41 / 124
第3話
6・トラブルの予感
しおりを挟む
制服を見るかぎり、ぶつかった女子生徒はどうやら3年生のようだ。そのわりに仕草がどうも幼げで、今も「痛ぁい」と子どものように鼻をさすっている。
「すみません、大丈──」
「大丈夫? 見せて見せて?」
俺を押しのけて、ナツさんが彼女の顔をのぞきこんだ。
「あーちょっと赤くなってる」
「ほんと? 由芽、トナカイみたい?」
「それはわかんない。オレ、トナカイ見たことないし」
でも大丈夫、とナツさんは彼女の鼻先を軽く撫でた。
「鼻血は出てないから。ちょっと赤くなってるだけ」
さすが人たらし、初対面の女子生徒にも惜しみなく笑顔を振りまいている。この人のこういうところ、本当にすごい。俺には逆立ちしてもできない芸当だ。
しみじみ感心していると、女子生徒の頬がみるみるうちに赤く染まった。
待ってくれ、なんだか嫌な予感がする。
「……好き」
やがて、女子生徒はうっとりとした声を洩らした。
「好き。あなたのことが好き」
「へっ?」
「あなたも好きだよね、由芽のこと。だから優しくしてくれたんだよね?」
いきなり両手を捕まれて、ナツさんは「ふぇっ」とおかしな声をあげた。
「えっ、なにこの子……」
「やっと出会えた! あなた、由芽の運命の相手だよね?」
「違っ」
「2組の星井くんだっけ。なんて呼べばいい? ほっしー? 下の名前は?」
「やだやだ怖い怖い、青野助けてっ!」
そんなすがるような目で見られても──俺としては、このまま無関係を貫きたい。だって、面倒なことになるのは目に見えている。
とはいえ、ナツさんが怯える気持ちもわからなくはない。この女子生徒、さっきから発言がおかしすぎる。
仕方なく、俺は彼女の手を外させようとした。
「すみません、この人怖がってるみたいなんで……」
「触んないで! 由芽の邪魔しないで!」
「いえ、邪魔するつもりは……」
「じゃあ、なんで? なんで由芽とほっしーを引き離そうとするの!?」
「それは、この人が困っているからで──」
周囲がざわざわしはじめた。どうやら皆、俺たちのやりとりに聞き耳をたてていたらしい。「やべ、修羅場じゃん」「あいつ、2年の青野だよな」「青野と江頭が、星井を奪い合ってるってこと?」「ていうか、青野って星井の妹と付き合ってなかった?」──次から次へと流れ込んでくる、野次馬たちのささやき声。
最悪だ。俺は、ただ巻き込まれただけなのに。
それでもなんとかこの場を治めたくて、俺は彼女に向き直った。
「いったん落ち着きましょう。まずはこの手を離してください」
「やだ、邪魔しないで!」
「でも、この人嫌がってますし」
「そんなことない、嫌がってなんかないもん! そうだよね、ほっしー! 由芽のこと嫌いじゃないよね?」
詰め寄ろうとする彼女と、俺の背中に隠れようとするナツさん。
追う・逃げる・追う・逃げる──って、なんだこれ、どこかの童話の虎か? そのうち俺のまわりをグルグルまわりはじめて、ふたり仲良くバターにでもなるつもりか?
そんなくだらないつっこみは「こらぁっ、由芽!」という怒声に掻き消されてしまった。
「こんなとこでなにやってんの、昼休み終わっちゃうよ!」
割り込んできたのは、金髪頭の女子生徒。どうやらこの「由芽」って人の友人らしい。
「あ、まこちゃん! あのね、由芽ついに運命の人に──」
「その話はあと! ほら、さっさと来る!」
「やだ、まこちゃん! 腕ひっぱらないで!」
こうして、新たな登場人物に連れ去られて「台風の目」は退場。あとに残されたのは、俺とナツさんと、どうしようもない野次馬連中だ。
くそ、どうせならこの野次馬たちも連れ去ってくれたらよかったのに。
とはいえ、痴話げんかはもう終わったのだ。このまま放っておけば、彼らも勝手に解散するだろう。チラチラ向けられる視線は鬱陶しいけれど、ここを黙ってやり過ごしさえすれば──
「青野のバカ──!」
ダメだ、やり過ごせなかった。ナツさんが、空気を読まずに俺にボディアタックを決めてきた。
「ひどい、さっきの何!? なんでオレのこと助けてくれなかったの!」
「いや、俺、助けましたよね?」
だから今、こうやって見世物にされているんですけど。
一度は去りかけた野次馬たちが、再び好奇心もあらわに戻ってくる。どうやら、今度は俺とナツさんの痴話げんかを期待しているようだ。
(ダメだ、乗るな。絶対相手にするな)
ここは「無」だ。心を空っぽにしろ。
でも、これははじまりにすぎなかった。あの、いかにもヤバそうな女子生徒が、このまま引き下がるはずがなかったのである。
「すみません、大丈──」
「大丈夫? 見せて見せて?」
俺を押しのけて、ナツさんが彼女の顔をのぞきこんだ。
「あーちょっと赤くなってる」
「ほんと? 由芽、トナカイみたい?」
「それはわかんない。オレ、トナカイ見たことないし」
でも大丈夫、とナツさんは彼女の鼻先を軽く撫でた。
「鼻血は出てないから。ちょっと赤くなってるだけ」
さすが人たらし、初対面の女子生徒にも惜しみなく笑顔を振りまいている。この人のこういうところ、本当にすごい。俺には逆立ちしてもできない芸当だ。
