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第3話
4・昨日の一件(その1)
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この日の昼休み、俺はクラスメイトたちと学食に来ていた。
いつもは星井と昼食をとりながら、俺のあふれんばかりの夏樹さんへの想いを一方的に聞いてもらうんだけど、今日は「隣のクラスの子と食べるから」と拒絶されてしまったのだ。
(できれば「記憶喪失の解消法」について一緒に考えてほしかったんだけど)
もしくは、星井のスマホを貸してもらえたら。なにせ俺のスマホは、放課後まで帰ってこないのだ。それまでいろいろ調べさせてもらいたかったのに。
まあ、でも仕方がない。クラスメイトとの昼食もそれはそれで楽しいものだ。気持ちを切り替えて、俺は券売機の列に並んだ。
「なに食べる?」
「A定食かな。今週ハンバーグだし」
千円札をいれ、ボタンを押そうとする。
ところが、いきなり背後から「オレ、これね!」と手が伸びてきた。
声をあげる間すらなかった。一番高額な「C定食」のボタンを押され、食券とおつりの小銭がジャラジャラと落ちてきた。
「ちょっと──ナツさん!」
「ゴチでーす」
「おごりませんよ! お金返してください!」
「ええっ、いいじゃん。おごってよ、サカマッキーみたいに」
──最悪だ。
よりによって今、一番聞きたくない名前を口にするなんて。
「サカマッキーさんって、この間ラッキーバーガーの前で会った人ですよね? あの人、大学生ですよね?」
「そうだねー」
「大学生と高校生では財布事情が違います。それと、年下にたかるのはどうかと思います」
「でも、青野はいつもおごってくれたもん」
「それは、俺じゃない『青野行春』でしょう。俺は別人ですので」
ほら、としつこく手を突きつけると、ナツさんは唇をとがらせながらC定食分の代金を返してくれた。ただし小銭で。1円玉や5円玉まで混ぜて。
いやいや、俺、両替機じゃないですよね?
というかこの人、ちゃんとお金があるのに年下におごらせようとしていたのか。ほんと、夏樹さんとは大違いだな。
「じゃあさ、青野、のど飴持ってない?」
「持っていませんね」
「なんだよ、のど飴くらい持ってろよー。オレ、昨日から喉がガラガラでさー」
ああ、そうですか。そんなになるまでカラオケで歌っていたなんて、昨日はさぞかしお楽しみだったんでしょうね。
「でもさぁ、ちょっと思ってたのと違うっていうか」
「なにがですか?」
「サカマッキー。なんかさ、この間は『好みのタイプ』って思ったんだけど、遊んでみたらどうも違ってたっぽい」
意外と熱血漢だし、お説教も多いし、歌のセンスもいまいちだし──などとナツさんはぶつぶつ口にする。
だったら、彼とはもう遊んだりはしないのだろうか。ホームで見かけても駆け寄ったり、媚びるような笑顔を向けたり、甘えるように腕を組んだりすることもないのだろうか。
(まあ、俺としてはどちらでもいいけど)
改めてA定食の食券を買い直していると、ナツさんがひょこっと俺の顔を覗き込んできた。
「青野、もしかしてご機嫌?」
「──は?」
「なんで? なんかいいことあった?」
「ない──ですね、なにも」
まずい、へんな間が空いた。
でも事実だ。喜ばしいことなんて何もない。ないはずだ、たぶん──そんなの何も思い当たらないし。
なのに、ナツさんは「いいなぁ」と、俺にもたれかかってきた。
「オレにもいいこと起こんないかなー」
「はぁ……」
「そういえば、サカマッキーも昨日ずーっとご機嫌でさ。なんか、商店街の福引きで旅行券が当たって、今度カノジョとグアムに行くんだって」
「えっ」
あの人、カノジョがいたのか? なのに、ナツさんと遊んだのか!?
思わず詰め寄った俺に、ナツさんは「そうだけど」と不思議そうに首を傾げた。
「それが何?」
「何って──おかしいでしょ、そんなの! 交際相手がいるのに」
「なんで? お前だって男友達と遊ぶじゃん」
「それは、あくまで『友達』だからであって──」
いや、待て。いったん落ち着こう。
(もしかして今回の件もそうなのか?)
サカマッキーにとって「星井夏樹」は、バイト先の後輩でただの男友達に過ぎなくて、だからナツさんのお誘いにも応じたってことか?
