目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

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第4話

2・考察

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「……なるほど。瞑想してたら幽体ゆうたいだつ、か」

 おなじみのカフェでチキンサンドを頬張りながら、八尾さんは指先でクルクルとペンをまわした。

「で、青野は、星井とナツの魂が入れ替わろうとしてたんじゃないかって考えてるわけだ?」
「そうです」
「そんなことってある? たかが瞑想でしょ?」

 異議を申し立てたのは、俺の隣に座っている星井ナナセだ。最近ダイエット中らしく、今日は無糖のアイスティーをすすっている。

「たかがっていうけど、現にナツさんはそういう経験をしているわけで……」
「でも、青野はしてないんでしょ。一緒に瞑想してたのに」

 星井は、実にあっさり俺の仮説の穴をついてきた。

「瞑想で入れ替わることができるなら、青野だってそうなってるはずじゃん」
「それは……俺が瞑想しても入れ替わりは発生しない、とか」
「その理由は?」
「それ……は……」
「ほら、答えられないじゃん」

 容赦なく追撃してくる星井を「まあまあ」となだめで、八尾さんはメモ帳にペンを走らせた。

「これは今の話をもとにした仮説だけど、もしかしたら『瞑想+α』で入れ替わりが発生するのかもな」
「というと?」
「年齢とか誕生日とか。それこそ、ナツにあって青野にないものなんていくらでもあるだろ」
「あるある! 『かわいらしさ』とか」

 しれっとそう答えたのはナツさんだ。ちなみに、グラスのなかのアイスロイヤルミルクティーは、Lサイズにも関わらずすでに残り半分となっている。

「『かわいらしさ』って……それ、自分で言う?」
「言う! だってオレ、可愛いもん!」

 ねっ、と同意を求められたけど、俺にふるのはやめてほしい。そういうの、めちゃくちゃ答えにくい。

「じゃあ、これはどうだ? 『同じ時間帯に、パラレルワールドの星井も瞑想してました』っての」

 八尾さんは、自分の思いつきをメモ帳に書き込んだ。

「これなら入れ替わりが起こりそうだろ。──まあ、星井が瞑想のやり方を知っているのが条件だけど」
「知ってる」
「知ってますね」

 俺と星井の返答が重なった。「そうなのか?」と八尾さんは目を丸くした。

「知ってますね、俺がやり方を教えましたから」
「そうそう、家でもときどきやってたしね」
「えっ、本当に?」
「ほんとほんと。お兄ちゃん『青野から教わった』って嬉しそうだったよ」

 そんな喜ばしい情報、初耳だ。星井も早く教えてくれればよかったのに。
 にやけそうになる口元を、それとなく左手で隠す。
 と、ふいに強い視線を感じて、俺は顔をあげた。視線の主は、意外にもナツさんだった。なぜか不機嫌そうな目で、こちらを見ている。

「どうかしましたか?」
「……べっつにー」

 ナツさんは頬を膨らませると、音をたててロイヤルミルクティーをすすった。「なっちゃん行儀悪いよ」と星井にたしなめられても、ツンとそっぽを向いて知らん顔だ。

「まあ、でもこの説はさすがに偶然が過ぎるか」

 八尾さんは、冷静に「偶然?」とメモ帳に書き加えた。

「たしかに……示し合わせたわけでもないのに、同時に瞑想するなんて、ちょっと考えられないですよね」
「それな、やっぱり難しいよなぁ」

 結局、この日のミーティングは仮説がひとつ増えただけで時間切れとなった。
 一歩前進したのか、そう見えて実際は足踏みしているだけなのか。今の時点では、なんとも言えない。
 カフェを出ると、まん丸な月が目に入った。
 どうやら、今日は満月のようだ。

「やべぇ、団子食いてぇ」
「うそ、八尾っち、さっきサンドイッチ食べてたじゃん」

 楽しそうにお喋りしている八尾さんと星井の後ろを、俺はぼんやりと歩いていた。

(瞑想+α……)

 だとしたら、その「+α」は何なのだろう。
 八尾さんの指摘どおり、めちゃくちゃものすごい確率の偶然が働いて、夏樹さんとナツさんが同時に瞑想した結果なのだろうか。

(でも、それだと「二度目」はない)

 再びふたりが同時刻に瞑想するなんて、どう考えてもあり得ない。
 つまり、八尾さんの仮説が正解だとしたら、いよいよ俺は夏樹さんをあきらめなければいけなくなる。

(それは嫌だ)

 もう二度とあの人に会えないなんて、耐えられない。
 うつむいたまま、俺は必死に頭をめぐらせる。なにか他の条件はないのか。できれば、そんな偶然に頼らなくてもいい、もっと確実なものが──
 と、そこでいきなり腕を引かれた。驚いて振り返ると、ナツさんが何か言いたげな目でこっちを見ている。

「なんですか」
「……」
「……ナツさん?」

 うながすように名前を呼ぶと、ナツさんは不愉快そうに口を開いた。

「青野、もしかしてオレのこと嫌い?」
「……え?」
「そんなにオレのこと、元の世界に戻したいの?」
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このシリーズの前のお話です。よろしければ…
「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」


こちらはBL未満のお話です
「モフモフ野郎と俺の朝ごはん」
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