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第3話
2・早く、早く(その1)
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翌朝、教室で顔を合わせた星井は「ああ、なっちゃんね」と芝居がかったように肩をすくめてみせた。
「昨日はサカマッキーとカラオケに行ってたみたい」
「サカマッキー?」
「お兄ちゃんのバイト先の先輩。『坂巻』さんだから『サカマッキー』」
「……へぇ」
なんだ、そのいかにも親しげな呼び名は。だったら、俺のこともあだ名で呼んでくれてもいいじゃないか。たとえば「アオッーノ」とか──いや、ダメだな、今のはセンスが悪すぎる。
ともあれ、またもや胸がチリチリした。おかしい。カラオケに行ったのは夏樹さんじゃない、ナツさんだっていうのに。
「カラオケって、その坂巻さんって人とふたりきりで?」
「たぶんそうじゃない? サカマッキーの話しかしてなかったし」
「まさか、そのまま泊まりとか……」
「ないない! ちゃんと終電で帰ってきたって!」
星井いわく、以前うちに外泊したとき、ナツさんはお母さんにめちゃくちゃ怒られた上「お小遣い減額」という重罰を食らったらしい。
「ほら、なっちゃんバイトしてないからさ。これ以上、お小遣いを減らされたら死活問題じゃん?」
「なるほど」
俺は、未来のお義母さんに心のなかで手を合わせた。ありがとうございます、ナツさんにペナルティーを与えてくれて。
だって、あの人のことだ。気になる男と外泊なんてした日には、相手を押し倒して乗っかるくらいのことはしかねない。
「ていうか、昨日あんたが電話をよこしたのって、この件?」
「まあ、そうだね」
「怖……なっちゃんの行方を聞き出すために着信20件って」
「それは大げさだろ」
「大げさじゃないから。ほら!」
星井にスマホを突きつけられた。たしかに、着信履歴がエグいことになっていた。
「いや、けど……」
ひとつ弁解させてほしい。何度も電話をしたのは、星井が出なかったからだ。一発で出てくれれば、こんな気持ちの悪いことにはならなかったはずだ。
そう訴える俺に、星井は「そうじゃなくて」とため息をついた。
「いちおう確認しておくけど。あんたの本命はお兄ちゃんだよね? なっちゃんじゃないんだよね?」
「もちろん」
「じゃあ、なんでそんなになっちゃんのこと気にしてるの? なっちゃんがサカマッキーと遊ぼうが何しようが、あんたには関係ないはずじゃん」
そのとおり。なぜこんなにも気になるのか、俺自身よくわかっていない。
ただ、強いて言うなら──
「不誠実だから、かな」
「なっちゃんが?」
「だってあの人、向こうの世界の『俺』と付き合ってるはずだろ? それなのに、こっちの世界で別の男にちょっかい出すなんて、向こうの『俺』が気の毒すぎる……というか……」
──いや、なんか違うな。
たしかにナツさんは不誠実だし、向こうの世界の「俺」も気の毒だとは思う。
けれど、それだけじゃないというか、もっと違う理由がありそうというか。
でも、じゃあ「どんな理由だよ」と訊かれても、今の俺にはうまく答えられそうにないんだけど。
そんな、すっかり迷える子羊状態の俺に、星井はとんでもない爆弾を落としてきた。
「そうとも限らないけどね」
「……え?」
「向こうの青野は青野で、よろしくやってるかもしれないじゃん」
俺は、まじまじと星井を見た。
なんだそれ、どういうことだ? まさか、向こうの「俺」もこれ幸いとばかりに浮気をしているとか?
嫌悪感丸出しの俺の前で、星井の唇がゆっくり動いた。
「お・に・い・ちゃ・ん」
……は?
「だからさぁ、向こうの世界にいった『お兄ちゃん』と仲良くしてるかもしれないじゃん」
「昨日はサカマッキーとカラオケに行ってたみたい」
「サカマッキー?」
「お兄ちゃんのバイト先の先輩。『坂巻』さんだから『サカマッキー』」
「……へぇ」
なんだ、そのいかにも親しげな呼び名は。だったら、俺のこともあだ名で呼んでくれてもいいじゃないか。たとえば「アオッーノ」とか──いや、ダメだな、今のはセンスが悪すぎる。
ともあれ、またもや胸がチリチリした。おかしい。カラオケに行ったのは夏樹さんじゃない、ナツさんだっていうのに。
「カラオケって、その坂巻さんって人とふたりきりで?」
「たぶんそうじゃない? サカマッキーの話しかしてなかったし」
「まさか、そのまま泊まりとか……」
「ないない! ちゃんと終電で帰ってきたって!」
星井いわく、以前うちに外泊したとき、ナツさんはお母さんにめちゃくちゃ怒られた上「お小遣い減額」という重罰を食らったらしい。
「ほら、なっちゃんバイトしてないからさ。これ以上、お小遣いを減らされたら死活問題じゃん?」
「なるほど」
俺は、未来のお義母さんに心のなかで手を合わせた。ありがとうございます、ナツさんにペナルティーを与えてくれて。
だって、あの人のことだ。気になる男と外泊なんてした日には、相手を押し倒して乗っかるくらいのことはしかねない。
「ていうか、昨日あんたが電話をよこしたのって、この件?」
「まあ、そうだね」
「怖……なっちゃんの行方を聞き出すために着信20件って」
「それは大げさだろ」
「大げさじゃないから。ほら!」
星井にスマホを突きつけられた。たしかに、着信履歴がエグいことになっていた。
「いや、けど……」
ひとつ弁解させてほしい。何度も電話をしたのは、星井が出なかったからだ。一発で出てくれれば、こんな気持ちの悪いことにはならなかったはずだ。
そう訴える俺に、星井は「そうじゃなくて」とため息をついた。
「いちおう確認しておくけど。あんたの本命はお兄ちゃんだよね? なっちゃんじゃないんだよね?」
「もちろん」
「じゃあ、なんでそんなになっちゃんのこと気にしてるの? なっちゃんがサカマッキーと遊ぼうが何しようが、あんたには関係ないはずじゃん」
そのとおり。なぜこんなにも気になるのか、俺自身よくわかっていない。
ただ、強いて言うなら──
「不誠実だから、かな」
「なっちゃんが?」
「だってあの人、向こうの世界の『俺』と付き合ってるはずだろ? それなのに、こっちの世界で別の男にちょっかい出すなんて、向こうの『俺』が気の毒すぎる……というか……」
──いや、なんか違うな。
たしかにナツさんは不誠実だし、向こうの世界の「俺」も気の毒だとは思う。
けれど、それだけじゃないというか、もっと違う理由がありそうというか。
でも、じゃあ「どんな理由だよ」と訊かれても、今の俺にはうまく答えられそうにないんだけど。
そんな、すっかり迷える子羊状態の俺に、星井はとんでもない爆弾を落としてきた。
「そうとも限らないけどね」
「……え?」
「向こうの青野は青野で、よろしくやってるかもしれないじゃん」
俺は、まじまじと星井を見た。
なんだそれ、どういうことだ? まさか、向こうの「俺」もこれ幸いとばかりに浮気をしているとか?
嫌悪感丸出しの俺の前で、星井の唇がゆっくり動いた。
「お・に・い・ちゃ・ん」
……は?
「だからさぁ、向こうの世界にいった『お兄ちゃん』と仲良くしてるかもしれないじゃん」
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