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第3話
16・誘惑
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不本意な噂が広まってから十数日が経過した。
さんざん俺を悩ませた好奇の眼差しだけど、今は驚くほどまったく感じない。
幸いなことに──というのはいささか申し訳ないのだけれど、俺たちの一件があった3日後、今度は生徒会長のふたまた疑惑が持ち上がり、学校中の興味がそっちに移ったのだ。
加えて、例のストーカー女子に、またもや「好きな人」ができたらしい。「ほんと、由芽が迷惑かけてすまなかったな」と、なぜか金髪女子が謝りに来たけれど、こちらとしては万々歳。頼むから、もう二度と俺とナツさんに関わらないでくれ。
そんなわけで、心穏やかな昼休み──のはずだったんだけど。
「ほらーオレの言ったとおりだったじゃん」
今、俺の目の前には、得意げに鼻の穴をふくらませているナツさんがいる。
「由芽ちゃんは惚れっぽいんだよ。しかも、自分のことを好きな人が大好きなの。だから、青野とは絶対に長続きしないと思ってた!」
ハイハイ、ソーデスカ。サスガッスネ。
心のなかでそう返しながら、俺は弁当箱の唐揚げにかじりついた。
ここ最近、昼休みのたびにナツさんはうちのクラスにやってくる。本人いわく「ナナセから奪い取ってやる」とのことだけど、この人、俺たちが偽装カップルだって知ったらどうするんだろう。
(ここぞとばかりに食いつきそうだな)
だとしたら、絶対にバレるわけにはいかない。これ以上、俺の穏やかな日常をナツさんにかき回されるのはごめんだ。
「なっちゃん、また来てたの?」
購買から戻ってきた星井が、呆れたようにため息をついた。
「しつこいなぁ、青野のことはあきらめなって」
「やだ! オレのほうが青野とお似合いだもん!」
「そう思ってるの、なっちゃんだけだよ。実際、青野が付き合ってるのは私だし」
星井のごもっともな指摘に、ナツさんは「そんなことない」と今度は頬をふくらませた。
「絶対絶対、絶っっ対、青野のこと奪い取ってみせる!」
「そういうのやめてください。またへんな噂になるでしょう」
「いいじゃん。オレ、噂で終わらせるつもりないし」
ナツさんは立ちあがると、俺と机の間に半ば強引に身体をねじこませてきた。
「ちょっ、なにやって……」
「いいじゃん。ここ、オレの特等席だし」
「違います、席じゃありません」
俺の抗議を無視して、ナツさんはしれっと太ももの上に乗っかってきた。
「うわぁ、なにそれ。ほぼ座椅子扱いじゃん」
「そ! 青野はオレ専用の座椅子なの!」
「違いますし、食事の邪魔なので退いてもらえませんか?」
「やだ! 弁当なんて、オレを抱っこしたまま食べればいいじゃん」
なっ、と甘えるように後頭部をグリグリ押しつけられる。
やめてくれ、またおかしな気分になりそうだ。その身体だけは、俺が好きになった「夏樹さん」そのままなのだ。
(この熱も、太ももに当たる尾てい骨の感触も、頭皮のにおいも……)
いや、さすがに頭皮のにおいはないか。あまりにも変態じみている。
俺はスンッと鼻をすすると、ナツさんの脇腹に手をかけた。
「ひゃっ! な、なに!?」
「だから、さっきから退いてくださいって言ってるでしょう」
「やだ──」
「トイレに行きたいので。退いてもらわないと困ります」
ほら、と雑な手つきでナツさんの脇腹をグイグイ押す。ナツさんは上目遣いで睨みながらも、ようやく俺の太ももから腰をあげてくれた。
「なんだよ、座椅子のくせに」
「あいにく座椅子になった覚えはありませんってば」
弁当箱にふたをして、俺はひとまず教室を出る。
表向きは「トイレに行く」だったけれど、そんなのは言い訳だ。ただ単に、これ以上へんな気持ちになりたくなかっただけだ。
(人の気も知らないで……)
まあ、知らなくて当然だし、知られるのは絶対に嫌だけど、それでも恨み言をこぼさずにはいられない。ナツさんの無邪気な接触は、今の俺には、ある種の毒なのだ。
まだ、身体の奥で非常によろしくない熱がくすぶっているような気がして、俺はそのまま実験室エリアに向かった。
