目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

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第2話

10・帰り道

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 緊急ミーティングを終えてカフェを出ると、ポツポツと雨粒が落ちてきた。
 ナツさんは、さっそく「八尾、傘」と催促して、差し出した手を容赦なく叩かれていた。つくづく懲りない人だ。ただ、その手は本来夏樹さんのものだから、八尾さんにはもう少し力の加減をしてほしいのだけれど。
 じっとりと湿っぽい空気とは対照的に、俺の心はひどく晴れやかだった。
 だって、数時間前まで「もしかしたら夏樹さんに一生会えないかも」と絶望に打ちひしがれていたのだ。
 けれど、今は光が見えている。ナツさんが、どうやってこっちの世界に来たのか。それさえ思い出してくれれば、俺はまた夏樹さんに会えるに違いない。
 そんなテンション高めな俺の隣で、星井はあいかわらず冷静だった。

「ほんと、青野って単純だよね」
「そうかな?」
「そうでしょ。あんた、すっかり問題解決した気になってるけど、違うからね? ぜんぜん解決してないからね?」
「というと?」
「結局すべては『なっちゃん次第』じゃん。なっちゃんが何も思い出せなかったら、お兄ちゃんにはずーっと会えないってことだよ」

 なんだ、そういうことか。
 その程度のことなら、浮かれた頭でもしっかり理解している。

「大丈夫。どんな手をつかっても思い出させてみせるから」
「へぇ、具体的には?」
「ナツさんの頭に衝撃を与える、とか?」

 ぶんっと大げさに拳を振ってみせる。もちろん冗談だ。いくら夏樹さんと再会したいからって、さすがに犯罪まではおかせない。
 なのに、星井には「怖……」とドン引きされた。ひどいな、もう少し俺の人間性を信じてくれないか。いちおう表向きは「恋人同士」だし、数年後には家族になっているかもしれないんだから。

「まあ、でも、なっちゃんが思い出せるようなきっかけがあるといいよね」
「そうだな」

 俺は、折りたたみ傘を開くと「どうぞ」と星井を中に入れた。このあたりは「駅前」と呼ばれているとはいえ、実際の駅構内まではもう少し歩かないといけないのだ。

「ありがと、助かる」
「どういたしまして」
「でさ、思ったんだけど。この際だから『思い出の場所めぐり』とかしてみれば? ベタだけど」
「たしかにベタだな」
「うるさい」

 でも、たしかにそれは「有り」かもしれない。小説や漫画でも「記憶喪失の主人公が、思い出の場所に行ってみたところ、ひょんなきっかけで記憶がよみがえりました」というのは、実によくある展開だ。
 ただ、その場合、ナツさんと別世界の「青野行春」が育んだ「思い出の場所」をめぐることになる。それってなかなかエグい。エグいし、キツい。俺自身は付き添いたくないから、実行するなら星井か八尾さんに任せよう。

「あとは──それこそ、なっちゃんがこっちの世界に来る直前にいた場所に行ってみるとか?」
「それがわかっていたら苦労しないよ」

 わかっていないから、ナツさんは何度も「思い出せない」「無理」って繰り返していたわけで。
 ところが、星井は「なに言ってんの」と目を丸くした。

「なっちゃんが直前にどこにいたのかは、わかってるじゃん」
「えっ」
「西階段の踊り場。そこで、向こうのあんたとイチャイチャしてたって言ってたでしょ」

 たしかに、そんな話を聞いた覚えがある。
 でも、ダメだ。西階段には、すでにもう足を運んでいる。

「それでも思い出さなかったんだけど。あの人」
「そりゃ、ただ連れて行っただけならね。今度は、思い出してもらうのを前提に連れていってみれば? 案外、いい結果が待ってるかもよ」

 どうだろう。なにせ相手はナツさんだ。「無理なものは無理!」と地団駄を踏んで終わるのでは?
 そんなことを考えた矢先、当のナツさんが、俺と星井の前に立ちはだかった。
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このシリーズの前のお話です。よろしければ…
「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」


こちらはBL未満のお話です
「モフモフ野郎と俺の朝ごはん」
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