(言われてみれば……そのほうがしっくりくるよな)
なるほど、どうやら俺は勘違いしていたらしい。
サカマッキーとナツさんは、あくまでただの「お友達」。ふたりでカラオケにいったのも、彼としては単に「バイト先の後輩」に誘われたからだ。
つまり、俺が引っかかりを覚える必要はない。「恋人がいるのに浮気だ!」というのは、ただの早合点に過ぎなかったと──
「まあ、オレとしてはワンチャン狙ってたけど」
「は!?」
「だって、そのつもりで誘ったし。結局うまくいかなかったけどさー」
いつもは星井と昼食をとりながら、俺のあふれんばかりの夏樹さんへの想いを一方的に聞いてもらうんだけど、今日は「隣のクラスの子と食べるから」と拒絶されてしまったのだ。
(できれば「記憶喪失の解消法」について一緒に考えてほしかったんだけど)
もしくは、星井のスマホを貸してもらえたら。なにせ俺のスマホは、放課後まで帰ってこないのだ。それまでいろいろ調べさせてもらいたかったのに。
まあ、でも仕方がない。クラスメイトとの昼食もそれはそれで楽しいものだ。気持ちを切り替えて、俺は券売機の列に並んだ。
「なに食べる?」
「A定食かな。今週ハンバーグだし」
千円札をいれ、ボタンを押そうとする。
ところが、いきなり背後から「オレ、これね!」と手が伸びてきた。
声をあげる間すらなかった。一番高額な「C定食」のボタンを押され、食券とおつりの小銭がジャラジャラと落ちてきた。
「ちょっと──ナツさん!」
「ゴチでーす」
「おごりませんよ! お金返してください!」
「ええっ、いいじゃん。おごってよ、サカマッキーみたいに」
──最悪だ。
よりによって今、一番聞きたくない名前を口にするなんて。
「サカマッキーさんって、この間ラッキーバーガーの前で会った人ですよね? あの人、大学生ですよね?」
「そうだねー」
「大学生と高校生では財布事情が違います。それと、年下にたかるのはどうかと思います」
「でも、青野はいつもおごってくれたもん」
「それは、俺じゃない『青野行春』でしょう。俺は別人ですので」
ほら、としつこく手を突きつけると、ナツさんは唇をとがらせながらC定食分の代金を返してくれた。ただし小銭で。1円玉や5円玉まで混ぜて。
いやいや、俺、両替機じゃないですよね?
というかこの人、ちゃんとお金があるのに年下におごらせようとしていたのか。ほんと、夏樹さんとは大違いだな。
「じゃあさ、青野、のど飴持ってない?」
「持っていませんね」
「なんだよ、のど飴くらい持ってろよー。オレ、昨日から喉がガラガラでさー」
ああ、そうですか。そんなになるまでカラオケで歌っていたなんて、昨日はさぞかしお楽しみだったんでしょうね。
「でもさぁ、ちょっと思ってたのと違うっていうか」
「なにがですか?」
「サカマッキー。なんかさ、この間は『好みのタイプ』って思ったんだけど、遊んでみたらどうも違ってたっぽい」
意外と熱血漢だし、お説教も多いし、歌のセンスもいまいちだし──などとナツさんはぶつぶつ口にする。
だったら、彼とはもう遊んだりはしないのだろうか。ホームで見かけても駆け寄ったり、媚びるような笑顔を向けたり、甘えるように腕を組んだりすることもないのだろうか。
(まあ、俺としてはどちらでもいいけど)
改めてA定食の食券を買い直していると、ナツさんがひょこっと俺の顔を覗き込んできた。
「青野、もしかしてご機嫌?」
「──は?」
「なんで? なんかいいことあった?」
「ない──ですね、なにも」
まずい、へんな間が空いた。
でも事実だ。喜ばしいことなんて何もない。ないはずだ、たぶん──そんなの何も思い当たらないし。
なのに、ナツさんは「いいなぁ」と、俺にもたれかかってきた。
「オレにもいいこと起こんないかなー」
「はぁ……」
「そういえば、サカマッキーも昨日ずーっとご機嫌でさ。なんか、商店街の福引きで旅行券が当たって、今度カノジョとグアムに行くんだって」
「えっ」
あの人、カノジョがいたのか? なのに、ナツさんと遊んだのか!?
思わず詰め寄った俺に、ナツさんは「そうだけど」と不思議そうに首を傾げた。
「それが何?」
「何って──おかしいでしょ、そんなの! 交際相手がいるのに」
「なんで? お前だって男友達と遊ぶじゃん」
「それは、あくまで『友達』だからであって──」
いや、待て。いったん落ち着こう。
(もしかして今回の件もそうなのか?)
サカマッキーにとって「星井夏樹」は、バイト先の後輩でただの男友達に過ぎなくて、だからナツさんのお誘いにも応じたってことか?
(言われてみれば……そのほうがしっくりくるよな)
なるほど、どうやら俺は勘違いしていたらしい。
サカマッキーとナツさんは、あくまでただの「お友達」。ふたりでカラオケにいったのも、彼としては単に「バイト先の後輩」に誘われたからだ。
つまり、俺が引っかかりを覚える必要はない。「恋人がいるのに浮気だ!」というのは、ただの早合点に過ぎなかったと──
「まあ、オレとしてはワンチャン狙ってたけど」
「は!?」
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