しみじみ感心していると、女子生徒の頬がみるみるうちに赤く染まった。
待ってくれ、なんだか嫌な予感がする。
「……好き」
やがて、女子生徒はうっとりとした声を洩らした。
「好き。あなたのことが好き」
「へっ?」
「あなたも好きだよね、由芽のこと。だから優しくしてくれたんだよね?」
いきなり両手を捕まれて、ナツさんは「ふぇっ」とおかしな声をあげた。
「えっ、なにこの子……」
「やっと出会えた! あなた、由芽の運命の相手だよね?」
「違っ」
「2組の星井くんだっけ。なんて呼べばいい? ほっしー? 下の名前は?」
「やだやだ怖い怖い、青野助けてっ!」
そんなすがるような目で見られても──俺としては、このまま無関係を貫きたい。だって、面倒なことになるのは目に見えている。
とはいえ、ナツさんが怯える気持ちもわからなくはない。この女子生徒、さっきから発言がおかしすぎる。
仕方なく、俺は彼女の手を外させようとした。
「すみません、この人怖がってるみたいなんで……」
「触んないで! 由芽の邪魔しないで!」
「いえ、邪魔するつもりは……」
「じゃあ、なんで? なんで由芽とほっしーを引き離そうとするの!?」
「それは、この人が困っているからで──」
周囲がざわざわしはじめた。どうやら皆、俺たちのやりとりに聞き耳をたてていたらしい。「やべ、修羅場じゃん」「あいつ、2年の青野だよな」「青野と江頭が、星井を奪い合ってるってこと?」「ていうか、青野って星井の妹と付き合ってなかった?」──次から次へと流れ込んでくる、野次馬たちのささやき声。
最悪だ。俺は、ただ巻き込まれただけなのに。
それでもなんとかこの場を治めたくて、俺は彼女に向き直った。
「いったん落ち着きましょう。まずはこの手を離してください」
「やだ、邪魔しないで!」
「でも、この人嫌がってますし」
「そんなことない、嫌がってなんかないもん! そうだよね、ほっしー! 由芽のこと嫌いじゃないよね?」
詰め寄ろうとする彼女と、俺の背中に隠れようとするナツさん。
追う・逃げる・追う・逃げる──って、なんだこれ、どこかの童話の虎か? そのうち俺のまわりをグルグルまわりはじめて、ふたり仲良くバターにでもなるつもりか?
そんなくだらないつっこみは「こらぁっ、由芽!」という怒声に掻き消されてしまった。
「こんなとこでなにやってんの、昼休み終わっちゃうよ!」
割り込んできたのは、金髪頭の女子生徒。どうやらこの「由芽」って人の友人らしい。
「あ、まこちゃん! あのね、由芽ついに運命の人に──」
「その話はあと! ほら、さっさと来る!」
「やだ、まこちゃん! 腕ひっぱらないで!」
こうして、新たな登場人物に連れ去られて「台風の目」は退場。あとに残されたのは、俺とナツさんと、どうしようもない野次馬連中だ。
くそ、どうせならこの野次馬たちも連れ去ってくれたらよかったのに。
とはいえ、痴話げんかはもう終わったのだ。このまま放っておけば、彼らも勝手に解散するだろう。チラチラ向けられる視線は鬱陶しいけれど、ここを黙ってやり過ごしさえすれば──
「青野のバカ──!」
ダメだ、やり過ごせなかった。ナツさんが、空気を読まずに俺にボディアタックを決めてきた。
「ひどい、さっきの何!? なんでオレのこと助けてくれなかったの!」
「いや、俺、助けましたよね?」
だから今、こうやって見世物にされているんですけど。
一度は去りかけた野次馬たちが、再び好奇心もあらわに戻ってくる。どうやら、今度は俺とナツさんの痴話げんかを期待しているようだ。
(ダメだ、乗るな。絶対相手にするな)
ここは「無」だ。心を空っぽにしろ。
でも、これははじまりにすぎなかった。あの、いかにもヤバそうな女子生徒が、このまま引き下がるはずがなかったのである。
10
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
[BL]デキソコナイ
明日葉 ゆゐ
BL
特別進学クラスの優等生の喫煙現場に遭遇してしまった校内一の問題児。見ていない振りをして立ち去ろうとするが、なぜか優等生に怪我を負わされ、手当てのために家に連れて行かれることに。決して交わることのなかった2人の不思議な関係が始まる。(別サイトに投稿していた作品になります)

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール
雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け
《あらすじ》
4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。
そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。
平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる