放課後」と書き記すと、教師の目を盗むように星井に返した。
さて──星井にはなんて説明しよう。ナツさんを言いくるめた「仮免云々」の言い訳が、果たして彼女に通用するだろうか。
(いや、しないな)
するわけがない。
そもそも俺は、星井に口で勝てた試しがない。よって、適当な理由で彼女を言いくるめるなど、どう頑張っても無理に決まっている。
なので、星井にはバカ正直に今の心情を語ることにした。
ナツさんからの好意に疑問があること。
それ以上に、自分の想いに自信がないこと。
「雰囲気に流されたかも……と、思わなくもないというか」
放課後、ラッキーバーガーの片隅でボソボソと語る俺に、星井はひとこと「面倒くさ」と吐き捨てた。
「なんなのあんた、なんでそんな面倒くさいの」
「自分でもそう思う」
まったくもって、恋する自分がこんなに面倒くさいとは思ってもみなかった。実に有り難くない発見だ。
うなだれる俺を前に、星井は椅子にふんぞりかえったまま「あのさ」と足を組み直した。
「青野はさ、なっちゃんのこと可愛いって思ってるんでしょ」
「それは、まあ……」
「だったら決まりじゃん! 可愛いは『好き』だよ。『愛しい』だよ、古文で習ったじゃん!」
「いや、古文では『いとし』が『可愛い』であって、『可愛い』が『愛しい』というわけでは──」
俺の訂正は、彼女の「うるさい」の一言で片付けられてしまった。
「今、大事なのはそこじゃない。一度は『好き』って認めておきながら、そのあとごちゃごちゃ尻込みして、挙げ句(仮)なんてつけたあんたの往生際の悪さについて『どうなの』って言ってんの!」
痛い指摘だ。俺は、さらに背中を丸めた。
星井は、ズズッと音をたててアイスティーをすすった。彼女がこういう行儀の悪い態度をとるときは、たいてい呆れているか、苛立っているときだ。本当に面目ない。
「たしかに、その……俺も往生際が悪いと思わなくはないけど」
それでも、怯んでしまったのだから仕方がない。
そもそもナツさんもナツさんだ。想いが通じ合ったとたん、あんなにグイグイ迫ってくることはないだろう。
「星井だって引くだろ、付き合ってすぐに額田先輩にグイグイこられたら」
「なんで? むしろ嬉しいじゃん」
「えっ!?」
「嬉しいよ、好きな人に『求められてる』ってことでしょ」
「いや、けどタイミングがあるっていうか……『お付き合いしましょう』『じゃあ、ヤリましょう』って、どう考えても早すぎるというか……」
「じゃあ、逆に訊くけど」
星井は、寄りかかっていた椅子から身体を起こした。
「青野は、いつならいいの」
「……えっ」
「いつなら、なっちゃんとやってもいいの?」
「それ……は……」
なんて答えにくい質問をぶつけてくるのだろう。口ごもる俺に、星井は「ほらね」とため息をついた。
「つまりさ、青野は結局──」
星井が何か言いかけた、そのときだ。
彼女のカバンから、ブルルとスマホのバイブ音が聞こえてきた。
「──あ、八尾っちからだ。めずらしー」
しかも、メールではなく電話らしい。星井は、通話アイコンをタップすると椅子の背もたれに寄りかかった。
「もしもーし。なに、八尾っち……えっ!?」
星井の、夏樹さん似の細い目がにわかに丸くなる。
「ううん、別れてないけど──えっ、なっちゃんが? えっ、えっ?」
星井がちらりとこちらを見た。
やばい──この時点で、すでに嫌な予感しかしない。
「ああ、うん……青野ならここにいるけど……うん、わかった」
星井は、眉をひそめると「はい」と俺にスマホを差し出してきた。
「……何?」
「八尾っちが『青野に替わってくれ』だって」
とはいえ、あくまで「ひそかに」だ。表向き、俺の交際相手は星井ナナセであり、彼女とは当分別れるわけにはいかない。
(とりあえず、星井と額田先輩がうまくいかない限りは無理だよな)
果たしていつになるのやら──などと思いつつ、俺はルーズリーフを1枚外した。
午後の授業はすでにはじまっていたので、俺は板書するふりをしながらそこに必要事項を書き記した。そして、ていねいに折りたたむと、星井の机の上にポンと乗せた。
星井は、ちらりとこちらを見ると、すぐに俺からのルーズリーフを開いた。
──「ナツさんと(仮)で付き合うことになった」
