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第7話
3・好きの理由
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外のベンチに腰を下ろすなり、ナツさんは「あーあ」と声をあげた。
「ナナセに怒られちゃった。青野のせいだ」
「なに言ってるんですか、ナツさんのせいですよ」
「なんでだよ。青野が、先にオレのことをバカにしたんだろ」
「バカにした覚えはないですね」
喧嘩を売った覚えはあるけど──という注釈は、胸の内にとどめておく。
ナツさんは「いーや、バカにした」とつりあがり気味な目をぎろりと動かした。
「オレのこと、『努力が足りない』とかなんとか、さんざん言ってたじゃん」
「それは『バカにした』のではなく『事実を突きつけた』だけですね」
「ほら、そういうとこ! そういうとこだから!」
抗議のつもりなのか、ナツさんは足を派手にバタつかせた。癇癪を起こした子どものようなその態度は、とてもじゃないけれど俺より年上には見えない。
「この際だからはっきり言いますけど」
俺は、ため息を飲み込んでナツさんに顔を向けた。
「あなたのやっていることは浅はか──というか、無駄ですよ」
「なんで? なにが無駄なの?」
「ナツさんは今『夏樹さん』になりきろうとしていますよね?」
その理由は、おそらく「俺の好きな人」が「夏樹さん」だからだ。自分が「夏樹さん」のように振る舞えば、すべてがうまくいくと思い込んでいる。
「でも、どんなに頑張ったところで、ナツさんは『夏樹さん』にはなれません。たしかにあなたは、別の世界線の『星井夏樹』かもしれないですけど、俺にしてみれば夏樹さんとはまったくの別人です。そんなあなたが、夏樹さんのふりをしたところで、せいぜい『偽物の夏樹さん』にしかなれないでしょう」
厳しいことを言っている自覚はあった。案の定、ナツさんの目じりに、じわりと水のかたまりが盛り上がった。
「でも、オレがこっちの世界の『星井夏樹』にならないと、青野はオレのことを好きになってくれないじゃん」
「いえ、そんなことは……」
「えっ、なってくれるの!?」
「なりません! そうではなくて……」
ナツさんが夏樹さんになりきろうが、ナツさんのままだろうが、俺は彼を「好きにはならない」。そんなことを、若干早口ながらも断言する。
──大丈夫だよな、間違ったことは言ってないよな?
なのに、なぜかてのひらには汗がにじんでいる。それをごまかすように、俺はてのひら同士をこすり合わせた。
ナツさんは、足をぶらつかせたままうつむいた。たぶん、納得できていないのだろう。
やがて「そんなのわかんないじゃん」と反論してきた。
「あっちの青野だって、最初は俺のこと『絶対に好きにならない』って言ってたし。でも、結局は俺のこと好きになってくれたし」
出た──「あっちの青野」。
胸のどこかがチリリと焦げる。
こんなわがまま放題なナツさんと付き合えるなんて、あっちの世界にいる俺は、さぞかし懐が深いんだろう。
しかも、今ヤツは、入れ替わった「夏樹さん」と交際している可能性が非常に高い。なんなら夏樹さんと、キスとか、それ以上のことも──
(なんだそれ……なんだそれ!?)
喉のあたりが、ぐわっと熱くなる。
──ダメだ、こういうときこそ冷静になれ、青野行春。このままじゃ、さっきの二の舞だ。落ちつけ、落ちつけ──
「やっぱ、この話はやめよう」
意外にも、ナツさんのほうから言いだした。
「こーゆーの良くない。こっちのオレ、お前とケンカなんてしないんだろ?」
「それは……まあ……」
「だったら、やめる。この前みたいなの、もう嫌だし」
「この前みたいなことって?」
ナツさんは、足をぶらつかせたまま「カフェの」と呟いた。
「いつものカフェで、青野に『パンケーキをおごる』って約束した日あったじゃん?」
「ああ……はい」
「あのときね、ほんとは青野に『好き』って告白するつもりだったの。なのに、気づいたらケンカしちゃってた」
そんなつもりじゃなかったのに、とナツさんはしょんぼり肩を落とす。
いや──でも、あなた、そのあとケンカのお詫びをしにいった俺に、いきなりキスして「好きになっちゃった」とか言いましたよね? だったら、目的は達成されたわけで、べつに落ち込むことはないのでは?
