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第5話
1・話し合いの結果
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その後、俺と星井はドリンク1杯で3時間ほど話し合った。お互いのコーヒーとアイスティーはすでに空になり、今はサービスのレモン水を互いに5杯ほど飲んだところだ。
「とにかくさぁ」
星井は、頬杖をついたま俺を見た。
「今、別れるのだけは絶対ナシ。やっと額田先輩と仲良くなれたんだから」
額田先輩、というのは星井の本命の相手だ。夏樹さんや八尾さんと同学年の、マジメそうで物静かな人。もっとも、それは俺から見た額田先輩の印象で、星井の目にはそうは映っていないらしい。「あの人、絶対人には言えない性癖を持ってると思うんだよねぇ」──だそうで、俺としてはどうリアクションするのが正解なのか、いつも迷っているのだけれど。
「ほんと、やっとだよ? やっとまともに会話できるようになったんだよ? なのに青野と別れたら、絶対また距離を置かれるって! 額田先輩、フリーの女子は徹底的に避ける主義だから!」
「いや、それはわかるんだけど」
そもそも、夏樹さんの「義弟」のポジションを狙っている俺としては、このまま星井と交際を続けてもらえるのは有り難いことなのだ。
ただ、問題は──
「ナツさんだよ。あの人、口が軽いから、俺たちの偽装交際を周囲にバラすかもしれない」
というか、絶対バラす気がする。意図的に、あるいはうっかり口をすべらせて。
その結果、どうなるか。そこからあらぬ噂をたてられて、夏樹さんがこっちの世界に戻ってくるころには、俺は「星井をもてあそんだひどい男」とのレッテルを貼られているかもしれない。
そうなったら、俺は一生夏樹さんに顔向けできない。夏樹さんも、俺なんかとは二度と口をきいてくれなくなるだろう。
だったら、いっそ、このタイミングで別れたほうがいいかもしれない。つまり、俺としては先手を打ってしまいたい。
けれど、星井は頑として頷こうとしない。
「そこは大丈夫、私がなんとか阻止するから」
「どうやって?」
「そりゃ──パンケーキで買収とか?」
そのパンケーキを無視して、今日あの人は帰ってしまったわけだけど。そう指摘すると、星井は「それね」と器用に片眉をあげた。
「ていうか、ずっと気になってたんだけどさ。結局、なっちゃんが帰った理由ってなんだったわけ? 私たちの偽装交際を知ったから? それだけで帰るっておかしくない?」
星井の指摘はごもっともだ。俺が彼女の立場でも、やはりいぶかしく思っただろう。
「まあ……そこからさらにいろいろあったんだよ」
「いろいろって?」
「ごめん、ちょっと話せない」
まさか、言えるはずがないだろう。本命がバレたとたん、内股を触られて誘惑されました──だなんて。
俺は、テーブルの下の両膝をそれとなく閉じた。そうしなければ、今にもあのときのナツさんの手の感触がよみがえってしまいそうだ。
「……まあ、いいけど」
星井は、不満そうにレモン水の入ったグラスを傾けた。
「とにかくさ、なっちゃんにはなんとか口止めしておくから。当分はそれで様子見しよう? 今んとこ、それがベストなわけだし」
「──わかった」
正直、めちゃくちゃ不安だけど。なにせ、常識的な夏樹さんとは違って、ナツさんはびっくり箱みたいな人だし。
ため息を飲み込んだところで、ふと去り際のナツさんの言葉が脳裏をよぎった。
──「結局、オレのことを好きなヤツなんてどこにもいないんだ」
あれは、いったいどういう意味なのだろう。
現在、ナツさんはメドゥーサ女と絶賛浮気中のはずだ。なのに、あれじゃ、メドゥーサ女はナツさんのことを好きではないみたいだ。人前であんなに堂々とキスをしておいて、さすがにそれはないと思うんだけど。
(それに、別世界の「俺」は?)
あっちの世界の青野行春は「恋人」という肩書きをもらっておきながら、ナツさんのことが好きじゃないのだろうか。
(まあ──有り得るか)
折しも、偽装彼女が「水もらってくる」と席を立った。その背中を見送って、俺は我が身を省みる。
そう、青野行春は、自分の目的のためならば「好きでもない女子」と付き合える男だ。そのことを、俺自身が一番よく知っている。
(ということは、向こうの「青野」も同じパターンなのか?)
何らかの目的を果たすための手段として、ナツさんと交際することにした──つまり、ナツさんのことを恋愛相手として見ていない?
(だとしたら、ひどすぎないか?)
