目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

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第7話

11・あくまで、お目当ては……

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 そんなわけで放課後、俺は久しぶりに「ラッキーバーガー」に足を運ぶことにした。もちろん星井にも声をかけたけど「今日は予定があるから」と断られたので、やむを得ず、俺ひとりでの来店だ。
 いちおう断っておくけど、俺のお目当ては期間限定の「もっちり月見バーガー」だ。あくまで、もっちり体験をしに来ただけだ。
 なのに、店の自動ドアが左右に開いたとたん、早くも「ああっ」と聞き覚えのある声が耳に届いた。

「あっ、ごめ……ごめんなさい!」

 懐かしい黒エプロン。まさかの、結び目が縦結びになっているところまで、夏樹さんとそっくり同じ。
 なのに「誰かさん」は今、わたわたとうろたえている。どうやら、ドリンクの入った紙コップを、客の目の前でひっくり返したらしい。しかも、あれだけ派手にこぼれているということは、運ぶ前にちゃんと蓋をしていなかったのだろう。「夏樹さん」なら、あり得ない失態だ。
 しかも、ナツさんはしばらくオロオロしたかと思うと、薄っぺらい紙ナプキンでテーブルを拭きはじめた。
 いや──それは「ない」だろう。
 思わずつっこみをいれてしまった俺の目の前を、女性スタッフがものすごい勢いで通過していった。

「星井くん、ちょっと退いて! ──お客様、申し訳ありません! お洋服は大丈夫でしたか?」

 女性スタッフはピンク色の台拭きで、てきぱきとテーブルの上を片付けていく。その間、ナツさんは所在なさげに立ちすくむばかり。

(やばいな、これ)

 中学生の「職場体験」でも、もう少しまともに動けるのでは?
 けれど、こんなのは序の口だった。
 俺が、店内でもっちりしていたのはほんの1時間ほどだったけれど、その間だけでもナツさんは2度トレイをひっくりかえし、レジで3度のクレームを受け、見かねた女性スタッフに厨房に行くように指示を受けたものの、そこでもなにかを倒すような物音が幾度となく聞こえてきた。
 いくら未経験者とはいえ、予想していた以上の惨状だ。
 でも、部外者の俺にできることは何もない。せいぜい「やっぱりバイトはやめておいたほうがいいのでは」と助言するくらいだ。
 ──そうだ、それくらいのことはしておこう。
 俺は、店を出ると、駅前のロータリーでナツさんの帰りを待つことにした。
 以前とシフトの時間帯が変わっていなければ、ナツさんのあがりは夜の8時──つまり、あと2時間ほどでバイトが終わるはずだ。
 なのに、思っていたよりも1時間以上早く、ナツさんは駅前に現れた。しょんぼりと肩を落としているあたり、もしかしたら強制的に帰らされたのかもしれない。
 俺は、焦った。かけるべき言葉が思いつかなかった。「おつかれさまでした」「これでもう懲りましたか?」「頑張っていましたね」──どれもしっくりこない。どれも「違う」気がする。
 そうこうしているうちに、ナツさんは俺の目の前を通過していった。どうやら俺が待っていたことに気づいていないようだ。

「ナツさん!」

 慌てて、声をかけた。

「ナツさん、待ってください!」

 けれど、ナツさんの歩みは止まらない。そこで、ようやく俺は「気づかれていない」のではなく「無視された」のだと理解した。
 とたんに、腹の奥から怒りのようなものが沸き起こった。
 俺は、すぐさま追いかけると、遠慮なくナツさんの腕を捕まえた。

「何してるんですか、『待ってください』って言ってるでしょう!?」
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