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第4話
13・甘い、しょっぱい(その2)
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「ほーしい!」
その女子は、甘ったるい声とともに夏樹さんの背中に抱きついた。
当然、夏樹さんは弾かれたように飛び起きた。
「ほぇっ!?」
けっこうな勢いで身体を起こしたにも関わらず、抱きついた女子は夏樹さんから離れようとしない。
「えっ、なにこれ!? 誰!?」
「さぁ、誰でしょー」
くふふ、と傍迷惑な女子が笑う。そのとたん、夏樹さんの耳がわかりやすく真っ赤に染まった。
「もしかして──越塚?」
「せいかーい」
彼女は、さらに破顔すると甘えるように夏樹さんにのしかかった。
「ちょっ……離れろって」
「いーじゃんいーじゃん」
「良くねぇって! 彼氏に怒られるぞ!」
「えーそれは困るかもぉ」
ようやく「越塚」と呼ばれた女子は、夏樹さんから身体を離した。それから、乱れていた夏樹さんの髪の毛をささっと整えて「じゃーね」と、他のふたりのほうに戻っていった。
そんな彼女を、夏樹さんはぼんやりとした眼差しで見送っていた。夢うつつのような、少しうるんだ瞳。
けれど、すぐに俺に気づいたらしく「あ、青野」と取り繕うような笑みを浮かべた。
「どうしたの、青野。もしかしてナナセと待ち合わせ?」
「──いえ、本の返却に」
「へぇ、青野ってどんな本を読んでんの?」
夏樹さんが、興味津々といった様子で俺の手元を覗き込んでくる。
けれども、耳はまだ赤いまま。明らかに、今の自分の動揺を誤魔化すために、俺の本に興味をもったふりをしているのだろう。
いつもの俺なら、そんな彼を受け入れていたかもしれない。けれども、このときは、どうしてもそんな気になれなくて──つい、固い声で訊ねてしまった。
「今のは、お付き合いをされている方ですか?」
夏樹さんは、慌てたように「違うって!」と首を振った。
「あいつ、付き合ってるヤツ、ちゃんといるし」
ああ、たしかにそんなことを言っていたような気もする。だとしたら、なぜ交際相手でもない夏樹さんに、あんなふうに抱きついたりしたのか。いくらなんでもスキンシップがすぎるのではないか。
そんな思いが顔に出たのか、夏樹さんは「いやぁ」と苦い笑みを浮かべた。
「越塚は誰にでもああなんだよ。男子にも女子にも、距離感バグってるっていうか」
「……はぁ」
「だから、まあ……俺以外にもあんな感じだから」
自分からそう口にしておきながら、夏樹さんは傷ついたような表情を見せた。その事実が、俺をたまらない気持ちにさせた。
やっぱり、夏樹さんは彼女のことが好きなんだ。あんな、誰にでも抱きつくような軽いノリの女子のことが。
俺は、奥歯にグッと力を込めた。そうでもしなければ、次から次へとあの女子の悪口が流れ出てしまいそうだった。
同時に、これからこういうことを何度も経験しなければいけないのだ、と気づいて暗澹たる気持ちになった。
だって、これからも夏樹さんはいろいろな女子を好きになるだろう。今回は運良く彼氏持ちだったけれど、そのうち夏樹さんと結ばれる女子が現れるかもしれない。
その事実は、俺をひどく苦しめた。
できることなら、俺があの人の恋人に選ばれたい。先ほど、彼の寝顔を独り占めしていたような幸せな時間を、これからもずっとずっと手にしてみたい。
もし、俺が女子なら、きっと今頃どんな手をつかってでも、その地位におさまろうとしただろう。
けれど、悲しいかな、俺は女子じゃない。
夏樹さんの恋愛対象は、女子限定だというのに。
それでも、俺はこの人から離れたくない。彼の義弟になってでも、ずっとずっとそばにいたい。
(だったら、覚悟しなければ)
これから何度もこういう経験するのだ、それで構わないのだ──そうひそかに誓った、あの放課後の日。
(なのに、今は……)
思い出から戻ってきた俺は、再びスマホのディスプレイに目を向けた。
隠し撮りした夏樹さんの寝顔を、そっと親指で優しく撫でる。
正直、あのころは、こんなことになるなんて思ってもみなかった。だって、想像できるわけがないだろう? 俺の大好きな人が、この世界からいなくなってしまうだなんて。
(夏樹さん……)
おねがいだから、戻ってきてほしい。他の女子と付き合ってくれてかまわないから、どうか俺の目の届くところで笑っていてほしい。
(そのためなら、俺はなんでもする)
きっと、どんなことでもしてみせるから──
心のなかで、そう呟いたときだった。
「それ、誰?」
誰かが、俺の背中にのしかかってきた。
いや──「誰か」なんて言い方はおかしい。だって俺は、この人物が誰なのか、薄々わかっていたのだから。
「なあ、その写真、オレじゃないよな? もしかして、こっちの世界の星井夏樹?」
