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第8話

2・好き(仮)とは

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 ナツさんは、ぽかんとしたように俺を見た。

「なにそれ、カッコカリ?」
「そ……うです(仮)です」

 やばい、動揺しすぎて返答につっかえてしまった。
 内心焦りつつも、俺は何食わぬ顔で、指先を宙に走らせる。描いたのは、もちろん(仮)の文字。けれど、ナツさんにはいまいちピンときていないらしい。

(ですよね)

 正直なところ、発言者である俺ですら、いまいちよくわかっていない。だって、考えて発した言葉ではない──どちらかというと「反射的に飛び出してしまった言葉」だったから。
 けれど、そんな言い訳は、当然ナツさんには通用しなかった。

「ねえ、それってどういうこと? なにがカッコカリなの?」

 答えろとばかりにグイグイ迫られて、俺は必死に身をよじった。

「ですから俺のナツさんへの好意といいますか」
「えっ、『好き』に『カッコカリ』なんてあるの!?」
「あるんじゃないですかね……いわゆる『仮免許』みたいなものをイメージしていただければと」

 無茶苦茶な言い訳だ。俺自身「それはどうなんだ?」と内心首を傾げている。けれど、いったん口にしてしまった以上、なんとかそれらしい理由でナツさんを納得させなければいけない。

「とにかく、そういうわけですから、今はまだナツさんと……その……」
「……その?」
「セ……あ……愛しあうわけにはいきません!」

 どうしても「セックス」の4文字を口にできなくて、俺は別の表現に置き換える。
 ナツさんは「ぶはっ」と吹きだした。こんなことに限って、俺の意図を正確に汲み取ってくれたようだ。

「ヤバ、青野……『愛しあう』……『愛しあう』って……」
「失礼ですね! よくある言い方でしょう!」
「あるある! めちゃくちゃ童貞くさい!」

 くそっ、バカにしやがって! なんなら童貞の本気を見せてやろうか!?
 ――などと考えなかったわけではない。でも、実行には移さなかった。もしかしたら大惨事になるかもしれなかったし、なによりそのやり方を知らなかったのだ……残念なことに。
 そのあたりの俺の事情も、おそらくナツさんにはお見通しなのだろう。彼はようやく笑いを引っ込めると「じゃあさ」と上目遣いに俺を見た。

「青野からキスして」
「えっ」
「キスなら問題ないじゃん? カッコカリでも」

 ──そうか? そういうものなのか?
 困惑する俺に、ナツさんは「ん!」と唇を突き出してみせる。
 くそ、かわいいな……どこの悪魔だよ、あんた。
 まあ、非童貞じゃないナツさんがそう言うなら、たぶんキスくらいはいいのだろう。
 ひとまず、ナツさんの顔を固定するように、肉付きの薄い頬を両手で挟みこむ。
 それから、がんばってちょっと腹筋を使って上体を起こすと、とがった唇に、自分の唇を重ねてみた。
 最初に思ったのは「みずみずしさ」だ。ナツさんの唇は薄めなのに、みずみずしい果実みたいに弾力がある。
 これが本物の果実なら、今すぐ迷わずかじりつくのに──そんなことを考えていたら、ナツさんにぺろりと下唇を舐められた。

(えっ、食われる!?)

 内心ギョッとして目を開けると、いたずらっぽい眼差しとぶつかった。まるで「ねえ、それだけ?」と誘われているかのよう──いや、気のせいかもしれないけれど。
 もう一度、唇をぺろりと舐められて、すぐに俺は同じようにやり返した。正直、心臓はバクバクで今にも壊れそうだったけど、動揺していることだけは絶対に悟られたくない。
 そうして、しばらく唇をくちゃくちゃしていたところで、ナツさんは「ふふ」と笑い声を洩らした。

「──ハイ、おしまい。よくできたじゃーん」

 よしよし、と癖のある髪を撫でられる。
 こういうところ、年上っぽいというか、いかにも「経験者」っぽくてなんだか悔しかったけど、満足そうに笑うナツさんがやけに可愛く見えて、俺は未経験者らしく頭を抱えたくなったのだった。
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