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第7話
20・ぐずぐずの告白
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「ナツさん!」
俺が大声で呼び止めると、ナツさんは「ひゃっ」と派手に上体を揺らした。
「えっ……あああああ、青野!? なんで!?」
「それはこっちのセリフでしょう」
逃がしてなるか、と俺は1段ずつ慎重に階段をのぼっていく。
「そんなところで何をしているんですか?」
「えっ、あ……ええと……」
「瞑想ですか? 理由は? まさかとは思いますが──元の世界に帰るつもりですか?」
ナツさんは答えない。代わりに、唇を強くへの字に曲げている。
つまりは「肯定」だ──ああ、なんてわかりやすい。
「なんだよ、それ……ふざけんなよ」
ダメだ、またイライラしてきた。
「なんで勝手に戻ろうとしてんだよ……俺のこと、振りまわすだけ振りまわしておいて……あんた、俺のこと好きじゃなかったのかよ!」
思わず怒鳴ると、ナツさんの表情がぐしゃっと歪んだ。
「だって……だって青野、オレのこと好きになってくれないじゃん!」
「だからってあきらめるんですか!? 俺が好きにならないなら、好きにさせるだけの努力をすればいいじゃないですか!」
「そんなのやった! さんざんやった! けどオレ、こっちの星井夏樹みたいにはなれないし……だったら、もうこれしかないじゃん! こっちの星井夏樹を連れてくるしか、青野、オレのこと好きになってくれないじゃん!」
泣き出す一歩手前みたいな表情で放たれた、ナツさんからの反論。ぐずぐずと鼻水をすすっているあたり、どうやら演技ではなさそうだ。
「でもね、青野……やっぱりダメだった」
──は?
「ごめんね、青野……オレ、何度も瞑想してみたけど、この間みたいに身体がフワッてならない。ぜんぜん帰れるっぽい感じがしない」
ついに、ナツさんの目からぽろりと涙がこぼれた。
「ごめんね青野、あっちの星井夏樹を連れてこられなくて、ほんとごめんね」
「いや、ですから、それは──」
「でもね、青野……オレ思ったの。オレたち、もうどうやっても入れ替わることができないならさ」
その目が、今度はキラキラと輝いた。
「青野はもう、オレのことを好きになるしかなくない?」
──ハイ?
「ね、それしかないよね? やっぱり青野は、オレのことを好きになるしかない! これって、ええと、たぶん……運命なんだよ!」
どうだ、とばかりにナツさんは鼻の穴を膨らませる。まるで、難しい難問を見事に解き明かした小学生のように。
(……なるほど、そうきたか)
俺は、すんっと鼻を鳴らした。
そうだ、この人はこういう人だ。いつまでも「ごめんねごめんね」と謝るような殊勝な人じゃなかった。
ナツさんは、涙目のままチラチラとこちらを伺っている。明らかに「期待」をにじませた目。俺が「そうですね、ナツさんを好きになるしかないですね」と同意することを望んでいる目。
そんなわけあるか。なんて自分本位なんだ。
なのに、期待に輝くナツさんの目から、俺は視線を外すことができない。
ああ、くそ……ああ、くそ!
「あああああーっ」
突然叫んだせいか、ナツさんがびくっと身体を揺らした。
けれど、それにかまうことなくナツさんの隣に腰を下ろすと、俺はそのまま上体を後ろに倒した。
「最悪だ……ほんと最悪ですよ、あんた」
「なんで? 瞑想しても帰れなかったから?」
「そうじゃなくて……」
本当に──本当に俺は、星井夏樹というひとが好きだったのだ。
初恋で、大好きで、かけがえのない存在で──たとえ一生片想いだったとしても、俺は夏樹さん以外のひとのことは好きにならない、そんなの絶対にあり得ないとすら思っていて。
なのに、この人は今、そんな俺の心の壁を乗り越えようとしている。
夏樹さんそのものの外見で「オレを好きになって」「好きになるしかないよね?」──そんな言葉を、いくつも俺に差し出してくれるのだ。どれも「本物の夏樹さん」ならば絶対に口にしてくれない言葉たちを。
(……悪魔だ)
悪魔の誘惑、とはきっとこういうものを差すに違いない。
「ねえ、青野……返事は?」
「……」
「青野……青野ってば……」
ナツさんの声が、徐々に小さくなっていく。目の輝きは再び失われ、今度は涙のせいでキラキラしはじめる。
ああ、なんでこんな悪魔に捕まってしまったのだろう。
俺は両手で顔を隠すと、絞り出すように言葉を発した。
