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第5話
6・神様のたくらみ(その1)
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もうナツさんと関わらない。そう決意してから1週間が経過した。
その間、俺は徹底的にナツさんを避けた。登下校中でも校内でもとにかく出くわさないように気をつけ、チラッとでも彼を見かけたらすぐさま身を隠してやり過ごした。
そうした俺の目論見は、現時点ではかなり成功していた。まあ、ナツさん──というか夏樹さんのクラスの時間割をほぼ頭のなかにいれている俺だ、その気になればこれくらいわけがないのだ。
そんななか、唯一困ったのが、星井があれこれ愚痴を聞かせてくることだ。
「なっちゃんさぁ、いよいよまずい感じなんだよねぇ」
学食の片隅で肉うどんを頬張りながら、今日も星井は深々とため息をこぼす。
「昨日も一昨日も、始発でこっそり帰ってきてさ。会ってたの、どう考えてもサヤ先輩でさ」
「……」
「ほんとヤバすぎ。こうも頻繁だと、先輩の彼氏にバレるのも時間の問題だって」
だとしても、俺の知ったことじゃない。
というか、あの人は一度ちゃんと痛い目にあったほうがいいんだ。じゃないと、絶対に反省しない。典型的な「愚者は経験からしか学べない」タイプなんだから。
「……ねえ、青野。ほんとにいいの?」
星井の声音が、少し変わった。
「このまま、なっちゃんのことを放置するつもり?」
「放置も何も、俺を拒んだのは向こうだし」
いや、正確には、最初に俺がお誘いを拒んで、そうしたらナツさんがへそを曲げたわけだけど、今のこの状況を作り上げたのは間違いなくナツさん自身じゃないか。
「とにかく、俺はもう何もしない。あの人が誰と遊ぼうが、それでひどいめにあおうが関係ない」
「でも、なっちゃんの身体はお兄ちゃんのものだよ」
うっ、痛いところを突いてきたな。
「もし、なっちゃんがボコボコにされて一生モノの傷を負ったとしたら、それはそのままお兄ちゃんの傷になるんだよ?」
どうよ、と言わんばかりの星井の視線から、俺はそっと顔を背けた。
たしかに、暴力沙汰を回避してほしい気持ちはある。詰め寄られたとしても恫喝程度で済んでほしいし、あの人の身体に傷が残るなんて、考えただけでもゾッとする。
それでも──
「俺には関係ない」
「ええっ!?」
「痛い思いをするのは、夏樹さんじゃなくてナツさんだし。それで一生モノの傷ができたとしても、俺の想いは1ミリも変わらないし」
「いや、けど……」
「とにかく俺には関係ない。ナツさんがどうなろうと知ったことじゃない」
きっぱり言い切って、牛丼を頬張った。これ以上話すつもりはない、という俺なりの意思表示だ。
星井は、呆れたように眉をひそめた。
「青野ってば拗ねちゃって」
拗ねていない。
「ほんと知らないよ、どうなっても」
構わない。どうにかなるのは、どうせナツさんだ。
俺は、さらにほうじ茶を流し込んで、口のなかのものをすべて飲み込んだ。
この日は日直だったので、下校がいつもよりも遅くなった。
ちなみに、星井はクラスメイトと寄り道するらしいので別行動。おそらく、最近ハマっているキャラクターグッズの期間限定ショップに行ったんだろう。
正面玄関まで来たところで、腹が鳴った。おかしいな、昼に牛丼大盛りを食べたはずなのに。
久しぶりにラッキーバーガーにでも寄ろうか、なんて考えながら上履きを脱いでいると、ジャージ姿の女子たちの会話が耳に飛び込んできた。
「さっき正門にいたの、サヤ先輩の彼氏だよね」
「え、誰、サヤ先輩って」
「知らない? 去年卒業した──」
血の気が引いた。「ついに来た」という気持ちと「本当に?」という気持ちが、俺のなかでぐちゃぐちゃに混じり合う。
(たしか「正門」って言ってたよな)
けれど、急いでスニーカーを履こうとしたところで、我に返った。
なぜ、俺が慌てないといけないんだ? ナツさんのことは放置すると決めたじゃないか。
心を落ち着かせるように息を吐き出すと、俺はあえてゆっくりとスニーカーに足をいれた。
このまま裏門から帰ろうかとも考えたけれど、それはそれで「負け」な気がする。
よし、ここは敢えて正門だ。たとえどんな修羅場が繰り広げられていたとしても、俺は知らん顔で通り過ぎるんだ。
その間、俺は徹底的にナツさんを避けた。登下校中でも校内でもとにかく出くわさないように気をつけ、チラッとでも彼を見かけたらすぐさま身を隠してやり過ごした。
そうした俺の目論見は、現時点ではかなり成功していた。まあ、ナツさん──というか夏樹さんのクラスの時間割をほぼ頭のなかにいれている俺だ、その気になればこれくらいわけがないのだ。
そんななか、唯一困ったのが、星井があれこれ愚痴を聞かせてくることだ。
「なっちゃんさぁ、いよいよまずい感じなんだよねぇ」
学食の片隅で肉うどんを頬張りながら、今日も星井は深々とため息をこぼす。
「昨日も一昨日も、始発でこっそり帰ってきてさ。会ってたの、どう考えてもサヤ先輩でさ」
「……」
「ほんとヤバすぎ。こうも頻繁だと、先輩の彼氏にバレるのも時間の問題だって」
だとしても、俺の知ったことじゃない。
というか、あの人は一度ちゃんと痛い目にあったほうがいいんだ。じゃないと、絶対に反省しない。典型的な「愚者は経験からしか学べない」タイプなんだから。
「……ねえ、青野。ほんとにいいの?」
星井の声音が、少し変わった。
「このまま、なっちゃんのことを放置するつもり?」
「放置も何も、俺を拒んだのは向こうだし」
いや、正確には、最初に俺がお誘いを拒んで、そうしたらナツさんがへそを曲げたわけだけど、今のこの状況を作り上げたのは間違いなくナツさん自身じゃないか。
「とにかく、俺はもう何もしない。あの人が誰と遊ぼうが、それでひどいめにあおうが関係ない」
「でも、なっちゃんの身体はお兄ちゃんのものだよ」
うっ、痛いところを突いてきたな。
「もし、なっちゃんがボコボコにされて一生モノの傷を負ったとしたら、それはそのままお兄ちゃんの傷になるんだよ?」
どうよ、と言わんばかりの星井の視線から、俺はそっと顔を背けた。
たしかに、暴力沙汰を回避してほしい気持ちはある。詰め寄られたとしても恫喝程度で済んでほしいし、あの人の身体に傷が残るなんて、考えただけでもゾッとする。
それでも──
「俺には関係ない」
「ええっ!?」
「痛い思いをするのは、夏樹さんじゃなくてナツさんだし。それで一生モノの傷ができたとしても、俺の想いは1ミリも変わらないし」
「いや、けど……」
「とにかく俺には関係ない。ナツさんがどうなろうと知ったことじゃない」
きっぱり言い切って、牛丼を頬張った。これ以上話すつもりはない、という俺なりの意思表示だ。
星井は、呆れたように眉をひそめた。
「青野ってば拗ねちゃって」
拗ねていない。
「ほんと知らないよ、どうなっても」
構わない。どうにかなるのは、どうせナツさんだ。
俺は、さらにほうじ茶を流し込んで、口のなかのものをすべて飲み込んだ。
この日は日直だったので、下校がいつもよりも遅くなった。
ちなみに、星井はクラスメイトと寄り道するらしいので別行動。おそらく、最近ハマっているキャラクターグッズの期間限定ショップに行ったんだろう。
正面玄関まで来たところで、腹が鳴った。おかしいな、昼に牛丼大盛りを食べたはずなのに。
久しぶりにラッキーバーガーにでも寄ろうか、なんて考えながら上履きを脱いでいると、ジャージ姿の女子たちの会話が耳に飛び込んできた。
「さっき正門にいたの、サヤ先輩の彼氏だよね」
「え、誰、サヤ先輩って」
「知らない? 去年卒業した──」
血の気が引いた。「ついに来た」という気持ちと「本当に?」という気持ちが、俺のなかでぐちゃぐちゃに混じり合う。
(たしか「正門」って言ってたよな)
けれど、急いでスニーカーを履こうとしたところで、我に返った。
なぜ、俺が慌てないといけないんだ? ナツさんのことは放置すると決めたじゃないか。
心を落ち着かせるように息を吐き出すと、俺はあえてゆっくりとスニーカーに足をいれた。
このまま裏門から帰ろうかとも考えたけれど、それはそれで「負け」な気がする。
よし、ここは敢えて正門だ。たとえどんな修羅場が繰り広げられていたとしても、俺は知らん顔で通り過ぎるんだ。
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