目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

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第3話

18・瞑想(その2)

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「ナナナ、ナツさん、なんでここに……!」

 というかこの人、今、俺を舐めなかったか? まだ鼻先が湿ってる気がするんだけど。
 尻で後ずさる俺を追いかけるように、ナツさんもグッと身体を近づけてくる。

「だって、青野がいない教室にいても意味ないし」
「いや、けど……」
「つーか、青野嘘つきだね。行き先トイレじゃなかったじゃん」
「それ……は……」

 たしかに嘘をついた。そこは認めざるを得ない。
 でも、言えるわけがないじゃないか。まさか「よからぬ気分をどうにかするために、瞑想しに行ってきます」だなんて。
 気まずさのあまりうつむこうとした俺の顔を、ナツさんは「なあなあ」とわざわざ下から覗き込んできた。

「なんで、さっき目をつぶってたの?」
「えっ」
「なんか難しそうな顔して──こうやって目を閉じてさぁ。アレって何? 座りながら眠ろうとしてたとか?」
「いえ、あれは……」

 曖昧に言葉を濁そうとしたけれど、ナツさんはキラキラした目で俺の返答を待っている。
 仕方がない、ここは素直に白状するか。

「あれは瞑想です」
「めーそー?」
「ええ、緊張しているときとか大勝負の前とか、そういうときにいつもやるんです。他にも、気分を落ち着かせたいときとか……」

 不埒な気持ちになったときとか、煩悩を追い払いたいときにも──なんて言葉は、当然心のなかにしまっておく。
 すると、ナツさんはぴょんと背筋をのばした。

「思い出した! 青野もやるって言ってた!」
「そうなんですか?」
「うん、なんかね、じゃんけんをする前によくやるんだって。体育祭の種目決めとか、購買のパンを賭けるときとか。そーゆう『負けられない戦い』の前にめーそーして精神統一するって言ってた!」
「……なるほど」

 たしかに、どちらも「負けられない戦い」ではある。スケールの小ささはともかくとして。

(そうか、向こうの俺も「瞑想」をするのか)

 面白いような、面白くないような。
 そんな俺の複雑な心情など知るよしもなく、ナツさんは「なあ、青野」とさらにキラキラした眼差しを向けてきた。

「それ、教えて!」
「……えっ」
「めーそーのやり方! 面白そうだから、俺もやってみたい!」
「……はぁ」

 教えるのはかまわないけど、果たしてナツさんにできるのだろうか。俺以上に落ち着きがなくて、じっとしているのが苦手そうなこの人に?

(いや、だからこそ──か)

 瞑想を身につけることで、少しは落ち着き、考えなしな言動が減るかもしれない。

「じゃあ、ここに座ってください」

 隣の床を軽く叩くと、ナツさんは「待ってました」とばかりに移動してきた。どうやら「教わりたい」というのは嘘ではないらしい。

「まず、最初に『呼吸』から説明します」
「なにそれ。呼吸くらいふつうにやってるけど」
「それは生きるための呼吸ですよね? 瞑想のための呼吸は、もっと深くゆっくりやる必要があって……」

 ひとつずつ説明しながら、実際にやってもらう。
 ちなみに、夏樹さんのときは「青野に見られながらやるのは恥ずかしい」とすごく照れてしまって、そこがまた100点満点の可愛さだったんだけど、ナツさんはまったく気にならないらしい。

「なあ、オレ、うまくできてる?」
「できています。その調子で続けてください」
「じゃあ、青野も一緒にやろ?」
「俺がやると、説明できなくなりますけど」
「あ、そっか」

 薄い唇が、ふふっと笑う。
 俺が好きになった夏樹さんと同じ身体のはずなのに、ナツさんのまぶたはそれほどピクピク動かない。代わりに唇がよく動く。それはそれで瞑想前としてはどうなんだって感じだけど、まあ、このあと落ち着いてくれれば──
 なんて思った矢先。
 ナツさんの細い身体が、いきなり後ろにぐらりと傾いだ。

「ナツさん!?」

 慌てて背中を支えて、ナツさんの顔を覗き込む。
 もしかして貧血か? それとも本当に眠ってしまったとか?
 でも、それにしてはどこか様子がおかしい。揺さぶっても反応がないし、寝息のようなものもまるで聞こえてこない。

(これ……もしかしてヤバいんじゃ……)

 湧きおこる不安をかき消すかのように、俺はしつこいくらい彼の名前を呼んだ。

「ナツさん、聞こえますか? ナツさん……ナツさん!?」

 けれども、薄いまぶたはぴくりとも動かない。力をなくしたその身体は、まるで魂が抜けてしまったかのようだった。
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このシリーズの前のお話です。よろしければ…
「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」


こちらはBL未満のお話です
「モフモフ野郎と俺の朝ごはん」
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