行き先は、西階段の最上階。ひとりになりたいときの、とっておきの場所だ。
さんざん俺を悩ませた好奇の眼差しだけど、今は驚くほどまったく感じない。
幸いなことに──というのはいささか申し訳ないのだけれど、俺たちの一件があった3日後、今度は生徒会長のふたまた疑惑が持ち上がり、学校中の興味がそっちに移ったのだ。
加えて、例のストーカー女子に、またもや「好きな人」ができたらしい。「ほんと、由芽が迷惑かけてすまなかったな」と、なぜか金髪女子が謝りに来たけれど、こちらとしては万々歳。頼むから、もう二度と俺とナツさんに関わらないでくれ。
そんなわけで、心穏やかな昼休み──のはずだったんだけど。
「ほらーオレの言ったとおりだったじゃん」
今、俺の目の前には、得意げに鼻の穴をふくらませているナツさんがいる。
「由芽ちゃんは惚れっぽいんだよ。しかも、自分のことを好きな人が大好きなの。だから、青野とは絶対に長続きしないと思ってた!」
ハイハイ、ソーデスカ。サスガッスネ。
心のなかでそう返しながら、俺は弁当箱の唐揚げにかじりついた。
ここ最近、昼休みのたびにナツさんはうちのクラスにやってくる。本人いわく「ナナセから奪い取ってやる」とのことだけど、この人、俺たちが偽装カップルだって知ったらどうするんだろう。
(ここぞとばかりに食いつきそうだな)
だとしたら、絶対にバレるわけにはいかない。これ以上、俺の穏やかな日常をナツさんにかき回されるのはごめんだ。
「なっちゃん、また来てたの?」
購買から戻ってきた星井が、呆れたようにため息をついた。
「しつこいなぁ、青野のことはあきらめなって」
「やだ! オレのほうが青野とお似合いだもん!」
「そう思ってるの、なっちゃんだけだよ。実際、青野が付き合ってるのは私だし」
星井のごもっともな指摘に、ナツさんは「そんなことない」と今度は頬をふくらませた。
「絶対絶対、絶っっ対、青野のこと奪い取ってみせる!」
「そういうのやめてください。またへんな噂になるでしょう」
「いいじゃん。オレ、噂で終わらせるつもりないし」
ナツさんは立ちあがると、俺と机の間に半ば強引に身体をねじこませてきた。
「ちょっ、なにやって……」
「いいじゃん。ここ、オレの特等席だし」
「違います、席じゃありません」
俺の抗議を無視して、ナツさんはしれっと太ももの上に乗っかってきた。
「うわぁ、なにそれ。ほぼ座椅子扱いじゃん」
「そ! 青野はオレ専用の座椅子なの!」
「違いますし、食事の邪魔なので退いてもらえませんか?」
「やだ! 弁当なんて、オレを抱っこしたまま食べればいいじゃん」
なっ、と甘えるように後頭部をグリグリ押しつけられる。
やめてくれ、またおかしな気分になりそうだ。その身体だけは、俺が好きになった「夏樹さん」そのままなのだ。
(この熱も、太ももに当たる尾てい骨の感触も、頭皮のにおいも……)
いや、さすがに頭皮のにおいはないか。あまりにも変態じみている。
俺はスンッと鼻をすすると、ナツさんの脇腹に手をかけた。
「ひゃっ! な、なに!?」
「だから、さっきから退いてくださいって言ってるでしょう」
「やだ──」
「トイレに行きたいので。退いてもらわないと困ります」
ほら、と雑な手つきでナツさんの脇腹をグイグイ押す。ナツさんは上目遣いで睨みながらも、ようやく俺の太ももから腰をあげてくれた。
「なんだよ、座椅子のくせに」
「あいにく座椅子になった覚えはありませんってば」
弁当箱にふたをして、俺はひとまず教室を出る。
表向きは「トイレに行く」だったけれど、そんなのは言い訳だ。ただ単に、これ以上へんな気持ちになりたくなかっただけだ。
(人の気も知らないで……)
まあ、知らなくて当然だし、知られるのは絶対に嫌だけど、それでも恨み言をこぼさずにはいられない。ナツさんの無邪気な接触は、今の俺には、ある種の毒なのだ。
まだ、身体の奥で非常によろしくない熱がくすぶっているような気がして、俺はそのまま実験室エリアに向かった。
行き先は、西階段の最上階。ひとりになりたいときの、とっておきの場所だ。
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