俺と星井の場合「本命は他にいる」からこそ、今の関係性が成立している。そうじゃなければ──つまり、どちらかが本気で相手を好きなら、さすがにこんなことは続けられるはずがない。
なのに、もしかしたら別世界の「俺」は──
「ちょっとー、また怖い顔してる」
ふたり分のレモン水のグラスを持って、星井が席に戻ってきた。
「もしかして、なっちゃんのこと考えてた?」
「そんなことは……」
「うそ、昨日も指摘したじゃん。最近の青野は、なっちゃん絡みでよく怖い顔してるって」
そうだっただろうか。まあ、似たようなことは言われたかもしれないけれど。
いや、それより──
「あの、さ」
少々迷いつつも、俺は重たい口を開いた。なにせ、こんなことを訊けるのは、すべての事情をわかっている星井しかいないのだ。
「ナツさんと向こうの俺のことだけど──偽装交際だった可能性ってあると思う?」
「とにかくさぁ」
星井は、頬杖をついたま俺を見た。
「今、別れるのだけは絶対ナシ。やっと額田先輩と仲良くなれたんだから」
額田先輩、というのは星井の本命の相手だ。夏樹さんや八尾さんと同学年の、マジメそうで物静かな人。もっとも、それは俺から見た額田先輩の印象で、星井の目にはそうは映っていないらしい。「あの人、絶対人には言えない性癖を持ってると思うんだよねぇ」──だそうで、俺としてはどうリアクションするのが正解なのか、いつも迷っているのだけれど。
「ほんと、やっとだよ? やっとまともに会話できるようになったんだよ? なのに青野と別れたら、絶対また距離を置かれるって! 額田先輩、フリーの女子は徹底的に避ける主義だから!」
「いや、それはわかるんだけど」
そもそも、夏樹さんの「義弟」のポジションを狙っている俺としては、このまま星井と交際を続けてもらえるのは有り難いことなのだ。
ただ、問題は──
「ナツさんだよ。あの人、口が軽いから、俺たちの偽装交際を周囲にバラすかもしれない」
というか、絶対バラす気がする。意図的に、あるいはうっかり口をすべらせて。
その結果、どうなるか。そこからあらぬ噂をたてられて、夏樹さんがこっちの世界に戻ってくるころには、俺は「星井をもてあそんだひどい男」とのレッテルを貼られているかもしれない。
そうなったら、俺は一生夏樹さんに顔向けできない。夏樹さんも、俺なんかとは二度と口をきいてくれなくなるだろう。
だったら、いっそ、このタイミングで別れたほうがいいかもしれない。つまり、俺としては先手を打ってしまいたい。
けれど、星井は頑として頷こうとしない。
「そこは大丈夫、私がなんとか阻止するから」
「どうやって?」
「そりゃ──パンケーキで買収とか?」
そのパンケーキを無視して、今日あの人は帰ってしまったわけだけど。そう指摘すると、星井は「それね」と器用に片眉をあげた。
「ていうか、ずっと気になってたんだけどさ。結局、なっちゃんが帰った理由ってなんだったわけ? 私たちの偽装交際を知ったから? それだけで帰るっておかしくない?」
星井の指摘はごもっともだ。俺が彼女の立場でも、やはりいぶかしく思っただろう。
「まあ……そこからさらにいろいろあったんだよ」
「いろいろって?」
「ごめん、ちょっと話せない」
まさか、言えるはずがないだろう。本命がバレたとたん、内股を触られて誘惑されました──だなんて。
俺は、テーブルの下の両膝をそれとなく閉じた。そうしなければ、今にもあのときのナツさんの手の感触がよみがえってしまいそうだ。
「……まあ、いいけど」
星井は、不満そうにレモン水の入ったグラスを傾けた。
「とにかくさ、なっちゃんにはなんとか口止めしておくから。当分はそれで様子見しよう? 今んとこ、それがベストなわけだし」
「──わかった」
正直、めちゃくちゃ不安だけど。なにせ、常識的な夏樹さんとは違って、ナツさんはびっくり箱みたいな人だし。
ため息を飲み込んだところで、ふと去り際のナツさんの言葉が脳裏をよぎった。
──「結局、オレのことを好きなヤツなんてどこにもいないんだ」
あれは、いったいどういう意味なのだろう。
現在、ナツさんはメドゥーサ女と絶賛浮気中のはずだ。なのに、あれじゃ、メドゥーサ女はナツさんのことを好きではないみたいだ。人前であんなに堂々とキスをしておいて、さすがにそれはないと思うんだけど。
(それに、別世界の「俺」は?)
あっちの世界の青野行春は「恋人」という肩書きをもらっておきながら、ナツさんのことが好きじゃないのだろうか。
(まあ──有り得るか)
折しも、偽装彼女が「水もらってくる」と席を立った。その背中を見送って、俺は我が身を省みる。
そう、青野行春は、自分の目的のためならば「好きでもない女子」と付き合える男だ。そのことを、俺自身が一番よく知っている。
(ということは、向こうの「青野」も同じパターンなのか?)
何らかの目的を果たすための手段として、ナツさんと交際することにした──つまり、ナツさんのことを恋愛相手として見ていない?
(だとしたら、ひどすぎないか?)
俺と星井の場合「本命は他にいる」からこそ、今の関係性が成立している。そうじゃなければ──つまり、どちらかが本気で相手を好きなら、さすがにこんなことは続けられるはずがない。
なのに、もしかしたら別世界の「俺」は──
「ちょっとー、また怖い顔してる」
ふたり分のレモン水のグラスを持って、星井が席に戻ってきた。
「もしかして、なっちゃんのこと考えてた?」
「そんなことは……」
「うそ、昨日も指摘したじゃん。最近の青野は、なっちゃん絡みでよく怖い顔してるって」
そうだっただろうか。まあ、似たようなことは言われたかもしれないけれど。
いや、それより──
「あの、さ」
少々迷いつつも、俺は重たい口を開いた。なにせ、こんなことを訊けるのは、すべての事情をわかっている星井しかいないのだ。
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