そんなつっこみが、わずか数秒の間に脳裏を駆けめぐる。
けれど、俺が口にしたのはまったく別のことだった。
「あの、今更ですけど……ナツさんは、どうして俺のことを好きになったんですか?」
「ナナセに怒られちゃった。青野のせいだ」
「なに言ってるんですか、ナツさんのせいですよ」
「なんでだよ。青野が、先にオレのことをバカにしたんだろ」
「バカにした覚えはないですね」
喧嘩を売った覚えはあるけど──という注釈は、胸の内にとどめておく。
ナツさんは「いーや、バカにした」とつりあがり気味な目をぎろりと動かした。
「オレのこと、『努力が足りない』とかなんとか、さんざん言ってたじゃん」
「それは『バカにした』のではなく『事実を突きつけた』だけですね」
「ほら、そういうとこ! そういうとこだから!」
抗議のつもりなのか、ナツさんは足を派手にバタつかせた。癇癪を起こした子どものようなその態度は、とてもじゃないけれど俺より年上には見えない。
「この際だからはっきり言いますけど」
俺は、ため息を飲み込んでナツさんに顔を向けた。
「あなたのやっていることは浅はか──というか、無駄ですよ」
「なんで? なにが無駄なの?」
「ナツさんは今『夏樹さん』になりきろうとしていますよね?」
その理由は、おそらく「俺の好きな人」が「夏樹さん」だからだ。自分が「夏樹さん」のように振る舞えば、すべてがうまくいくと思い込んでいる。
「でも、どんなに頑張ったところで、ナツさんは『夏樹さん』にはなれません。たしかにあなたは、別の世界線の『星井夏樹』かもしれないですけど、俺にしてみれば夏樹さんとはまったくの別人です。そんなあなたが、夏樹さんのふりをしたところで、せいぜい『偽物の夏樹さん』にしかなれないでしょう」
厳しいことを言っている自覚はあった。案の定、ナツさんの目じりに、じわりと水のかたまりが盛り上がった。
「でも、オレがこっちの世界の『星井夏樹』にならないと、青野はオレのことを好きになってくれないじゃん」
「いえ、そんなことは……」
「えっ、なってくれるの!?」
「なりません! そうではなくて……」
ナツさんが夏樹さんになりきろうが、ナツさんのままだろうが、俺は彼を「好きにはならない」。そんなことを、若干早口ながらも断言する。
──大丈夫だよな、間違ったことは言ってないよな?
なのに、なぜかてのひらには汗がにじんでいる。それをごまかすように、俺はてのひら同士をこすり合わせた。
ナツさんは、足をぶらつかせたままうつむいた。たぶん、納得できていないのだろう。
やがて「そんなのわかんないじゃん」と反論してきた。
「あっちの青野だって、最初は俺のこと『絶対に好きにならない』って言ってたし。でも、結局は俺のこと好きになってくれたし」
出た──「あっちの青野」。
胸のどこかがチリリと焦げる。
こんなわがまま放題なナツさんと付き合えるなんて、あっちの世界にいる俺は、さぞかし懐が深いんだろう。
しかも、今ヤツは、入れ替わった「夏樹さん」と交際している可能性が非常に高い。なんなら夏樹さんと、キスとか、それ以上のことも──
(なんだそれ……なんだそれ!?)
喉のあたりが、ぐわっと熱くなる。
──ダメだ、こういうときこそ冷静になれ、青野行春。このままじゃ、さっきの二の舞だ。落ちつけ、落ちつけ──
「やっぱ、この話はやめよう」
意外にも、ナツさんのほうから言いだした。
「こーゆーの良くない。こっちのオレ、お前とケンカなんてしないんだろ?」
「それは……まあ……」
「だったら、やめる。この前みたいなの、もう嫌だし」
「この前みたいなことって?」
ナツさんは、足をぶらつかせたまま「カフェの」と呟いた。
「いつものカフェで、青野に『パンケーキをおごる』って約束した日あったじゃん?」
「ああ……はい」
「あのときね、ほんとは青野に『好き』って告白するつもりだったの。なのに、気づいたらケンカしちゃってた」
そんなつもりじゃなかったのに、とナツさんはしょんぼり肩を落とす。
いや──でも、あなた、そのあとケンカのお詫びをしにいった俺に、いきなりキスして「好きになっちゃった」とか言いましたよね? だったら、目的は達成されたわけで、べつに落ち込むことはないのでは?
そんなつっこみが、わずか数秒の間に脳裏を駆けめぐる。
けれど、俺が口にしたのはまったく別のことだった。
「あの、今更ですけど……ナツさんは、どうして俺のことを好きになったんですか?」
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