「負けました」
「──へっ?」
「好きです、ナツさん……あなたのことが」
俺が大声で呼び止めると、ナツさんは「ひゃっ」と派手に上体を揺らした。
「えっ……あああああ、青野!? なんで!?」
「それはこっちのセリフでしょう」
逃がしてなるか、と俺は1段ずつ慎重に階段をのぼっていく。
「そんなところで何をしているんですか?」
「えっ、あ……ええと……」
「瞑想ですか? 理由は? まさかとは思いますが──元の世界に帰るつもりですか?」
ナツさんは答えない。代わりに、唇を強くへの字に曲げている。
つまりは「肯定」だ──ああ、なんてわかりやすい。
「なんだよ、それ……ふざけんなよ」
ダメだ、またイライラしてきた。
「なんで勝手に戻ろうとしてんだよ……俺のこと、振りまわすだけ振りまわしておいて……あんた、俺のこと好きじゃなかったのかよ!」
思わず怒鳴ると、ナツさんの表情がぐしゃっと歪んだ。
「だって……だって青野、オレのこと好きになってくれないじゃん!」
「だからってあきらめるんですか!? 俺が好きにならないなら、好きにさせるだけの努力をすればいいじゃないですか!」
「そんなのやった! さんざんやった! けどオレ、こっちの星井夏樹みたいにはなれないし……だったら、もうこれしかないじゃん! こっちの星井夏樹を連れてくるしか、青野、オレのこと好きになってくれないじゃん!」
泣き出す一歩手前みたいな表情で放たれた、ナツさんからの反論。ぐずぐずと鼻水をすすっているあたり、どうやら演技ではなさそうだ。
「でもね、青野……やっぱりダメだった」
──は?
「ごめんね、青野……オレ、何度も瞑想してみたけど、この間みたいに身体がフワッてならない。ぜんぜん帰れるっぽい感じがしない」
ついに、ナツさんの目からぽろりと涙がこぼれた。
「ごめんね青野、あっちの星井夏樹を連れてこられなくて、ほんとごめんね」
「いや、ですから、それは──」
「でもね、青野……オレ思ったの。オレたち、もうどうやっても入れ替わることができないならさ」
その目が、今度はキラキラと輝いた。
「青野はもう、オレのことを好きになるしかなくない?」
──ハイ?
「ね、それしかないよね? やっぱり青野は、オレのことを好きになるしかない! これって、ええと、たぶん……運命なんだよ!」
どうだ、とばかりにナツさんは鼻の穴を膨らませる。まるで、難しい難問を見事に解き明かした小学生のように。
(……なるほど、そうきたか)
俺は、すんっと鼻を鳴らした。
そうだ、この人はこういう人だ。いつまでも「ごめんねごめんね」と謝るような殊勝な人じゃなかった。
ナツさんは、涙目のままチラチラとこちらを伺っている。明らかに「期待」をにじませた目。俺が「そうですね、ナツさんを好きになるしかないですね」と同意することを望んでいる目。
そんなわけあるか。なんて自分本位なんだ。
なのに、期待に輝くナツさんの目から、俺は視線を外すことができない。
ああ、くそ……ああ、くそ!
「あああああーっ」
突然叫んだせいか、ナツさんがびくっと身体を揺らした。
けれど、それにかまうことなくナツさんの隣に腰を下ろすと、俺はそのまま上体を後ろに倒した。
「最悪だ……ほんと最悪ですよ、あんた」
「なんで? 瞑想しても帰れなかったから?」
「そうじゃなくて……」
本当に──本当に俺は、星井夏樹というひとが好きだったのだ。
初恋で、大好きで、かけがえのない存在で──たとえ一生片想いだったとしても、俺は夏樹さん以外のひとのことは好きにならない、そんなの絶対にあり得ないとすら思っていて。
なのに、この人は今、そんな俺の心の壁を乗り越えようとしている。
夏樹さんそのものの外見で「オレを好きになって」「好きになるしかないよね?」──そんな言葉を、いくつも俺に差し出してくれるのだ。どれも「本物の夏樹さん」ならば絶対に口にしてくれない言葉たちを。
(……悪魔だ)
悪魔の誘惑、とはきっとこういうものを差すに違いない。
「ねえ、青野……返事は?」
「……」
「青野……青野ってば……」
ナツさんの声が、徐々に小さくなっていく。目の輝きは再び失われ、今度は涙のせいでキラキラしはじめる。
ああ、なんでこんな悪魔に捕まってしまったのだろう。
俺は両手で顔を隠すと、絞り出すように言葉を発した。
「負けました」
「──へっ?」
「好きです、ナツさん……あなたのことが」
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