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第5話
16・帰り道(その3)
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「あ……」
「あ……」
駅前の本屋で、俺はとんでもない幸運に見舞われた。
週刊誌がずらりと並ぶラックの前で、俺が手に取ろうとした雑誌に、偶然夏樹さんも手をのばしたのだ。
今の「妹の彼氏」となった俺なら、きっと「あ、どうも」と頭を下げつつ、内心小躍りしただろう。
けれど、一年前の俺は、ただの「妹のクラスメイト」だ。つまり、夏樹さんにとっては「見知らぬ他人」だ。
すぐに手を引っ込めた夏樹さんは「どうぞ」と俺に順番を譲ってくれた。
「いえ、どうぞお先に」
「いいって。どうぞ」
「あ……じゃあ」
二度も断るのは──ということで、先に雑誌をとらせてもらった。
当然、そのあと夏樹さんも手に取って、さっさとその場を去ろうとした。
「あの……!」
思わず呼び止めてしまったのは、この幸運をもう少し長く享受したかったから。それと、雑誌を譲ってくれたときの夏樹さんの笑顔が、初対面のときの彼と重なったからだ。
今なら言える気がした。「覚えていますか? 1年前、男子トイレでお世話になった中学生です」──
いや、せっかくだからもっと突っ込んだことを伝えてみようか。「あなたを追って、進学先を決めました」「あの日、あなたに恋をしました」──
なのに「うん?」と首を傾げた夏樹さんを前にしたとたん、俺の喉は干からびたように引きつってしまった。
だって、頭のなかでもうひとりの自分が囁いてきたんだ。
──「やめておけば? どうせお前のことなんて覚えているわけがない」
俺は、すぐさま言い返そうとした。それは今の時点の話だ、詳しい状況を説明すればきっと思い出してくれるはずだ、と。
けれど、冷静な「もうひとりの俺」は、いやいやと首を横に振った。
──「無理に決まってる、もう1年以上も前のことだろう?」
──「絶対『なに言ってるんだ、こいつ』ってへんな顔されるから」
悲観的な指摘に、俺は完全にフリーズしてしまった。
当然、夏樹さんは困惑したような眼差しを向けてきた。そりゃそうだ。声をかけてきた相手が、何も言わずに黙り込んでしまったのだ。
永遠に続くかに思われた気まずいこの状況は、けれども第三者の出現によっていともあっさりと打ち破られた。
「星井~、何してんだよ」
俺たちの間に割り込んできたのは、八尾さんだった。
もちろん、1年前の俺は八尾さんとも知り合いではない。ただ、こちらが一方的に見知っていただけだ。
八尾さんは、じろりと俺を見ると、夏樹さんに「知り合い?」と訊ねた。
「いや、違うと思う……けど」
いえ、知り合いです。1年前のこと、覚えていませんか?
想像のなかの俺は、しゃんと背筋を伸ばし、彼にそう告げている。なんならさらに距離を縮めて、彼の両手を握りしめてさえいる。
なのに、現実の俺は口を半開きにしたまま立ち尽くしているだけ。間抜けなことこの上ない。
結局、俺が再び動き出したのは、夏樹さんたちが店を出てからだ。
慌てて追いかけようとしたものの、手には会計前の雑誌があったし、なにより八尾さんとじゃれるように去って行く夏樹さんの後ろ姿に、ばっきり心が折れてしまった。
こうして、俺は千載一遇のチャンスを逃したというわけだ。
「あ……」
駅前の本屋で、俺はとんでもない幸運に見舞われた。
週刊誌がずらりと並ぶラックの前で、俺が手に取ろうとした雑誌に、偶然夏樹さんも手をのばしたのだ。
今の「妹の彼氏」となった俺なら、きっと「あ、どうも」と頭を下げつつ、内心小躍りしただろう。
けれど、一年前の俺は、ただの「妹のクラスメイト」だ。つまり、夏樹さんにとっては「見知らぬ他人」だ。
すぐに手を引っ込めた夏樹さんは「どうぞ」と俺に順番を譲ってくれた。
「いえ、どうぞお先に」
「いいって。どうぞ」
「あ……じゃあ」
二度も断るのは──ということで、先に雑誌をとらせてもらった。
当然、そのあと夏樹さんも手に取って、さっさとその場を去ろうとした。
「あの……!」
思わず呼び止めてしまったのは、この幸運をもう少し長く享受したかったから。それと、雑誌を譲ってくれたときの夏樹さんの笑顔が、初対面のときの彼と重なったからだ。
今なら言える気がした。「覚えていますか? 1年前、男子トイレでお世話になった中学生です」──
いや、せっかくだからもっと突っ込んだことを伝えてみようか。「あなたを追って、進学先を決めました」「あの日、あなたに恋をしました」──
なのに「うん?」と首を傾げた夏樹さんを前にしたとたん、俺の喉は干からびたように引きつってしまった。
だって、頭のなかでもうひとりの自分が囁いてきたんだ。
──「やめておけば? どうせお前のことなんて覚えているわけがない」
俺は、すぐさま言い返そうとした。それは今の時点の話だ、詳しい状況を説明すればきっと思い出してくれるはずだ、と。
けれど、冷静な「もうひとりの俺」は、いやいやと首を横に振った。
──「無理に決まってる、もう1年以上も前のことだろう?」
──「絶対『なに言ってるんだ、こいつ』ってへんな顔されるから」
悲観的な指摘に、俺は完全にフリーズしてしまった。
当然、夏樹さんは困惑したような眼差しを向けてきた。そりゃそうだ。声をかけてきた相手が、何も言わずに黙り込んでしまったのだ。
永遠に続くかに思われた気まずいこの状況は、けれども第三者の出現によっていともあっさりと打ち破られた。
「星井~、何してんだよ」
俺たちの間に割り込んできたのは、八尾さんだった。
もちろん、1年前の俺は八尾さんとも知り合いではない。ただ、こちらが一方的に見知っていただけだ。
八尾さんは、じろりと俺を見ると、夏樹さんに「知り合い?」と訊ねた。
「いや、違うと思う……けど」
いえ、知り合いです。1年前のこと、覚えていませんか?
想像のなかの俺は、しゃんと背筋を伸ばし、彼にそう告げている。なんならさらに距離を縮めて、彼の両手を握りしめてさえいる。
なのに、現実の俺は口を半開きにしたまま立ち尽くしているだけ。間抜けなことこの上ない。
結局、俺が再び動き出したのは、夏樹さんたちが店を出てからだ。
慌てて追いかけようとしたものの、手には会計前の雑誌があったし、なにより八尾さんとじゃれるように去って行く夏樹さんの後ろ姿に、ばっきり心が折れてしまった。
こうして、俺は千載一遇のチャンスを逃したというわけだ。
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