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第5話
7・神様のたくらみ(その2)
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強い決意のもと、玄関を出たはずなのに、正門に近づくにつれて俺の足取りはどんどん重くなった。
だって、前方にはすでに人だかりができている。しかも、怒鳴り声付きだ。
「てめ……っ……じゃねぇか」
なにを言っているのかまでは聞き取れなかったけれど、この声の主がキレ散らかしているのは明らかだ。
(知らない)
俺には関係ない。
再度心のなかで呟いて、俺は正門まで足を進めた。
野次馬たちの合間から見えたのは、いかつい男の後ろ姿だ。あんな筋骨隆々なやつに殴られたら、いとも簡単に骨折してしまいそうだ。
さらに、そのたくましすぎる背中越しに薄茶色の髪が見えた。
ナツさんだ。間違いない。
男は、ナツさんの胸ぐらをつかんで、力まかせに揺さぶっている。
興奮しきった怒鳴り声から聞き取れたのは「てめぇ」「殺すぞ」「ナメてんのか」「ぶっ殺すぞ」──まさかの「殺す」が2回。
当然、ナツさんは涙目だ。
星井が忠告したときは「逃げるの得意だから平気」とうそぶいていたらしいけれど、結局なんともならなかったことが今こうして証明されたわけだ。
「おら、顔あげろや!」
空気を震わせるような恫喝に、野次馬たちが怯えたように身をすくめた。
それでも、俺はそのまま通り過ぎようとした。
しつこいようだけど、俺を拒んだのはナツさんだ。星井の苦言に耳を貸さなかったのもナツさんだ。怖い彼氏がいると知りながら、メドゥーサ女と遊び続けたのも彼自身。
つまり、これは自業自得なのだ。
(だから、知ったことじゃない)
この際、徹底的にボコられればいい。それで、今度こそ反省すればいい。
(そうすれば、きっとこの人だって……)
なのに、一瞬視線が絡まった。
ナツさんは、俺に気づくなりハッと目をみひらいた。
その眼差しが、声にならない声を発している。「助けておねがいオレを見捨てないで」──
(知るか!)
俺はもう関係ない。
あの人がどうなったってかまわないんだ。
なのに、なんで──なんでなんでなんで!
俺は、素早く方向転換した。そのまま野次馬たちの間を突っ切ると、筋肉が盛り上がった男の背中にしがみついた。
男の身体が、驚いたように波打つ。
「なんだ、てめぇ!」
「すみません、許してあげてください!」
「はぁっ!?」
「その人、兄なんです! 俺の身内……っ」
頬に衝撃が走った。たぶん肘鉄だ。
舌を噛まなかったのは不幸中の幸いだったけれど、そのあと俺を待ち受けていたのは、そのささやかな「幸い」をあっという間に押し流す「暴力」だった。
「青野!? 青野!?」
どこからかナツさんの泣きそうな声が聞こえてくる。
けれど、俺は反応できない。次から次へと繰り出される拳と蹴りのせいで、今や息も絶え絶えだ。
なるほど、たしかにメドゥーサ女は「不幸を呼ぶ女」だ。彼女となんの関わりもない俺でさえ、ここまでの不幸に見舞われるのだから。
だって、前方にはすでに人だかりができている。しかも、怒鳴り声付きだ。
「てめ……っ……じゃねぇか」
なにを言っているのかまでは聞き取れなかったけれど、この声の主がキレ散らかしているのは明らかだ。
(知らない)
俺には関係ない。
再度心のなかで呟いて、俺は正門まで足を進めた。
野次馬たちの合間から見えたのは、いかつい男の後ろ姿だ。あんな筋骨隆々なやつに殴られたら、いとも簡単に骨折してしまいそうだ。
さらに、そのたくましすぎる背中越しに薄茶色の髪が見えた。
ナツさんだ。間違いない。
男は、ナツさんの胸ぐらをつかんで、力まかせに揺さぶっている。
興奮しきった怒鳴り声から聞き取れたのは「てめぇ」「殺すぞ」「ナメてんのか」「ぶっ殺すぞ」──まさかの「殺す」が2回。
当然、ナツさんは涙目だ。
星井が忠告したときは「逃げるの得意だから平気」とうそぶいていたらしいけれど、結局なんともならなかったことが今こうして証明されたわけだ。
「おら、顔あげろや!」
空気を震わせるような恫喝に、野次馬たちが怯えたように身をすくめた。
それでも、俺はそのまま通り過ぎようとした。
しつこいようだけど、俺を拒んだのはナツさんだ。星井の苦言に耳を貸さなかったのもナツさんだ。怖い彼氏がいると知りながら、メドゥーサ女と遊び続けたのも彼自身。
つまり、これは自業自得なのだ。
(だから、知ったことじゃない)
この際、徹底的にボコられればいい。それで、今度こそ反省すればいい。
(そうすれば、きっとこの人だって……)
なのに、一瞬視線が絡まった。
ナツさんは、俺に気づくなりハッと目をみひらいた。
その眼差しが、声にならない声を発している。「助けておねがいオレを見捨てないで」──
(知るか!)
俺はもう関係ない。
あの人がどうなったってかまわないんだ。
なのに、なんで──なんでなんでなんで!
俺は、素早く方向転換した。そのまま野次馬たちの間を突っ切ると、筋肉が盛り上がった男の背中にしがみついた。
男の身体が、驚いたように波打つ。
「なんだ、てめぇ!」
「すみません、許してあげてください!」
「はぁっ!?」
「その人、兄なんです! 俺の身内……っ」
頬に衝撃が走った。たぶん肘鉄だ。
舌を噛まなかったのは不幸中の幸いだったけれど、そのあと俺を待ち受けていたのは、そのささやかな「幸い」をあっという間に押し流す「暴力」だった。
「青野!? 青野!?」
どこからかナツさんの泣きそうな声が聞こえてくる。
けれど、俺は反応できない。次から次へと繰り出される拳と蹴りのせいで、今や息も絶え絶えだ。
なるほど、たしかにメドゥーサ女は「不幸を呼ぶ女」だ。彼女となんの関わりもない俺でさえ、ここまでの不幸に見舞われるのだから。
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