55 / 124
第4話
2・考察
しおりを挟む
「……なるほど。瞑想してたら幽体離脱、か」
おなじみのカフェでチキンサンドを頬張りながら、八尾さんは指先でクルクルとペンをまわした。
「で、青野は、星井とナツの魂が入れ替わろうとしてたんじゃないかって考えてるわけだ?」
「そうです」
「そんなことってある? たかが瞑想でしょ?」
異議を申し立てたのは、俺の隣に座っている星井ナナセだ。最近ダイエット中らしく、今日は無糖のアイスティーをすすっている。
「たかがっていうけど、現にナツさんはそういう経験をしているわけで……」
「でも、青野はしてないんでしょ。一緒に瞑想してたのに」
星井は、実にあっさり俺の仮説の穴をついてきた。
「瞑想で入れ替わることができるなら、青野だってそうなってるはずじゃん」
「それは……俺が瞑想しても入れ替わりは発生しない、とか」
「その理由は?」
「それ……は……」
「ほら、答えられないじゃん」
容赦なく追撃してくる星井を「まあまあ」となだめで、八尾さんはメモ帳にペンを走らせた。
「これは今の話をもとにした仮説だけど、もしかしたら『瞑想+α』で入れ替わりが発生するのかもな」
「というと?」
「年齢とか誕生日とか。それこそ、ナツにあって青野にないものなんていくらでもあるだろ」
「あるある! 『かわいらしさ』とか」
しれっとそう答えたのはナツさんだ。ちなみに、グラスのなかのアイスロイヤルミルクティーは、Lサイズにも関わらずすでに残り半分となっている。
「『かわいらしさ』って……それ、自分で言う?」
「言う! だってオレ、可愛いもん!」
ねっ、と同意を求められたけど、俺にふるのはやめてほしい。そういうの、めちゃくちゃ答えにくい。
「じゃあ、これはどうだ? 『同じ時間帯に、パラレルワールドの星井も瞑想してました』っての」
八尾さんは、自分の思いつきをメモ帳に書き込んだ。
「これなら入れ替わりが起こりそうだろ。──まあ、星井が瞑想のやり方を知っているのが条件だけど」
「知ってる」
「知ってますね」
俺と星井の返答が重なった。「そうなのか?」と八尾さんは目を丸くした。
「知ってますね、俺がやり方を教えましたから」
「そうそう、家でもときどきやってたしね」
「えっ、本当に?」
「ほんとほんと。お兄ちゃん『青野から教わった』って嬉しそうだったよ」
そんな喜ばしい情報、初耳だ。星井も早く教えてくれればよかったのに。
にやけそうになる口元を、それとなく左手で隠す。
と、ふいに強い視線を感じて、俺は顔をあげた。視線の主は、意外にもナツさんだった。なぜか不機嫌そうな目で、こちらを見ている。
「どうかしましたか?」
「……べっつにー」
ナツさんは頬を膨らませると、音をたててロイヤルミルクティーをすすった。「なっちゃん行儀悪いよ」と星井にたしなめられても、ツンとそっぽを向いて知らん顔だ。
「まあ、でもこの説はさすがに偶然が過ぎるか」
八尾さんは、冷静に「偶然?」とメモ帳に書き加えた。
「たしかに……示し合わせたわけでもないのに、同時に瞑想するなんて、ちょっと考えられないですよね」
「それな、やっぱり難しいよなぁ」
結局、この日のミーティングは仮説がひとつ増えただけで時間切れとなった。
一歩前進したのか、そう見えて実際は足踏みしているだけなのか。今の時点では、なんとも言えない。
カフェを出ると、まん丸な月が目に入った。
どうやら、今日は満月のようだ。
「やべぇ、団子食いてぇ」
「うそ、八尾っち、さっきサンドイッチ食べてたじゃん」
楽しそうにお喋りしている八尾さんと星井の後ろを、俺はぼんやりと歩いていた。
(瞑想+α……)
だとしたら、その「+α」は何なのだろう。
八尾さんの指摘どおり、めちゃくちゃものすごい確率の偶然が働いて、夏樹さんとナツさんが同時に瞑想した結果なのだろうか。
(でも、それだと「二度目」はない)
再びふたりが同時刻に瞑想するなんて、どう考えてもあり得ない。
つまり、八尾さんの仮説が正解だとしたら、いよいよ俺は夏樹さんをあきらめなければいけなくなる。
(それは嫌だ)
もう二度とあの人に会えないなんて、耐えられない。
うつむいたまま、俺は必死に頭をめぐらせる。なにか他の条件はないのか。できれば、そんな偶然に頼らなくてもいい、もっと確実なものが──
と、そこでいきなり腕を引かれた。驚いて振り返ると、ナツさんが何か言いたげな目でこっちを見ている。
「なんですか」
「……」
「……ナツさん?」
うながすように名前を呼ぶと、ナツさんは不愉快そうに口を開いた。
「青野、もしかしてオレのこと嫌い?」
「……え?」
「そんなにオレのこと、元の世界に戻したいの?」
おなじみのカフェでチキンサンドを頬張りながら、八尾さんは指先でクルクルとペンをまわした。
「で、青野は、星井とナツの魂が入れ替わろうとしてたんじゃないかって考えてるわけだ?」
「そうです」
「そんなことってある? たかが瞑想でしょ?」
異議を申し立てたのは、俺の隣に座っている星井ナナセだ。最近ダイエット中らしく、今日は無糖のアイスティーをすすっている。
「たかがっていうけど、現にナツさんはそういう経験をしているわけで……」
