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第6話
4・ナツさん襲来(その1)
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このときの俺は、おそらく幽霊でも見たような顔をしていたのではないか。
「えっ、なっ……」
なぜ、ナツさんが俺の家に!?
わけがわからないまま口をハクハクさせていると、キッチンから「ナツくーん、唐揚げがあがったわよー」との母さんの声が響いた。
「やったー! おばちゃん大好きー!」
人たらしの本領発揮とばかりに、ナツさんはキッチンに戻っていく。パタパタと遠ざかる足音が消えたところで、ようやく俺は我に返った。
なんだ、これは。ツッコミどころが多すぎて、もはやツッコミきれないんだが!?
それでも、ふらつく足取りでなんとかダイニングにたどり着くと、すでに席に着いていたナツさんが「来た来た!」と笑顔で出迎えてくれた。
「早く食べよ、青野! 揚げたてだよ!」
くそ、なんだその笑顔、可愛いな!
――じゃなかった。いくら夏樹さんそのままだからって、そう簡単に惑わされるな、俺!
「ナツさん、話があります」
「ほんと? オレもオレも!」
意外にもナツさんは前のめりになったけど、母さんの「話は食べてからにしてね」のひと言で「ハーイ」と再び椅子に腰をおろした。
そこからしばらくは無言で夕食タイム。
いや、正確には、無言なのは俺だけで、ナツさんは母さんとずっとおしゃべりに興じていたけれど。
熱々の鶏肉を頬張りながら、俺はひっそりため息をつく。
ああ、今、目の前にいるのが夏樹さんなら良かったのに。
でも、夏樹さんなら、たぶん俺の家でこんなに馴れ馴れしい振る舞いはしないだろうな。たとえばこの唐揚げ、どんなにガツガツ食べたくても、俺や母さんのペースにあわせて箸をのばすだろうし、「美味しいですか?」って訊ねたら、もっと控えめな感じで「ん、うまい」とはにかんで――
(あーヤバい……ほんとヤバい)
妄想の夏樹さん、最高では?
味噌汁をすすりながらうっとりしていると、向かいの席からコソコソ声が聞こえてきた。
「おばちゃん、今の見た?」
「ええ、ずっとニヤニヤしていたわね」
「青野って、いつもこうなの?」
「いつもではないけど、たまにね。我が子ながら不気味なのよ、こういうところ」
ふたりとも、ぜんぶ聞こえてるから。ていうか、母さんが息子をそんなふうに思ってたの、初耳なんだけど。
ひとりため息をのみこんだところで、母さんが「そういえば」と急須を傾ける手を止めた。
「ナツくん、今日は泊まっていくの?」
──待て、それだけはやめてくれ!
今のナツさんを泊めたら、俺がなにをされるかわかったものじゃない。
ナツさんの貞操観念といえばとにかくゆるゆるなことに定評があって、俺のことを恋人の代替品としか思ってなかったころから何度か俺を誘惑してきて、だからこそ今の「好きになっちゃった」状態で泊めることになったら、今度こそ俺は……俺は……
「ごめん、今日は帰る!」
――え?
「今日はちゃーんと宿題しないとだし!」
へぇ……ああ……そう……そう、ですか。
(そっか、泊まらないんだ……)
いや、いいんですけど。むしろありがたいことですけど!
「さすがナツくん、エライわねぇ」
行春も見習いなさい、なんて母さんが言うものだから、ナツさんはすっかり鼻高々だ。
「青野も勉強しよ! 部屋行こう、部屋!」
「え、食べたら帰るんじゃないんですか?」
「なんで? 終電までまだ時間あるじゃん!」
――なるほど、泊まりはしないけど終電までは居座るつもりですか。
それをどう受け止めればいいかわからず、俺は唐揚げを噛みしめた。
「えっ、なっ……」
なぜ、ナツさんが俺の家に!?
わけがわからないまま口をハクハクさせていると、キッチンから「ナツくーん、唐揚げがあがったわよー」との母さんの声が響いた。
「やったー! おばちゃん大好きー!」
人たらしの本領発揮とばかりに、ナツさんはキッチンに戻っていく。パタパタと遠ざかる足音が消えたところで、ようやく俺は我に返った。
なんだ、これは。ツッコミどころが多すぎて、もはやツッコミきれないんだが!?
それでも、ふらつく足取りでなんとかダイニングにたどり着くと、すでに席に着いていたナツさんが「来た来た!」と笑顔で出迎えてくれた。
「早く食べよ、青野! 揚げたてだよ!」
くそ、なんだその笑顔、可愛いな!
――じゃなかった。いくら夏樹さんそのままだからって、そう簡単に惑わされるな、俺!
「ナツさん、話があります」
「ほんと? オレもオレも!」
意外にもナツさんは前のめりになったけど、母さんの「話は食べてからにしてね」のひと言で「ハーイ」と再び椅子に腰をおろした。
そこからしばらくは無言で夕食タイム。
いや、正確には、無言なのは俺だけで、ナツさんは母さんとずっとおしゃべりに興じていたけれど。
熱々の鶏肉を頬張りながら、俺はひっそりため息をつく。
ああ、今、目の前にいるのが夏樹さんなら良かったのに。
でも、夏樹さんなら、たぶん俺の家でこんなに馴れ馴れしい振る舞いはしないだろうな。たとえばこの唐揚げ、どんなにガツガツ食べたくても、俺や母さんのペースにあわせて箸をのばすだろうし、「美味しいですか?」って訊ねたら、もっと控えめな感じで「ん、うまい」とはにかんで――
(あーヤバい……ほんとヤバい)
妄想の夏樹さん、最高では?
味噌汁をすすりながらうっとりしていると、向かいの席からコソコソ声が聞こえてきた。
「おばちゃん、今の見た?」
「ええ、ずっとニヤニヤしていたわね」
「青野って、いつもこうなの?」
「いつもではないけど、たまにね。我が子ながら不気味なのよ、こういうところ」
ふたりとも、ぜんぶ聞こえてるから。ていうか、母さんが息子をそんなふうに思ってたの、初耳なんだけど。
ひとりため息をのみこんだところで、母さんが「そういえば」と急須を傾ける手を止めた。
「ナツくん、今日は泊まっていくの?」
──待て、それだけはやめてくれ!
今のナツさんを泊めたら、俺がなにをされるかわかったものじゃない。
ナツさんの貞操観念といえばとにかくゆるゆるなことに定評があって、俺のことを恋人の代替品としか思ってなかったころから何度か俺を誘惑してきて、だからこそ今の「好きになっちゃった」状態で泊めることになったら、今度こそ俺は……俺は……
「ごめん、今日は帰る!」
――え?
「今日はちゃーんと宿題しないとだし!」
へぇ……ああ……そう……そう、ですか。
(そっか、泊まらないんだ……)
いや、いいんですけど。むしろありがたいことですけど!
「さすがナツくん、エライわねぇ」
行春も見習いなさい、なんて母さんが言うものだから、ナツさんはすっかり鼻高々だ。
「青野も勉強しよ! 部屋行こう、部屋!」
「え、食べたら帰るんじゃないんですか?」
「なんで? 終電までまだ時間あるじゃん!」
――なるほど、泊まりはしないけど終電までは居座るつもりですか。
それをどう受け止めればいいかわからず、俺は唐揚げを噛みしめた。
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