奇しくも、あの日夏樹さんに抱きついた女子のように俺の背中にのしかかりながら、もうひとりの星井夏樹──ナツさんが、俺のスマホに手をのばしてきたのである。
その女子は、甘ったるい声とともに夏樹さんの背中に抱きついた。
当然、夏樹さんは弾かれたように飛び起きた。
「ほぇっ!?」
けっこうな勢いで身体を起こしたにも関わらず、抱きついた女子は夏樹さんから離れようとしない。
「えっ、なにこれ!? 誰!?」
「さぁ、誰でしょー」
くふふ、と傍迷惑な女子が笑う。そのとたん、夏樹さんの耳がわかりやすく真っ赤に染まった。
「もしかして──越塚?」
「せいかーい」
彼女は、さらに破顔すると甘えるように夏樹さんにのしかかった。
「ちょっ……離れろって」
「いーじゃんいーじゃん」
「良くねぇって! 彼氏に怒られるぞ!」
「えーそれは困るかもぉ」
ようやく「越塚」と呼ばれた女子は、夏樹さんから身体を離した。それから、乱れていた夏樹さんの髪の毛をささっと整えて「じゃーね」と、他のふたりのほうに戻っていった。
そんな彼女を、夏樹さんはぼんやりとした眼差しで見送っていた。夢うつつのような、少しうるんだ瞳。
けれど、すぐに俺に気づいたらしく「あ、青野」と取り繕うような笑みを浮かべた。
「どうしたの、青野。もしかしてナナセと待ち合わせ?」
「──いえ、本の返却に」
「へぇ、青野ってどんな本を読んでんの?」
夏樹さんが、興味津々といった様子で俺の手元を覗き込んでくる。
けれども、耳はまだ赤いまま。明らかに、今の自分の動揺を誤魔化すために、俺の本に興味をもったふりをしているのだろう。
いつもの俺なら、そんな彼を受け入れていたかもしれない。けれども、このときは、どうしてもそんな気になれなくて──つい、固い声で訊ねてしまった。
「今のは、お付き合いをされている方ですか?」
夏樹さんは、慌てたように「違うって!」と首を振った。
「あいつ、付き合ってるヤツ、ちゃんといるし」
ああ、たしかにそんなことを言っていたような気もする。だとしたら、なぜ交際相手でもない夏樹さんに、あんなふうに抱きついたりしたのか。いくらなんでもスキンシップがすぎるのではないか。
そんな思いが顔に出たのか、夏樹さんは「いやぁ」と苦い笑みを浮かべた。
「越塚は誰にでもああなんだよ。男子にも女子にも、距離感バグってるっていうか」
「……はぁ」
「だから、まあ……俺以外にもあんな感じだから」
自分からそう口にしておきながら、夏樹さんは傷ついたような表情を見せた。その事実が、俺をたまらない気持ちにさせた。
やっぱり、夏樹さんは彼女のことが好きなんだ。あんな、誰にでも抱きつくような軽いノリの女子のことが。
俺は、奥歯にグッと力を込めた。そうでもしなければ、次から次へとあの女子の悪口が流れ出てしまいそうだった。
同時に、これからこういうことを何度も経験しなければいけないのだ、と気づいて暗澹たる気持ちになった。
だって、これからも夏樹さんはいろいろな女子を好きになるだろう。今回は運良く彼氏持ちだったけれど、そのうち夏樹さんと結ばれる女子が現れるかもしれない。
その事実は、俺をひどく苦しめた。
できることなら、俺があの人の恋人に選ばれたい。先ほど、彼の寝顔を独り占めしていたような幸せな時間を、これからもずっとずっと手にしてみたい。
もし、俺が女子なら、きっと今頃どんな手をつかってでも、その地位におさまろうとしただろう。
けれど、悲しいかな、俺は女子じゃない。
夏樹さんの恋愛対象は、女子限定だというのに。
それでも、俺はこの人から離れたくない。彼の義弟になってでも、ずっとずっとそばにいたい。
(だったら、覚悟しなければ)
これから何度もこういう経験するのだ、それで構わないのだ──そうひそかに誓った、あの放課後の日。
(なのに、今は……)
思い出から戻ってきた俺は、再びスマホのディスプレイに目を向けた。
隠し撮りした夏樹さんの寝顔を、そっと親指で優しく撫でる。
正直、あのころは、こんなことになるなんて思ってもみなかった。だって、想像できるわけがないだろう? 俺の大好きな人が、この世界からいなくなってしまうだなんて。
(夏樹さん……)
おねがいだから、戻ってきてほしい。他の女子と付き合ってくれてかまわないから、どうか俺の目の届くところで笑っていてほしい。
(そのためなら、俺はなんでもする)
きっと、どんなことでもしてみせるから──
心のなかで、そう呟いたときだった。
「それ、誰?」
誰かが、俺の背中にのしかかってきた。
いや──「誰か」なんて言い方はおかしい。だって俺は、この人物が誰なのか、薄々わかっていたのだから。
「なあ、その写真、オレじゃないよな? もしかして、こっちの世界の星井夏樹?」
奇しくも、あの日夏樹さんに抱きついた女子のように俺の背中にのしかかりながら、もうひとりの星井夏樹──ナツさんが、俺のスマホに手をのばしてきたのである。
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