「でも、青野はしてないんでしょ。一緒に瞑想してたのに」
星井は、実にあっさり俺の仮説の穴をついてきた。
「瞑想で入れ替わることができるなら、青野だってそうなってるはずじゃん」
「それは……俺が瞑想しても入れ替わりは発生しない、とか」
「その理由は?」
「それ……は……」
「ほら、答えられないじゃん」
容赦なく追撃してくる星井を「まあまあ」となだめで、八尾さんはメモ帳にペンを走らせた。
「これは今の話をもとにした仮説だけど、もしかしたら『瞑想+α』で入れ替わりが発生するのかもな」
「というと?」
「年齢とか誕生日とか。それこそ、ナツにあって青野にないものなんていくらでもあるだろ」
「あるある! 『かわいらしさ』とか」
しれっとそう答えたのはナツさんだ。ちなみに、グラスのなかのアイスロイヤルミルクティーは、Lサイズにも関わらずすでに残り半分となっている。
「『かわいらしさ』って……それ、自分で言う?」
「言う! だってオレ、可愛いもん!」
ねっ、と同意を求められたけど、俺にふるのはやめてほしい。そういうの、めちゃくちゃ答えにくい。
「じゃあ、これはどうだ? 『同じ時間帯に、パラレルワールドの星井も瞑想してました』っての」
八尾さんは、自分の思いつきをメモ帳に書き込んだ。
「これなら入れ替わりが起こりそうだろ。──まあ、星井が瞑想のやり方を知っているのが条件だけど」
「知ってる」
「知ってますね」
俺と星井の返答が重なった。「そうなのか?」と八尾さんは目を丸くした。
「知ってますね、俺がやり方を教えましたから」
「そうそう、家でもときどきやってたしね」
「えっ、本当に?」
「ほんとほんと。お兄ちゃん『青野から教わった』って嬉しそうだったよ」
そんな喜ばしい情報、初耳だ。星井も早く教えてくれればよかったのに。
にやけそうになる口元を、それとなく左手で隠す。
と、ふいに強い視線を感じて、俺は顔をあげた。視線の主は、意外にもナツさんだった。なぜか不機嫌そうな目で、こちらを見ている。
「どうかしましたか?」
「……べっつにー」
ナツさんは頬を膨らませると、音をたててロイヤルミルクティーをすすった。「なっちゃん行儀悪いよ」と星井にたしなめられても、ツンとそっぽを向いて知らん顔だ。
「まあ、でもこの説はさすがに偶然が過ぎるか」
八尾さんは、冷静に「偶然?」とメモ帳に書き加えた。
「たしかに……示し合わせたわけでもないのに、同時に瞑想するなんて、ちょっと考えられないですよね」
「それな、やっぱり難しいよなぁ」
結局、この日のミーティングは仮説がひとつ増えただけで時間切れとなった。
一歩前進したのか、そう見えて実際は足踏みしているだけなのか。今の時点では、なんとも言えない。
カフェを出ると、まん丸な月が目に入った。
どうやら、今日は満月のようだ。
「やべぇ、団子食いてぇ」
「うそ、八尾っち、さっきサンドイッチ食べてたじゃん」
楽しそうにお喋りしている八尾さんと星井の後ろを、俺はぼんやりと歩いていた。
(瞑想+α……)
だとしたら、その「+α」は何なのだろう。
八尾さんの指摘どおり、めちゃくちゃものすごい確率の偶然が働いて、夏樹さんとナツさんが同時に瞑想した結果なのだろうか。
(でも、それだと「二度目」はない)
再びふたりが同時刻に瞑想するなんて、どう考えてもあり得ない。
つまり、八尾さんの仮説が正解だとしたら、いよいよ俺は夏樹さんをあきらめなければいけなくなる。
(それは嫌だ)
もう二度とあの人に会えないなんて、耐えられない。
うつむいたまま、俺は必死に頭をめぐらせる。なにか他の条件はないのか。できれば、そんな偶然に頼らなくてもいい、もっと確実なものが──
と、そこでいきなり腕を引かれた。驚いて振り返ると、ナツさんが何か言いたげな目でこっちを見ている。
「なんですか」
「……」
「……ナツさん?」
うながすように名前を呼ぶと、ナツさんは不愉快そうに口を開いた。
「青野、もしかしてオレのこと嫌い?」
「……え?」
「そんなにオレのこと、元の世界に戻したいの?」
10
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
[BL]デキソコナイ
明日葉 ゆゐ
BL
特別進学クラスの優等生の喫煙現場に遭遇してしまった校内一の問題児。見ていない振りをして立ち去ろうとするが、なぜか優等生に怪我を負わされ、手当てのために家に連れて行かれることに。決して交わることのなかった2人の不思議な関係が始まる。(別サイトに投稿していた作品になります)

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール
雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け
《あらすじ》
4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。
そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。
平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる