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第3話
12・少しだけわかったこと
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「なんとなくですけど、八尾さんが言っていたこと、少しわかった気がします」
駅までの道のりを歩きながらそうこぼした俺に、八尾さんは「ん?」と片眉をあげた。
「俺、なんか言ってたか?」
「ええ。覚えてませんか、少し前のことですけど。ナツさんがわがままなのは自分に自信がないからだ──って」
「ああ、あれか」
あのときの俺は、八尾さんの指摘を理解することができなかった。
ナツさんが自分本位に振る舞えるのは、よほど嫌われない自信があるから──そう思いこんでいたせいだ。
「でも、今日のナツさんを見て考えが変わったというか。夏樹さんもそうでしたけど、ナツさんも根っこのところでは自分に自信がないのかなって」
自信のある人間は、無理に自分を等身大以上に見せようとはしない。同時に、へんに自分を卑下することもない。
「そう考えると、ナツさんの人並み以上のわがままも、さっきの自分を貶めるような発言も、結局はそういうことなのかなって」
「……まあな」
八尾さんの口元に、苦い笑みが浮かんだ。
「一見『ただのバカ』って感じなのにな。ああいうところがあるから、どうにも放っておけないんだよ、ナツのこと」
「わかります」
俺も、好きなのはあくまで夏樹さんのはずなのに、どうしてもナツさんから目が離せない。
「あとさ、あいつ、考えなしすぎるっていうか……今日のセフレ発言もそうだけど、思いついたことを、すぐにポンポン口に出すだろ。そのへんも、見ていて危なっかしいっつーか」
「たしかに」
常に一緒にいるわけではない自分ですら、ナツさんにはハラハラさせられっぱなしなのだ。俺よりもずっと彼のそばにいる八尾さんは、さらに肝を冷やすことが多いのだろう。
「その点、星井は慎重だったよな。一見ノリが良さそうだけど、実際はちゃんと立ち止まって考えることができるやつだったし」
「そうですね」
例えば、目の前に「その発言は適切か」のラインが引かれているとして、夏樹さんは一度その前で立ち止まるタイプの人だ。
けれど、ナツさんは違う。そのラインをためらうことなく、あるいは敢えて踏んづけて飛び越えてしまう。もっとも、あの人の場合、ラインそのものが見えていない可能性もありそうだけど。
「なんであの人、あんなに無茶苦茶なんでしょうね」
彼の様々な言動が自信のなさの裏返しだったとして、それならそれで夏樹さんのような慎重派になる可能性もあったはずだ。
それなのに、ナツさんは小さな台風のような人になった。大元は同じ「星井夏樹」だったはずなのに、どうしてこうも違ってしまったのだろう。
「さあな、そこまでは俺にもわかんねぇよ。あいつと顔を合わせるようになって、まだ2週間ちょっとだし」
言われてみれば、たしかにそうだ。体感としては3ヶ月くらい経っている気がするけれど、実際はまだその1/6程度の時間しか流れていない。
「お前こそ、なにか聞いてねぇの?」
「えっ」
「ナツが、いろいろこじらせてる理由」
そんなの、俺に答えられるわけがない。親友の八尾さんが知らないようなことを、俺なんかが知っているはずがないじゃないか。
「なにも聞いてませんよ」
「マジで?」
「ええ、しょせん妹の彼氏に過ぎませんから。俺は」
つい投げやりな返答になった。
そのせいか、あるいはもっと他に思うところがあったのか、八尾さんは「あのさ」と足を止めた。
「これ、答えたくなけりゃ無視してもらってもいーんだけど」
「はい」
「お前は、あいつのことをどう思ってんの?」
からかう色のない、真摯な眼差し。
俺は、努めて無表情を装った。そうするのが正解だと信じていたし、動揺しているのをこの人に悟られたくはなかった。
「交際相手のお兄さん──ですかね」
「ふーん」
八尾さんは、またもや片眉をあげた。
それでも、俺は無表情を貫いた。
