目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

文字の大きさ
上 下
39 / 124
第3話

4・昨日の一件(その1)

しおりを挟む
 この日の昼休み、俺はクラスメイトたちと学食に来ていた。
 いつもは星井と昼食をとりながら、俺のあふれんばかりの夏樹さんへの想いを一方的に聞いてもらうんだけど、今日は「隣のクラスの子と食べるから」と拒絶されてしまったのだ。

(できれば「記憶喪失の解消法」について一緒に考えてほしかったんだけど)

 もしくは、星井のスマホを貸してもらえたら。なにせ俺のスマホは、放課後まで帰ってこないのだ。それまでいろいろ調べさせてもらいたかったのに。
 まあ、でも仕方がない。クラスメイトとの昼食もそれはそれで楽しいものだ。気持ちを切り替えて、俺は券売機の列に並んだ。

「なに食べる?」
「A定食かな。今週ハンバーグだし」

 千円札をいれ、ボタンを押そうとする。
 ところが、いきなり背後から「オレ、これね!」と手が伸びてきた。
 声をあげる間すらなかった。一番高額な「C定食」のボタンを押され、食券とおつりの小銭がジャラジャラと落ちてきた。

「ちょっと──ナツさん!」
「ゴチでーす」
「おごりませんよ! お金返してください!」
「ええっ、いいじゃん。おごってよ、サカマッキーみたいに」

 ──最悪だ。
 よりによって今、一番聞きたくない名前を口にするなんて。

「サカマッキーさんって、この間ラッキーバーガーの前で会った人ですよね? あの人、大学生ですよね?」
「そうだねー」
「大学生と高校生では財布事情が違います。それと、年下にたかるのはどうかと思います」
「でも、青野はいつもおごってくれたもん」
「それは、俺じゃない『青野行春』でしょう。俺は別人ですので」

 ほら、としつこく手を突きつけると、ナツさんは唇をとがらせながらC定食分の代金を返してくれた。ただし小銭で。1円玉や5円玉まで混ぜて。
 いやいや、俺、両替機じゃないですよね?
 というかこの人、ちゃんとお金があるのに年下におごらせようとしていたのか。ほんと、夏樹さんとは大違いだな。

「じゃあさ、青野、のど飴持ってない?」
「持っていませんね」
「なんだよ、のど飴くらい持ってろよー。オレ、昨日から喉がガラガラでさー」

 ああ、そうですか。そんなになるまでカラオケで歌っていたなんて、昨日はさぞかしお楽しみだったんでしょうね。

「でもさぁ、ちょっと思ってたのと違うっていうか」
「なにがですか?」
「サカマッキー。なんかさ、この間は『好みのタイプ』って思ったんだけど、遊んでみたらどうも違ってたっぽい」

 意外と熱血漢だし、お説教も多いし、歌のセンスもいまいちだし──などとナツさんはぶつぶつ口にする。
 だったら、彼とはもう遊んだりはしないのだろうか。ホームで見かけても駆け寄ったり、媚びるような笑顔を向けたり、甘えるように腕を組んだりすることもないのだろうか。

(まあ、俺としてはどちらでもいいけど)

 改めてA定食の食券を買い直していると、ナツさんがひょこっと俺の顔を覗き込んできた。

「青野、もしかしてご機嫌?」
「──は?」
「なんで? なんかいいことあった?」
「ない──ですね、なにも」

 まずい、へんな間が空いた。
 でも事実だ。喜ばしいことなんて何もない。ないはずだ、たぶん──そんなの何も思い当たらないし。
 なのに、ナツさんは「いいなぁ」と、俺にもたれかかってきた。

「オレにもいいこと起こんないかなー」
「はぁ……」
「そういえば、サカマッキーも昨日ずーっとご機嫌でさ。なんか、商店街の福引きで旅行券が当たって、今度カノジョとグアムに行くんだって」
「えっ」

 あの人、カノジョがいたのか? なのに、ナツさんと遊んだのか!?
 思わず詰め寄った俺に、ナツさんは「そうだけど」と不思議そうに首を傾げた。

「それが何?」
「何って──おかしいでしょ、そんなの! 交際相手がいるのに」
「なんで? お前だって男友達と遊ぶじゃん」
「それは、あくまで『友達』だからであって──」

 いや、待て。いったん落ち着こう。

(もしかして今回の件もそうなのか?)

 サカマッキーにとって「星井夏樹」は、バイト先の後輩でただの男友達に過ぎなくて、だからナツさんのお誘いにも応じたってことか?

(言われてみれば……そのほうがしっくりくるよな)

 なるほど、どうやら俺は勘違いしていたらしい。
 サカマッキーとナツさんは、あくまでただの「お友達」。ふたりでカラオケにいったのも、彼としては単に「バイト先の後輩」に誘われたからだ。
 つまり、俺が引っかかりを覚える必要はない。「恋人がいるのに浮気だ!」というのは、ただの早合点に過ぎなかったと──

「まあ、オレとしてはワンチャン狙ってたけど」
「は!?」
「だって、そのつもりで誘ったし。結局うまくいかなかったけどさー」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺の愉しい学園生活

yumemidori
BL
ある学園の出来事を腐男子くん目線で覗いてみませんか?? #人間メーカー仮 使用しています

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

僕の平凡生活が…

ポコタマ
BL
アンチ転校生によって日常が壊された主人公の話です 更新頻度はとても遅めです。誤字・脱字がある場合がございます。お気に入り、しおり、感想励みになります。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

最弱伝説俺

京香
BL
 元柔道家の父と元モデルの母から生まれた葵は、四兄弟の一番下。三人の兄からは「最弱」だと物理的愛のムチでしごかれる日々。その上、高校は寮に住めと一人放り込まれてしまった!  有名柔道道場の実家で鍛えられ、その辺のやんちゃな連中なんぞ片手で潰せる強さなのに、最弱だと思い込んでいる葵。兄作成のマニュアルにより高校で不良認定されるは不良のトップには求婚されるはで、はたして無事高校を卒業出来るのか!?

処理中です...