目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

文字の大きさ
上 下
36 / 124
第3話

1・下り列車のなかで

しおりを挟む
 各駅停車に揺られながら、俺は流れる景色をぼんやりと眺めていた。
 案の定、雨に濡れたはずの髪の毛はほぼ乾いていた。なのに、心はまるで晴れる気配がない。

(なんなんだ、あの人)

 人たらしなところがあるのは知っていた。うちの母親なんて、初対面にしてあっさりナツさんに籠絡ろうらくされたくらいだ。
 でも、まさか、こっちの世界に来るまで面識がなかった「夏樹さんのバイト仲間」とまで親しくなっているとは思ってもみなかった。

(いつだ? いつからあの人と?)

 つい最近であることは間違いない。だって、先日店の前で声をかけられたときは、相手を警戒するように俺の背中に隠れていたのだ。
 なのに、いつのまに?
 なぜ? どうやって?
 悶々もんもんとする俺の脳裏に、あの日のナツさんの独り言がよみがえる。

 ──「ぶっちゃけ、好みかも」

 そうだ、たしかにそう言っていた。まるで獲物を見つけた肉食獣が、舌なめずりをするみたいに。
 だとすると、先ほど見た光景もあながちおかしくはないのかもしれない。
 今から十数分ほど前、労るように俺の頭を撫でてくれたナツさんが、その足で「夏樹さんのバイト仲間」のもとに向かったのも、さらに甘えるようにそいつの腕に抱きついて、そのまま急行列車に吸い込まれていったのも「ああ、ハイハイ、あなた『好みのタイプ』って言ってましたもんね」ってことで解決だ。

(いや、けど……)

 ここで、俺のなかの純情が「待ってくれ」と頭をもたげる。

(ナツさん、今フリーじゃないよな?)

 しかも、我慢できずにこっちの俺にちょっかいを出してくるほど、別世界の「青野行春」を好きなはずなのでは?
 なのに「好みのタイプ」? なんだ、それ。
 つまりは浮気か? 浮気したってことだよな?
 ぐるぐる考え込む俺の足下に、何かがぽたりと落ちてきた。ペットボトルの水滴だ。「傘を貸してくれたお礼」とナツさんからもらったそれを、俺はご丁寧にも両手で包み込むようにして持っていたのだ。
 俺は、大きく息を吸った。
 できることなら、今この場で奇声を発したかった。あるいは、このペットボトルを雨粒が流れる窓ガラスめがけて投げつけてやりたかった。
 でも、できない。
 残念なことに、俺は常識的な小心者なのだ。
 結局、吸い込んだ大量の空気は、ため息として吐き出すだけにとどめた。こんなときに、そんなありふれたふるまいしかできないなんて、やはり俺は平凡な男なのだろう。

(とりあえず、星井に連絡)

 ナツさんとラッキーバーガーの店員がどうなったか、聞き出さないと。
 ぽた、ぽた、とさらに水滴がしたたり落ちた。今や、てのひらは髪の毛よりも濡れていた。
しおりを挟む
このシリーズの前のお話です。よろしければ…
「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」


こちらはBL未満のお話です
「モフモフ野郎と俺の朝ごはん」
感想 1

あなたにおすすめの小説

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

俺の愉しい学園生活

yumemidori
BL
ある学園の出来事を腐男子くん目線で覗いてみませんか?? #人間メーカー仮 使用しています

王道学園にブラコンが乗り込んでいくぅ!

玉兎
BL
弟と同じ学校になるべく王道学園に編入した男の子のお話。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

[BL]デキソコナイ

明日葉 ゆゐ
BL
特別進学クラスの優等生の喫煙現場に遭遇してしまった校内一の問題児。見ていない振りをして立ち去ろうとするが、なぜか優等生に怪我を負わされ、手当てのために家に連れて行かれることに。決して交わることのなかった2人の不思議な関係が始まる。(別サイトに投稿していた作品になります)

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け 《あらすじ》 4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。 そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。 平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

処理中です...