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第4話
6・追跡(その1)
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その日の夜8時、駅前の本屋で時間をつぶしていると星井から連絡がはいった。案の定、ナツさんはこっそり家を抜け出したらしい。
『たぶん駅方面に向かうはずだから、絶対見失わないでね』
「わかってる」
果たして10分ほどでナツさんは現れた。
足取りが軽い。ずいぶんと浮かれている。そんな楽しそうな様子で、いったい誰に会いにいくのか。軽い苛立ちが芽生えたが、ここは冷静に。イライラしたところで何もはじまりはしないのだ。
さらにその数メートル後ろにはメガネをかけた星井がついてきていたが、やっぱりナツさんは気づいていないもよう。
俺は、本屋を出て星井と合流した。
「目悪かったっけ?」
「そんなわけないじゃん」
「じゃあ、そのメガネは……」
「伊達に決まってるでしょ。青野こそ、そのキャップどうしたの」
「父さんの借りてきた」
「どうりで。青野、10歳くらい老けて見えるよ」
わかってる。正直このテの帽子は苦手だ。昔からどうも似合わなくて「おっさんぽく見える」とさんざんからかわれてきたのだ。
けれど、今日はそうも言ってられない。これから俺たちはナツさんを追跡しなければいけないのだから。
「改札、定期で通ったね」
ということは、乗るのは下り方面の列車だ。
「心当たりは?」
「ぜんぜん。でも、下り方面でこの時間でも遊べる場所って限られてない?」
「たしかに」
とはいえ、それは外で遊ぶ場合のこと。誰かの家に向かうのだとしたら、小さな駅で下車してもおかしくはない。
ホームに着いてすぐに急行列車が到着した。ナツさんが乗車したので、俺たちも隣の車両から様子をうかがうことにした。
ナツさんは、端っこの席で手すりにもたれかかるように座っていた。足が軽くリズムをとっているあたり、何かしらの音楽を聴いているのだろう。
「のんきなもんだよね」
星井が、恨めしそうに呟いた。
「こっちは、なっちゃんのことめちゃくちゃ心配してるのに」
「まあ、ナツさんはああいう人だから」
冷静に返したつもりだったけど、本音はまったく別。むしろ、昼間からずっとザワザワしたままだ。
だって「タバコ」と「香水」なんて組み合わせ、どう考えても嫌な予感しかしない。
行き先はどこなのか。誰と会う予定なのか。その人物と何をするつもりなのか。
(坂巻とは、たしかカラオケに行ったはず)
だとしたら、今日もそうなのか? それとも別の、たとえばもっといかがわしい場所だったりはしないのか?
なにせ、相手は香水のにおいが移るほどの距離で、ナツさんと接している人だ。そんな人と、これから会うだなんて──
「青野、顔!」
星井に右腕を揺すられて、俺は我に返った。
「顔やばい、めちゃくちゃ怖い!」
「……え、誰の?」
「あんたの! なっちゃんを見てるときの顔、怖すぎ!」
そんなはずは、と思いながらすぐそばのガラス窓に目を向ける。
「……いつもどおりだけど」
「それは、あんたが今、意識して普段どおりの表情を作ってるからじゃん」
「いや、けど……」
「さっきまでは違ってたの! あんた、ものすごい顔でなっちゃんのことを見てたからね!」
そう言われても自分では確かめようがないし、心当たりもないから納得がいかない。
(単に、ナツさんの遊び相手について考えていただけなのに)
そこから互いに黙り込んでいるうちに、電車は俺たちの高校の最寄り駅を通過した。このままさらに40分以上乗車していれば、俺の地元駅に到着する。
その間、夜遅くまで遊べるような繁華街がある駅はひとつだけ。折りしも、次の到着駅としてアナウンスされたのが、その駅だ。
案の定、ナツさんはスマホをポケットに戻すと、代わりにパスケースを手に取った。
「下りるっぽいね」
「……ああ」
ここで下車ということは、やっぱり行き先はカラオケか。いや、24時間営業のファストフードという可能性もある。
