目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

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第5話

15・帰り道(その2)

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 席を譲らなければ、と立ちあがりかけたところで、もうひとりの俺が「待て」と囁いた。

 ──この人、単に太っているだけでは?

 いったん浮かしかけていた尻を元に戻す。
 パッと見たところ、持ち物にマタニティーマークはぶらさがっていない。けれど、なくても妊婦の可能性は残されている。
 いや、やっぱり単に太っているだけかも。けど妊婦だったら……違っていたら……でも、やっぱり……
 グダグダ考えているうちに、隣に座っていた男がスッと立ちあがった。

「あの……っ、よければどうぞ!」

 俺よりも少し年上くらい──おそらく大学生だろう。決してスマートな雰囲気はなく、立ち上がった今もどこか緊張しているようだ。
 なのに、声をかけられた女性は困惑したように彼を見た。それから「あっ」と息をのむと、気まずそうに視線を揺らした。

「あの、私……妊婦ではないので」

 やっぱり! 俺の胸に、安堵が広がった。
 よかった、下手に譲ろうとしなくて。声をかけていたら、恥を掻くところだった。
 実際、勘違いした隣の大学生は、気まずそうに立ち尽くしている。
 どうするんだろう、この人。俺なら、どう頑張ってもこの雰囲気に耐えられそうにないけど──

「でも、ありがとうございます。席を譲ろうとしてくれて」

 頭を下げたふくよかな女性に、俺はハッとした。

「あなたみたいな人がいてくれたら、自分が妊婦になったときに心強いです」
「あ……いえ」

 大学生は、照れくさそうに頭を掻くと、ようやく座席に腰を下ろした。
 車内の空気が、安堵したように緩んだ。おそらく、俺以外の乗客たちも、彼らがどうなるのか気になっていたのだろう。
 めでたしめでたし。なのに、俺はひとり、自己嫌悪でどうしようもなくうなだれていた。
 恥ずかしい。いたたまれない。俺は、なんてちっぽけな人間なんだろう。
 今回俺が席を譲らなかったのは、様々な可能性を考えたから──だけじゃない。もし、彼女が妊婦じゃなかったとき、自分は絶対に恥を掻く。そう考えたからだ。
 つまり、自己保身だ。自分がカッコ悪い思いをしたくなかったから、俺はつまらない言い訳をして見て見ぬふりをしたのだ。

 ──青野の意気地なし。

 ナツさんの声が、再びよみがえる。
 やっぱりムカつく。けれど、今回ばかりは反論の余地がない。

(……いや)

 本当に今回に限ったことだろうか。夏樹さん絡みのことですら、俺は万事この調子でだったのではないのか?
 俺があの人に告白しなかったのは「精一杯の思いやり」に見せかけた自己保身だとしたら? フラれて恥ずかしい思いをしたくない、カッコ悪い状況を避けていただけだとしたら?

(ああ、そうだ)

 似たようなことが、前にもあった。
 あれは、ちょうど今から1年ほど前──
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このシリーズの前のお話です。よろしければ…
「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」


こちらはBL未満のお話です
「モフモフ野郎と俺の朝ごはん」
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