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第7話
1・浅知恵の行方(その1)
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ナツさんは、あいかわらず己の計画が「愚かな浅知恵」だとは気づいていないらしい。
彼が、俺の愛する「星井夏樹さん」になりかわるべく奮闘しはじめて、今日で3日目。
昼休みのたびにうちの教室にやってきては、俺に抱きつこうとしたり、弁当の唐揚げをねだろうとしたり──
もっとも、そのたびに星井に「なっちゃん」と睨まれて、すごすごと引き下がっているんだけど、それでもめげないんだから、この人のメンタルは半端ない。
俺が彼の立場なら、とっくにこの計画を取りやめている。やめないナツさんは、根性があるのか、ただのバカなのか──十中八九、後者だろうけれど。
ちなみに、3日目の今日は放課後の時間にまで乱入してきた。行き先が図書館だというのに、ご苦労なことだ。
着いて早々、ナツさんは、教科書を広げる俺の顔を覗き込んできた。
「なあなあ、何時まで? 何時までここで勉強する気なの?」
「閉館までですね」
「ていうか、なっちゃんうるさい」
ぴしゃりと言い放ったのは星井だ。
「うちら、明日テストだから。なっちゃんの相手してるヒマないから」
「なんだよ、ふたりとも真面目すぎー」
「こういうとき、お兄ちゃんは勉強を教えてくれたけどね」
「へっ?」
「1個上だし当然じゃん。ね、青野!」
同意を求められて、俺も頷いた。
実際そうした機会は何度かあったし、俺にとってはまさに夢のようなひとときだった。
もっとも夏樹さん自身は、自分のことを邪魔者だと思っていたらしく「ごめん、適当なところで抜けるから」って、よく耳打ちしてきたけど。
(そういう控えめなところも、あの人らしいというか、どこかの誰かさんとは大違いというか)
そのどこかの誰かさんは「なんだよ、オレのこと邪魔者扱いして」と拗ねたようにボヤいている。
いちいち構っているとキリがないので、俺たちはサクッと無視してテスト勉強に勤しむことにした。
集中して取り組んだせいか、気づけばあっという間に一時間が経過していた。星井は大きく伸びをすると「ちょっと休憩」と席を立つ。
俺も息抜きしようとスマホを手に取ったところで、隣から「なあなあ」と再び声をかけられた。
「ああ、ナツさん、まだいたんですね」
「ひどい! 青野の意地悪! オレだって勉強してたもん!」
そのわりに、開いた教科書には落書きをした形跡しか残っていない。しかも、文豪の顔にいたずら書きって――いったいどこの小学生だよ、あんたは。
思わずため息をつくと、ナツさんは「なんだよ」と気まずそうに身じろぎした。
「いいだろ、べつに。ヒマだったんだし」
ほう、勉強せずに「ヒマ」とは、これいかに。
「ていうか、こっちの星井夏樹って、ほんとにそんなちゃんと勉強してたの?」
「してましたよ。すごく真面目な人でしたし」
「それさー、マジで信じられないんだけど」
もともと涼し気なナツさんの目元が、よりいっそう細くなった。
「だって『星井夏樹』だよ? オレと同じだよ? 絶対頭よくないのに、なんで勉強を頑張るのさ」
うん? いや……
「それは、むしろ理に適っているのでは?」
「へっ?」
「夏樹さんが本当に頭が良くないのかはいったん保留にするとして、仮にそれが事実だとしたら、むしろ勉学に励むのは当然でしょう」
人より劣っているというのなら、人より努力を重ねるしかない。ましてや「勉強」という、学生にとっては避けて通れないものならばなおさらだ。
「むしろ、ナツさんこそ、なぜ努力しないんです? 人より頭が良くないなら、人一倍勉強するべきでしょう?」
彼が、俺の愛する「星井夏樹さん」になりかわるべく奮闘しはじめて、今日で3日目。
昼休みのたびにうちの教室にやってきては、俺に抱きつこうとしたり、弁当の唐揚げをねだろうとしたり──
もっとも、そのたびに星井に「なっちゃん」と睨まれて、すごすごと引き下がっているんだけど、それでもめげないんだから、この人のメンタルは半端ない。
俺が彼の立場なら、とっくにこの計画を取りやめている。やめないナツさんは、根性があるのか、ただのバカなのか──十中八九、後者だろうけれど。
ちなみに、3日目の今日は放課後の時間にまで乱入してきた。行き先が図書館だというのに、ご苦労なことだ。
着いて早々、ナツさんは、教科書を広げる俺の顔を覗き込んできた。
「なあなあ、何時まで? 何時までここで勉強する気なの?」
「閉館までですね」
「ていうか、なっちゃんうるさい」
ぴしゃりと言い放ったのは星井だ。
「うちら、明日テストだから。なっちゃんの相手してるヒマないから」
「なんだよ、ふたりとも真面目すぎー」
「こういうとき、お兄ちゃんは勉強を教えてくれたけどね」
「へっ?」
「1個上だし当然じゃん。ね、青野!」
同意を求められて、俺も頷いた。
実際そうした機会は何度かあったし、俺にとってはまさに夢のようなひとときだった。
もっとも夏樹さん自身は、自分のことを邪魔者だと思っていたらしく「ごめん、適当なところで抜けるから」って、よく耳打ちしてきたけど。
(そういう控えめなところも、あの人らしいというか、どこかの誰かさんとは大違いというか)
そのどこかの誰かさんは「なんだよ、オレのこと邪魔者扱いして」と拗ねたようにボヤいている。
いちいち構っているとキリがないので、俺たちはサクッと無視してテスト勉強に勤しむことにした。
集中して取り組んだせいか、気づけばあっという間に一時間が経過していた。星井は大きく伸びをすると「ちょっと休憩」と席を立つ。
俺も息抜きしようとスマホを手に取ったところで、隣から「なあなあ」と再び声をかけられた。
「ああ、ナツさん、まだいたんですね」
「ひどい! 青野の意地悪! オレだって勉強してたもん!」
そのわりに、開いた教科書には落書きをした形跡しか残っていない。しかも、文豪の顔にいたずら書きって――いったいどこの小学生だよ、あんたは。
思わずため息をつくと、ナツさんは「なんだよ」と気まずそうに身じろぎした。
「いいだろ、べつに。ヒマだったんだし」
ほう、勉強せずに「ヒマ」とは、これいかに。
「ていうか、こっちの星井夏樹って、ほんとにそんなちゃんと勉強してたの?」
「してましたよ。すごく真面目な人でしたし」
「それさー、マジで信じられないんだけど」
もともと涼し気なナツさんの目元が、よりいっそう細くなった。
「だって『星井夏樹』だよ? オレと同じだよ? 絶対頭よくないのに、なんで勉強を頑張るのさ」
うん? いや……
「それは、むしろ理に適っているのでは?」
「へっ?」
「夏樹さんが本当に頭が良くないのかはいったん保留にするとして、仮にそれが事実だとしたら、むしろ勉学に励むのは当然でしょう」
人より劣っているというのなら、人より努力を重ねるしかない。ましてや「勉強」という、学生にとっては避けて通れないものならばなおさらだ。
「むしろ、ナツさんこそ、なぜ努力しないんです? 人より頭が良くないなら、人一倍勉強するべきでしょう?」
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