俺は父さんのキャップを深く被りなおし、星井はメガネを押し上げた。
さあ、ここからは見失わないように気をつけなければ。
『たぶん駅方面に向かうはずだから、絶対見失わないでね』
「わかってる」
果たして10分ほどでナツさんは現れた。
足取りが軽い。ずいぶんと浮かれている。そんな楽しそうな様子で、いったい誰に会いにいくのか。軽い苛立ちが芽生えたが、ここは冷静に。イライラしたところで何もはじまりはしないのだ。
さらにその数メートル後ろにはメガネをかけた星井がついてきていたが、やっぱりナツさんは気づいていないもよう。
俺は、本屋を出て星井と合流した。
「目悪かったっけ?」
「そんなわけないじゃん」
「じゃあ、そのメガネは……」
「伊達に決まってるでしょ。青野こそ、そのキャップどうしたの」
「父さんの借りてきた」
「どうりで。青野、10歳くらい老けて見えるよ」
わかってる。正直このテの帽子は苦手だ。昔からどうも似合わなくて「おっさんぽく見える」とさんざんからかわれてきたのだ。
けれど、今日はそうも言ってられない。これから俺たちはナツさんを追跡しなければいけないのだから。
「改札、定期で通ったね」
ということは、乗るのは下り方面の列車だ。
「心当たりは?」
「ぜんぜん。でも、下り方面でこの時間でも遊べる場所って限られてない?」
「たしかに」
とはいえ、それは外で遊ぶ場合のこと。誰かの家に向かうのだとしたら、小さな駅で下車してもおかしくはない。
ホームに着いてすぐに急行列車が到着した。ナツさんが乗車したので、俺たちも隣の車両から様子をうかがうことにした。
ナツさんは、端っこの席で手すりにもたれかかるように座っていた。足が軽くリズムをとっているあたり、何かしらの音楽を聴いているのだろう。
「のんきなもんだよね」
星井が、恨めしそうに呟いた。
「こっちは、なっちゃんのことめちゃくちゃ心配してるのに」
「まあ、ナツさんはああいう人だから」
冷静に返したつもりだったけど、本音はまったく別。むしろ、昼間からずっとザワザワしたままだ。
だって「タバコ」と「香水」なんて組み合わせ、どう考えても嫌な予感しかしない。
行き先はどこなのか。誰と会う予定なのか。その人物と何をするつもりなのか。
(坂巻とは、たしかカラオケに行ったはず)
だとしたら、今日もそうなのか? それとも別の、たとえばもっといかがわしい場所だったりはしないのか?
なにせ、相手は香水のにおいが移るほどの距離で、ナツさんと接している人だ。そんな人と、これから会うだなんて──
「青野、顔!」
星井に右腕を揺すられて、俺は我に返った。
「顔やばい、めちゃくちゃ怖い!」
「……え、誰の?」
「あんたの! なっちゃんを見てるときの顔、怖すぎ!」
そんなはずは、と思いながらすぐそばのガラス窓に目を向ける。
「……いつもどおりだけど」
「それは、あんたが今、意識して普段どおりの表情を作ってるからじゃん」
「いや、けど……」
「さっきまでは違ってたの! あんた、ものすごい顔でなっちゃんのことを見てたからね!」
そう言われても自分では確かめようがないし、心当たりもないから納得がいかない。
(単に、ナツさんの遊び相手について考えていただけなのに)
そこから互いに黙り込んでいるうちに、電車は俺たちの高校の最寄り駅を通過した。このままさらに40分以上乗車していれば、俺の地元駅に到着する。
その間、夜遅くまで遊べるような繁華街がある駅はひとつだけ。折りしも、次の到着駅としてアナウンスされたのが、その駅だ。
案の定、ナツさんはスマホをポケットに戻すと、代わりにパスケースを手に取った。
「下りるっぽいね」
「……ああ」
ここで下車ということは、やっぱり行き先はカラオケか。いや、24時間営業のファストフードという可能性もある。
俺は父さんのキャップを深く被りなおし、星井はメガネを押し上げた。
さあ、ここからは見失わないように気をつけなければ。
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