目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

文字の大きさ
上 下
89 / 124
第6話

2・混乱中(その2)

しおりを挟む
 突然「キスされた」と叫んだ高校生に、通りすがりの大人たちはギョッとしたような眼差しを向けてきた。
 くそ、やってしまった。とんだ羞恥しゅうちプレイだ。
 なのに、星井だけはあいかわらず白々とした態度を崩さない。

「それで? なっちゃんにキスされてどうしたの?」

 今にも風邪をひきそうなほどの彼女との温度差に、俺はモゴモゴと言葉を詰まらせた。

「それは……その……」

 逃げた、というか。

「──なに? また聞こえないんだけど」
「だから『逃げた』んだって!」

 そう、ナツさんにキスされた俺は、我に返るなり「うわああああっ」と大声をあげて彼を突き飛ばし、ホームを猛ダッシュで駆け抜けて、気がついたらロータリーに転がり出ていた。その様子があまりにもあんまりだったせいか、駅員さんが「どうしました?」と駆けつけてきたくらいだ。

「で、ようやく俺も冷静になって、駅員さんに『なんでもないです』って伝えて、ここのベンチに座って『どうしよう』『とりあえず星井に連絡してみるか』──で、今、っていう」

 ぼそぼそと説明する俺に、星井は再び「ふーん」と低い声を発した。そこから伝わってくるのは、苛立ちとか憤りとか、つまりは俺にとってあまりよろしくない感情だ。
 案の定、彼女は腕組みしたまま「それで?」と顎をあげた。

「それを私に話して、青野はどうしたいの?」

 星井の問いかけに、俺は「いや……」とまたもやうつむいた。
 どうしたい──「どうしたい?」だって?
 そんなの、俺にもわからない。わかっていたら、たぶんこんな時間帯に偽装彼女を呼び出したりしていない。
 グズグズと訴える俺に、星井は「めんどくさ」と吐き捨てた。

「そんな怠い理由で呼びだされても困るんだけど」
「それは、ごめん」

 本当に申し訳なく思っている。
 けれど、こんな話を聞いてもらえるの、星井くらいしかいないんだ。なにせ、俺の本命を知っているのは、今のところ彼女とナツさんしかいないのだから。

「ていうか、青野って今回のが初キスなんだっけ?」
「いや、そういうわけでは……」
「だよね、中学時代はカノジョがいたもんね」

 わけわかんないなぁ、と星井は大仰にため息をついた。

「これが初めてなら、まだわかるよ? 初キスって、まあ、大事おおごとだろうからさ。でも、初めてじゃないのに、ここまで動揺する? 大騒ぎするほどじゃなくない?」
「いや、だって、それは……」

 たしかに、俺は中学時代に当時のカノジョとキスを済ませている。
 けれど、その子には大変申し訳ないんだけど、あのころの俺は恋愛というものをまるでわかっていなかった。そのせいか、カノジョとのキスは、いつも「唇と唇をくっつけだけ」のものに過ぎなくて、正直「みんななんでこんなことしたがるんだろう」とひそかに疑問すら抱いていたのだ。
 でも、今回は違う。ただ唇同士をくっつけたわけじゃない。
 それこそ、初めてだったんだ。「恋した人」とキスをしたのは――

(いや、待て)

 冷静な俺が、そこでつっこみをいれた。

(恋した人とのキスは、初めて?)

 違う、俺が恋をしているのは夏樹さんだ。間違ってもナツさんではない。

(でも、ナツさんの身体は「夏樹さん」だから、ある意味、夏樹さんとのキスしたことになるのか?)

 けど、やっぱり中身はナツさんだし、俺の認識も「ナツさんにキスされた」だったし、なのに「恋した人」とか、どう考えてもバグ──いや、でも、でもでもでも……!

「うわぁぁぁぁ!」

 再び大声を発すると、俺はその場にうずくまった。
 なぜだ? なぜ自分のことなのに、こうも混乱しているのだろう。
 ほろ酔い気味のサラリーマンが「兄ちゃんどうした?」と声をかけてくる。それを星井は「あ、大丈夫でーす」と軽くいなして、冷え冷えとした眼差しを俺にぶつけてきた。

「あのさ、ほんとめんどくさすぎるから、この際はっきり言っちゃうけど」
「……うん」
「青野、なっちゃんのこと好きでしょ。なっちゃんに恋してるでしょ」
しおりを挟む
このシリーズの前のお話です。よろしければ…
「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」


こちらはBL未満のお話です
「モフモフ野郎と俺の朝ごはん」
感想 1

あなたにおすすめの小説

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

俺の愉しい学園生活

yumemidori
BL
ある学園の出来事を腐男子くん目線で覗いてみませんか?? #人間メーカー仮 使用しています

王道学園にブラコンが乗り込んでいくぅ!

玉兎
BL
弟と同じ学校になるべく王道学園に編入した男の子のお話。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

[BL]デキソコナイ

明日葉 ゆゐ
BL
特別進学クラスの優等生の喫煙現場に遭遇してしまった校内一の問題児。見ていない振りをして立ち去ろうとするが、なぜか優等生に怪我を負わされ、手当てのために家に連れて行かれることに。決して交わることのなかった2人の不思議な関係が始まる。(別サイトに投稿していた作品になります)

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け 《あらすじ》 4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。 そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。 平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

処理中です...