目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

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第7話

8・今日のナツさん

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 八尾さんに連れていかれたのは、告白スポットで有名な実験室エリアの一画だ。
 とはいえ、これから愛の告白がはじまることは99.999%あり得ない。おそらく、ナツさんと夏樹さんが再び入れ替わるよりも可能性が低いだろう。

「あの、話というのは……」
「ナツと何があった?」

 八尾さんらしい、ストレートな物言いだ。

「といいますと?」
「今日のあいつ、なんかキモいんだよ。絶対、原因はお前だろう!」

 そんなの、勝手に決めつけられても──そもそも「キモいナツさん」とはどういう状況なのか。俺がそう問うと、八尾さんは小さく舌打ちをした。

「まず、授業中に居眠りをしねぇ」
「……はぁ」

 それは、学生としては当たり前のことでは?

「俺が、3時間目の休み時間におにぎりを食っていても『一口ちょうだい』って言ってこねぇ」

 ──それも、当たり前のことでは?

「次の授業の予習をしている」

 それは──学生としては模範的な態度なので、褒めてしかるべきでは?

「違うだろ、そんなのナツらしくねぇだろうが!」

 たまりかねたように、八尾さんは声を荒げた。

「授業中に頬っぺた引っ張りながらノートとったり、俺のおにぎりをジッと見てるくせに、唇を噛んで我慢してたり……そんなのぜんぜん『ナツ』じゃねぇだろ! あいつらしさをどこに捨ててきたって話だろうが!?」
「……はぁ」

 八尾さんの意見を、否定するつもりは毛頭ない。ただ、その主張を俺にぶつけるのはどうなのか。

「申し訳ありませんが、それはご本人に伝えてもらえませんか? 俺に言われても困ります」
「けど、あいつがおかしなことになってるの、お前のせいだろ」

 トンッ、と人差し指で胸を突かれた。

「あいつ、言ってたからな。『青野に好きになってもらいたいから、こっちの星井夏樹っぽくなる』って」
「──は!?」

 ちょっと待ってくれ、あの人バラしたのか!? 俺の「本命の相手」を、よりによって八尾さんに!?
 焦る俺に、八尾さんは「だよな」と大きくうなずいた。

「ぶっちゃけ、そのあたりの理屈もよくわかんねぇんだよな。ふつう、マネするなら星井じゃなくて、お前とつきあってるナナセだろ」

 まあ、でも、そこはナツだからな──と八尾さんはボヤく。
 ──よかった、どうやら「本命の相手」はバレてはいないらしい。それにしても、この件は今一度ナツさんにしっかりと口止めをしておかなくては。

「で、あいつと何があった?」
「べつになにもないです。というか、ナツさんからはどんなふうに聞いてます?」
「お前とのことか? そうだな……『青野を好きになったから、絶対振り向かせてみせる』って宣言は聞かされてるぜ」
「じゃあ、あの人が最近俺のまわりをウロウロしていたことも……」
「知ってる。なんなら、昨日の放課後、図書館にいったことも聞いてる」
「──なるほど」

 それでも、昨日まで八尾さんがうちの教室に乗り込んでくることはなかった。ということは、今、俺がこうしてクレームを受けている理由として、考えられるパターンはふたつ。

「その1・ずっとナツさんの様子が気になっていたけど、いよいよ看過しきれなくなった。その2・今日のナツさんの様子が、ずば抜けておかしい──」
「両方だな」

 八尾さんは、再び舌打ちをした。

「たしかに、ここんとこ『らしくねぇ』ことしてんなぁ、とは思ってたけどよ、そのうち飽きるだろうって放っておいてたんだよ。なのに、今日になって悪化してやがるから」
「はぁ……」

 授業中に居眠りしなかったり、人に食べ物をたからないことを「悪化」というのはいかがなものかと思うが──とりあえず、八尾さんが言わんとしていることは理解できなくはない。
 要は、ナツさんらしくないふるまいに「それってどうなんだ?」ということなのだ。

「で、実際のとこ、昨日何があった?」
「いえ──何も」

 つい空いてしまった妙な間に、八尾さんの眉間のしわはさらに深くなる。

「本当か?」
「ええ」
「本当に、本当か?」

 身体のわりに大きな目が、真意を探るようにジッと見つめてくる。
 八尾さんの、この目が俺は少し苦手だ。隠しごとをすべて暴かれてしまいそうで、つい身体が強ばってしまう。
 それでも、なんとか踏んばって頷くと、八尾さんは「そうか」とあきらめたようにため息をついた。

「だったら、そういうことにしておいてやってもいいけどよ」

 いちおう報告、と八尾さんは前置いた。

「あいつ、今日からバイトに復帰する気らしいぜ」
「──えっ」
「どうすんだ? このままだと、十中八九、大惨事になるんじゃねぇの?」
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このシリーズの前のお話です。よろしければ…
「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」


こちらはBL未満のお話です
「モフモフ野郎と俺の朝ごはん」
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