星井は「へっ!?」と奇声をあげた。
当然、その声はすでに授業がはじまっている教室中に響き渡り、教師に「どうした星井」と問われるはめになった。
「すみませーん、なんでもないでーす」
その場を笑顔で乗りきった星井は、すぐさま自分のルーズリーフをビリッと破り取った。
──「どういうこと? なんなの(仮)って」
なるほど、気になったのはそっちか。
俺は、渡された切れ端のさらに端っこに「詳しくは放課後」と書き記すと、教師の目を盗むように星井に返した。
さて──星井にはなんて説明しよう。ナツさんを言いくるめた「仮免云々」の言い訳が、果たして彼女に通用するだろうか。
(いや、しないな)
するわけがない。
そもそも俺は、星井に口で勝てた試しがない。よって、適当な理由で彼女を言いくるめるなど、どう頑張っても無理に決まっている。
なので、星井にはバカ正直に今の心情を語ることにした。
ナツさんからの好意に疑問があること。
それ以上に、自分の想いに自信がないこと。
「雰囲気に流されたかも……と、思わなくもないというか」
放課後、ラッキーバーガーの片隅でボソボソと語る俺に、星井はひとこと「面倒くさ」と吐き捨てた。
「なんなのあんた、なんでそんな面倒くさいの」
「自分でもそう思う」
まったくもって、恋する自分がこんなに面倒くさいとは思ってもみなかった。実に有り難くない発見だ。
うなだれる俺を前に、星井は椅子にふんぞりかえったまま「あのさ」と足を組み直した。
「青野はさ、なっちゃんのこと可愛いって思ってるんでしょ」
「それは、まあ……」
「だったら決まりじゃん! 可愛いは『好き』だよ。『愛しい』だよ、古文で習ったじゃん!」
「いや、古文では『いとし』が『可愛い』であって、『可愛い』が『愛しい』というわけでは──」
俺の訂正は、彼女の「うるさい」の一言で片付けられてしまった。
「今、大事なのはそこじゃない。一度は『好き』って認めておきながら、そのあとごちゃごちゃ尻込みして、挙げ句(仮)なんてつけたあんたの往生際の悪さについて『どうなの』って言ってんの!」
痛い指摘だ。俺は、さらに背中を丸めた。
星井は、ズズッと音をたててアイスティーをすすった。彼女がこういう行儀の悪い態度をとるときは、たいてい呆れているか、苛立っているときだ。本当に面目ない。
「たしかに、その……俺も往生際が悪いと思わなくはないけど」
それでも、怯んでしまったのだから仕方がない。
そもそもナツさんもナツさんだ。想いが通じ合ったとたん、あんなにグイグイ迫ってくることはないだろう。
「星井だって引くだろ、付き合ってすぐに額田先輩にグイグイこられたら」
「なんで? むしろ嬉しいじゃん」
「えっ!?」
「嬉しいよ、好きな人に『求められてる』ってことでしょ」
「いや、けどタイミングがあるっていうか……『お付き合いしましょう』『じゃあ、ヤリましょう』って、どう考えても早すぎるというか……」
「じゃあ、逆に訊くけど」
星井は、寄りかかっていた椅子から身体を起こした。
「青野は、いつならいいの」
「……えっ」
「いつなら、なっちゃんとやってもいいの?」
「それ……は……」
なんて答えにくい質問をぶつけてくるのだろう。口ごもる俺に、星井は「ほらね」とため息をついた。
「つまりさ、青野は結局──」
星井が何か言いかけた、そのときだ。
彼女のカバンから、ブルルとスマホのバイブ音が聞こえてきた。
「──あ、八尾っちからだ。めずらしー」
しかも、メールではなく電話らしい。星井は、通話アイコンをタップすると椅子の背もたれに寄りかかった。
「もしもーし。なに、八尾っち……えっ!?」
星井の、夏樹さん似の細い目がにわかに丸くなる。
「ううん、別れてないけど──えっ、なっちゃんが? えっ、えっ?」
星井がちらりとこちらを見た。
やばい──この時点で、すでに嫌な予感しかしない。
「ああ、うん……青野ならここにいるけど……うん、わかった」
星井は、眉をひそめると「はい」と俺にスマホを差し出してきた。
「……何?」
「八尾っちが『青野に替わってくれ』だって」
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