彼の探るような眼差しと対峙するつもりで──あるいは「星井夏樹の親友」である彼に、つまらない負けん気を発揮してしまったのかもしれなかった。
駅までの道のりを歩きながらそうこぼした俺に、八尾さんは「ん?」と片眉をあげた。
「俺、なんか言ってたか?」
「ええ。覚えてませんか、少し前のことですけど。ナツさんがわがままなのは自分に自信がないからだ──って」
「ああ、あれか」
あのときの俺は、八尾さんの指摘を理解することができなかった。
ナツさんが自分本位に振る舞えるのは、よほど嫌われない自信があるから──そう思いこんでいたせいだ。
「でも、今日のナツさんを見て考えが変わったというか。夏樹さんもそうでしたけど、ナツさんも根っこのところでは自分に自信がないのかなって」
自信のある人間は、無理に自分を等身大以上に見せようとはしない。同時に、へんに自分を卑下することもない。
「そう考えると、ナツさんの人並み以上のわがままも、さっきの自分を貶めるような発言も、結局はそういうことなのかなって」
「……まあな」
八尾さんの口元に、苦い笑みが浮かんだ。
「一見『ただのバカ』って感じなのにな。ああいうところがあるから、どうにも放っておけないんだよ、ナツのこと」
「わかります」
俺も、好きなのはあくまで夏樹さんのはずなのに、どうしてもナツさんから目が離せない。
「あとさ、あいつ、考えなしすぎるっていうか……今日のセフレ発言もそうだけど、思いついたことを、すぐにポンポン口に出すだろ。そのへんも、見ていて危なっかしいっつーか」
「たしかに」
常に一緒にいるわけではない自分ですら、ナツさんにはハラハラさせられっぱなしなのだ。俺よりもずっと彼のそばにいる八尾さんは、さらに肝を冷やすことが多いのだろう。
「その点、星井は慎重だったよな。一見ノリが良さそうだけど、実際はちゃんと立ち止まって考えることができるやつだったし」
「そうですね」
例えば、目の前に「その発言は適切か」のラインが引かれているとして、夏樹さんは一度その前で立ち止まるタイプの人だ。
けれど、ナツさんは違う。そのラインをためらうことなく、あるいは敢えて踏んづけて飛び越えてしまう。もっとも、あの人の場合、ラインそのものが見えていない可能性もありそうだけど。
「なんであの人、あんなに無茶苦茶なんでしょうね」
彼の様々な言動が自信のなさの裏返しだったとして、それならそれで夏樹さんのような慎重派になる可能性もあったはずだ。
それなのに、ナツさんは小さな台風のような人になった。大元は同じ「星井夏樹」だったはずなのに、どうしてこうも違ってしまったのだろう。
「さあな、そこまでは俺にもわかんねぇよ。あいつと顔を合わせるようになって、まだ2週間ちょっとだし」
言われてみれば、たしかにそうだ。体感としては3ヶ月くらい経っている気がするけれど、実際はまだその1/6程度の時間しか流れていない。
「お前こそ、なにか聞いてねぇの?」
「えっ」
「ナツが、いろいろこじらせてる理由」
そんなの、俺に答えられるわけがない。親友の八尾さんが知らないようなことを、俺なんかが知っているはずがないじゃないか。
「なにも聞いてませんよ」
「マジで?」
「ええ、しょせん妹の彼氏に過ぎませんから。俺は」
つい投げやりな返答になった。
そのせいか、あるいはもっと他に思うところがあったのか、八尾さんは「あのさ」と足を止めた。
「これ、答えたくなけりゃ無視してもらってもいーんだけど」
「はい」
「お前は、あいつのことをどう思ってんの?」
からかう色のない、真摯な眼差し。
俺は、努めて無表情を装った。そうするのが正解だと信じていたし、動揺しているのをこの人に悟られたくはなかった。
「交際相手のお兄さん──ですかね」
「ふーん」
八尾さんは、またもや片眉をあげた。
それでも、俺は無表情を貫いた。
彼の探るような眼差しと対峙するつもりで──あるいは「星井夏樹の親友」である彼に、つまらない負けん気を発揮してしまったのかもしれなかった。
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