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第3話
5・昨日の一件(その2)
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ぐら、と足下が揺らいだ。それでも素早く周囲を見回したのは、なけなしの理性が残っていたからだ。
よかった、誰もいない。こんなの他人に聞かれていい話ではない。ちなみに、一緒に学食に来た俺のクラスメイトたちは、とっくに席について昼飯を食い始めている。俺とナツさんのやりとりが長引きそうだと踏んで、放置を決めたようだ。
俺は、改めて目の前の人を見た。
外見だけは夏樹さんそのままの「別人」。
俺の理解を超えた「別世界の住人」。
「あなたって人は……」
思わずそうこぼすと、ナツさんは「うん?」と首を傾げた。
「なになに、オレがどうかした?」
「どうもこうも……」
やっぱり俺の懸念は間違っていなかった。サカマッキーはともかく、この人は不純同性交遊をする気まんまんだったのだ。
「えーなになに青野、なんで怖い顔してんの?」
「『なんで』って……」
俺は、あえて大仰にため息をついてみせた。
「ナツさんは申し訳ないとは思わないんですか? あなたの、本当の恋人に対して」
彼のやろうとしていることは裏切り行為だ。俺が、ナツさんの恋人なら、そんなことをされたら号泣するし、一生ものの傷を抱え込むに違いない。
なのに、当のナツさんは「だってさぁ」と唇をとがらせる。
「たしかに青野には悪いなーって思うけど、オレはオレでムラムラするし、ひとりじゃ解消できないし」
「それでもひとりで何とかするべきでしょう」
「でも、満足度がぜんぜん違うじゃーん」
なっ、と同意を求められたけれど、そうした経験のない俺に答えられるはずがない。いや、経験があったって、そんなプライベートなことを学食なんかで答えなくはない。
俺は、無言のままA定食の列に並んだ。すると、なぜかナツさんもひょこひょこと俺のあとを着いてきた。
「じゃあさー、青野が相手してよ」
「無理ですね」
「えーほんとに?」
涼しげな目元に、甘えるような色が浮かぶ。夏樹さんなら絶対に見せないだろう表情を、この人はいとも簡単に俺に披露する。
タチが悪い。精神衛生上よくない。
ダメだ、青野行春。悪魔に惑わされるな。
ここはビシッと言ってやれ。
「ほんっ……と……に、無理ですね」
──くそ、失敗した。またもや不自然な間が空いてしまった。
しかも、今度はナツさんにも気づかれてしまい「ほんとにぃ?」と肘で突つかれた。
「ほんとは今、ちょっと揺れただろ」
「揺れてません」
「でも、へんな間があったし?」
「ちょっと喉に違和感を覚えただけですね」
「またまた~、素直になれって」
ナツさんは、意味ありげに笑うとぴょんっと俺にじゃれついてきた。
本人としては軽いおふざけのつもりだったようだけど、不覚にも俺はよろめいてしまった。だって、俺とナツさんはそれほど体格差がないのだ。なのに不意打ちで体当たりされたら、フラつくくらいはするだろう。
背後から「きゃっ」と声があがった。
まずい、ぶつかってしまったようだ。
慌てて振り返ると、案の定、そこには小柄な女子生徒が立っていた。
よかった、誰もいない。こんなの他人に聞かれていい話ではない。ちなみに、一緒に学食に来た俺のクラスメイトたちは、とっくに席について昼飯を食い始めている。俺とナツさんのやりとりが長引きそうだと踏んで、放置を決めたようだ。
俺は、改めて目の前の人を見た。
外見だけは夏樹さんそのままの「別人」。
俺の理解を超えた「別世界の住人」。
「あなたって人は……」
思わずそうこぼすと、ナツさんは「うん?」と首を傾げた。
「なになに、オレがどうかした?」
「どうもこうも……」
やっぱり俺の懸念は間違っていなかった。サカマッキーはともかく、この人は不純同性交遊をする気まんまんだったのだ。
「えーなになに青野、なんで怖い顔してんの?」
「『なんで』って……」
俺は、あえて大仰にため息をついてみせた。
「ナツさんは申し訳ないとは思わないんですか? あなたの、本当の恋人に対して」
彼のやろうとしていることは裏切り行為だ。俺が、ナツさんの恋人なら、そんなことをされたら号泣するし、一生ものの傷を抱え込むに違いない。
なのに、当のナツさんは「だってさぁ」と唇をとがらせる。
「たしかに青野には悪いなーって思うけど、オレはオレでムラムラするし、ひとりじゃ解消できないし」
「それでもひとりで何とかするべきでしょう」
「でも、満足度がぜんぜん違うじゃーん」
なっ、と同意を求められたけれど、そうした経験のない俺に答えられるはずがない。いや、経験があったって、そんなプライベートなことを学食なんかで答えなくはない。
俺は、無言のままA定食の列に並んだ。すると、なぜかナツさんもひょこひょこと俺のあとを着いてきた。
「じゃあさー、青野が相手してよ」
「無理ですね」
「えーほんとに?」
涼しげな目元に、甘えるような色が浮かぶ。夏樹さんなら絶対に見せないだろう表情を、この人はいとも簡単に俺に披露する。
タチが悪い。精神衛生上よくない。
ダメだ、青野行春。悪魔に惑わされるな。
ここはビシッと言ってやれ。
「ほんっ……と……に、無理ですね」
──くそ、失敗した。またもや不自然な間が空いてしまった。
しかも、今度はナツさんにも気づかれてしまい「ほんとにぃ?」と肘で突つかれた。
「ほんとは今、ちょっと揺れただろ」
「揺れてません」
「でも、へんな間があったし?」
「ちょっと喉に違和感を覚えただけですね」
「またまた~、素直になれって」
ナツさんは、意味ありげに笑うとぴょんっと俺にじゃれついてきた。
本人としては軽いおふざけのつもりだったようだけど、不覚にも俺はよろめいてしまった。だって、俺とナツさんはそれほど体格差がないのだ。なのに不意打ちで体当たりされたら、フラつくくらいはするだろう。
背後から「きゃっ」と声があがった。
まずい、ぶつかってしまったようだ。
慌てて振り返ると、案の定、そこには小柄な女子生徒が立っていた。
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