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第6話
2・混乱中(その2)
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突然「キスされた」と叫んだ高校生に、通りすがりの大人たちはギョッとしたような眼差しを向けてきた。
くそ、やってしまった。とんだ羞恥プレイだ。
なのに、星井だけはあいかわらず白々とした態度を崩さない。
「それで? なっちゃんにキスされてどうしたの?」
今にも風邪をひきそうなほどの彼女との温度差に、俺はモゴモゴと言葉を詰まらせた。
「それは……その……」
逃げた、というか。
「──なに? また聞こえないんだけど」
「だから『逃げた』んだって!」
そう、ナツさんにキスされた俺は、我に返るなり「うわああああっ」と大声をあげて彼を突き飛ばし、ホームを猛ダッシュで駆け抜けて、気がついたらロータリーに転がり出ていた。その様子があまりにもあんまりだったせいか、駅員さんが「どうしました?」と駆けつけてきたくらいだ。
「で、ようやく俺も冷静になって、駅員さんに『なんでもないです』って伝えて、ここのベンチに座って『どうしよう』『とりあえず星井に連絡してみるか』──で、今、っていう」
ぼそぼそと説明する俺に、星井は再び「ふーん」と低い声を発した。そこから伝わってくるのは、苛立ちとか憤りとか、つまりは俺にとってあまりよろしくない感情だ。
案の定、彼女は腕組みしたまま「それで?」と顎をあげた。
「それを私に話して、青野はどうしたいの?」
星井の問いかけに、俺は「いや……」とまたもやうつむいた。
どうしたい──「どうしたい?」だって?
そんなの、俺にもわからない。わかっていたら、たぶんこんな時間帯に偽装彼女を呼び出したりしていない。
グズグズと訴える俺に、星井は「めんどくさ」と吐き捨てた。
「そんな怠い理由で呼びだされても困るんだけど」
「それは、ごめん」
本当に申し訳なく思っている。
けれど、こんな話を聞いてもらえるの、星井くらいしかいないんだ。なにせ、俺の本命を知っているのは、今のところ彼女とナツさんしかいないのだから。
「ていうか、青野って今回のが初キスなんだっけ?」
「いや、そういうわけでは……」
「だよね、中学時代はカノジョがいたもんね」
わけわかんないなぁ、と星井は大仰にため息をついた。
「これが初めてなら、まだわかるよ? 初キスって、まあ、大事だろうからさ。でも、初めてじゃないのに、ここまで動揺する? 大騒ぎするほどじゃなくない?」
「いや、だって、それは……」
たしかに、俺は中学時代に当時のカノジョとキスを済ませている。
けれど、その子には大変申し訳ないんだけど、あのころの俺は恋愛というものをまるでわかっていなかった。そのせいか、カノジョとのキスは、いつも「唇と唇をくっつけだけ」のものに過ぎなくて、正直「みんななんでこんなことしたがるんだろう」とひそかに疑問すら抱いていたのだ。
でも、今回は違う。ただ唇同士をくっつけたわけじゃない。
それこそ、初めてだったんだ。「恋した人」とキスをしたのは――
(いや、待て)
冷静な俺が、そこでつっこみをいれた。
(恋した人とのキスは、初めて?)
違う、俺が恋をしているのは夏樹さんだ。間違ってもナツさんではない。
(でも、ナツさんの身体は「夏樹さん」だから、ある意味、夏樹さんとのキスしたことになるのか?)
けど、やっぱり中身はナツさんだし、俺の認識も「ナツさんにキスされた」だったし、なのに「恋した人」とか、どう考えてもバグ──いや、でも、でもでもでも……!
「うわぁぁぁぁ!」
再び大声を発すると、俺はその場にうずくまった。
なぜだ? なぜ自分のことなのに、こうも混乱しているのだろう。
ほろ酔い気味のサラリーマンが「兄ちゃんどうした?」と声をかけてくる。それを星井は「あ、大丈夫でーす」と軽くいなして、冷え冷えとした眼差しを俺にぶつけてきた。
「あのさ、ほんとめんどくさすぎるから、この際はっきり言っちゃうけど」
「……うん」
「青野、なっちゃんのこと好きでしょ。なっちゃんに恋してるでしょ」
くそ、やってしまった。とんだ羞恥プレイだ。
なのに、星井だけはあいかわらず白々とした態度を崩さない。
「それで? なっちゃんにキスされてどうしたの?」
今にも風邪をひきそうなほどの彼女との温度差に、俺はモゴモゴと言葉を詰まらせた。
「それは……その……」
逃げた、というか。
「──なに? また聞こえないんだけど」
「だから『逃げた』んだって!」
そう、ナツさんにキスされた俺は、我に返るなり「うわああああっ」と大声をあげて彼を突き飛ばし、ホームを猛ダッシュで駆け抜けて、気がついたらロータリーに転がり出ていた。その様子があまりにもあんまりだったせいか、駅員さんが「どうしました?」と駆けつけてきたくらいだ。
「で、ようやく俺も冷静になって、駅員さんに『なんでもないです』って伝えて、ここのベンチに座って『どうしよう』『とりあえず星井に連絡してみるか』──で、今、っていう」
ぼそぼそと説明する俺に、星井は再び「ふーん」と低い声を発した。そこから伝わってくるのは、苛立ちとか憤りとか、つまりは俺にとってあまりよろしくない感情だ。
案の定、彼女は腕組みしたまま「それで?」と顎をあげた。
「それを私に話して、青野はどうしたいの?」
星井の問いかけに、俺は「いや……」とまたもやうつむいた。
どうしたい──「どうしたい?」だって?
そんなの、俺にもわからない。わかっていたら、たぶんこんな時間帯に偽装彼女を呼び出したりしていない。
グズグズと訴える俺に、星井は「めんどくさ」と吐き捨てた。
「そんな怠い理由で呼びだされても困るんだけど」
「それは、ごめん」
本当に申し訳なく思っている。
けれど、こんな話を聞いてもらえるの、星井くらいしかいないんだ。なにせ、俺の本命を知っているのは、今のところ彼女とナツさんしかいないのだから。
「ていうか、青野って今回のが初キスなんだっけ?」
「いや、そういうわけでは……」
「だよね、中学時代はカノジョがいたもんね」
わけわかんないなぁ、と星井は大仰にため息をついた。
「これが初めてなら、まだわかるよ? 初キスって、まあ、大事だろうからさ。でも、初めてじゃないのに、ここまで動揺する? 大騒ぎするほどじゃなくない?」
「いや、だって、それは……」
たしかに、俺は中学時代に当時のカノジョとキスを済ませている。
けれど、その子には大変申し訳ないんだけど、あのころの俺は恋愛というものをまるでわかっていなかった。そのせいか、カノジョとのキスは、いつも「唇と唇をくっつけだけ」のものに過ぎなくて、正直「みんななんでこんなことしたがるんだろう」とひそかに疑問すら抱いていたのだ。
でも、今回は違う。ただ唇同士をくっつけたわけじゃない。
それこそ、初めてだったんだ。「恋した人」とキスをしたのは――
(いや、待て)
冷静な俺が、そこでつっこみをいれた。
(恋した人とのキスは、初めて?)
違う、俺が恋をしているのは夏樹さんだ。間違ってもナツさんではない。
(でも、ナツさんの身体は「夏樹さん」だから、ある意味、夏樹さんとのキスしたことになるのか?)
けど、やっぱり中身はナツさんだし、俺の認識も「ナツさんにキスされた」だったし、なのに「恋した人」とか、どう考えてもバグ──いや、でも、でもでもでも……!
「うわぁぁぁぁ!」
再び大声を発すると、俺はその場にうずくまった。
なぜだ? なぜ自分のことなのに、こうも混乱しているのだろう。
ほろ酔い気味のサラリーマンが「兄ちゃんどうした?」と声をかけてくる。それを星井は「あ、大丈夫でーす」と軽くいなして、冷え冷えとした眼差しを俺にぶつけてきた。
「あのさ、ほんとめんどくさすぎるから、この際はっきり言っちゃうけど」
「……うん」
「青野、なっちゃんのこと好きでしょ。なっちゃんに恋してるでしょ」
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