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第2話
8・爆弾発言(その2)
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ナツさんの手を引いたまま、教室エリアを抜けて実験室エリアに足を踏み入れる。さらに西階段をのぼって、行き止まりの最上階まで来たところで、オレはようやく一息ついた。
ナツさんは「やば、駆け落ちみたい」とひとりはしゃいでいる。けれど、今はそれを微笑ましく思っている場合じゃない。「可愛い」などとほっこりしている場合じゃないのだ。
「ナツさん、ああいうのは困ります」
「ああいうの?」
「皆の前で、あんな嘘──あんな……俺のことを好きになったとか」
俺の抗議に、ナツさんは「だってぇ」と頬をふくらませた。
「青野が悪いんじゃん。青野が、オレと付き合えないっていうからぁ」
「当然です。俺はあなたの妹と付き合っているんです」
「それ! そこが納得いかないの!」
ナツさんは、癇癪を起こした子どものように足をバタつかせた。
「なんでオレが青野の一番じゃないの!? オレ、青野の一番のはずじゃん!?」
「それは、ナツさんがいた世界の『青野行春』の話ですよね?」
「でも、嫌なの! どの世界でも、オレが青野の一番でいたいの!」
あまりにも無茶苦茶で、身勝手すぎる主張。なのに心が揺れるのは、ある意味、熱烈な告白でもあるからだ。
俺は、別世界の「俺」に嫉妬した。こんなにもまっすぐな愛情を「星井夏樹」から注がれているだなんて、別世界の「俺」はいったい何者なのだろう。
焦げるような気持ちを抱えたまま、俺はズルズルとその場に座り込んだ。それでも、今この胸にある感情に飲み込まれないよう、努めて冷静に、斜め前に座っているナツさんに問いかけた。
「念のため、確認しますけど。ナツさんは、俺のこと別に好きじゃないですよね?」
「え、好きだよ」
「でも、それは『恋』ではないですよね?」
俺の指摘に、ナツさんは「うっ」と言葉を詰まらせた。
「そ、それは、ええと……」
「答えてください。その気持ちは、せいぜい顔見知りに対する『好き』ですよね? 恋愛感情ではないですよね?」
なおも言葉で詰めていくと、ナツさんは「そんなのどうだっていいじゃん!」と逆ギレした。
「オレが青野をどう思ってるとか関係ない! とにかくオレが一番じゃないと嫌なの! 絶対絶対、青野の一番になりたいの!」
やっぱり無茶苦茶だ。加えて、どこまでも自分本位でわがままだ。
だって、そうじゃなければ言えるはずがない。「オレはお前に恋していないけど、お前はオレに恋をしろ」だなんて。
「いいですか、ナツさん」
俺は幼子に言い聞かせるように、ナツさんと目を合わせた。
「俺も、ナツさんのことは嫌いではありません。ですが、俺にはすでに恋をしている相手がいます」
「そんなの絶対じゃない」
ナツさんは、キッと俺を睨みつけた。
「オレ、自信ある。青野は、絶対ナナセよりもオレのことを好きになる」
たしかに、それはあり得るかもしれない。俺の恋する相手が「星井ナナセ」であるならば。
「あいにく、俺はこの想いが一生変わらない自信があります」
それこそ、結婚を前提に星井に偽装交際を申し込むくらいには。
そう、ナツさんだけでなく、俺もまたわがままで自分本位な人間なのだ。
「ですから、どんなにナツさんがあれこれ仕掛けてきても無駄です。俺の気持ちは絶対に変わりません」
「そんなのわかんないだろ」
「わかります。自分のことですから」
さらに、もうひとつ。
俺が、ナツさんの申し出に乗れない理由がある。
「俺は、こちらの世界の星井夏樹さんに、おそらく信頼されていました。うぬぼれかもしれませんが『大事な妹の交際相手』として、認めてもらっていたと思います」
その気持ちを、裏切りたくない。夏樹さんをがっかりさせたくはない。
「俺は、将来夏樹さんの義弟になるつもりです。なので、彼の信頼を裏切るようなことはできかねます」
これで、少しは俺の想いが伝わっただろうか。ほのかな期待とともに、俺はナツさんの返答を待つ。
ところが、しばらく待ってみてもナツさんは何も発しない。それどころか、さっきから「うーん」としきりに首を傾げている。
「あの……どうかしましたか?」
いささか不安になって水を差し向けると、ナツさんは「んー」と唇をとがらせた。この仕草は、おそらく「あざと可愛い」を狙ったものじゃない。たぶん素のリアクションだ。
「あのさ、青野」
「はい」
「あの……ええとさ」
ナツさんは、これまた素の仕草っぽく、ちょっとだけ首を横に傾けた。
「こっちの俺、この世界に戻ってこられんの?」
「──ハイ?」
「オレは、もう元の世界には戻れないって思ってんだけど」
ナツさんは「やば、駆け落ちみたい」とひとりはしゃいでいる。けれど、今はそれを微笑ましく思っている場合じゃない。「可愛い」などとほっこりしている場合じゃないのだ。
「ナツさん、ああいうのは困ります」
「ああいうの?」
「皆の前で、あんな嘘──あんな……俺のことを好きになったとか」
俺の抗議に、ナツさんは「だってぇ」と頬をふくらませた。
「青野が悪いんじゃん。青野が、オレと付き合えないっていうからぁ」
「当然です。俺はあなたの妹と付き合っているんです」
「それ! そこが納得いかないの!」
ナツさんは、癇癪を起こした子どものように足をバタつかせた。
「なんでオレが青野の一番じゃないの!? オレ、青野の一番のはずじゃん!?」
「それは、ナツさんがいた世界の『青野行春』の話ですよね?」
「でも、嫌なの! どの世界でも、オレが青野の一番でいたいの!」
あまりにも無茶苦茶で、身勝手すぎる主張。なのに心が揺れるのは、ある意味、熱烈な告白でもあるからだ。
俺は、別世界の「俺」に嫉妬した。こんなにもまっすぐな愛情を「星井夏樹」から注がれているだなんて、別世界の「俺」はいったい何者なのだろう。
焦げるような気持ちを抱えたまま、俺はズルズルとその場に座り込んだ。それでも、今この胸にある感情に飲み込まれないよう、努めて冷静に、斜め前に座っているナツさんに問いかけた。
「念のため、確認しますけど。ナツさんは、俺のこと別に好きじゃないですよね?」
「え、好きだよ」
「でも、それは『恋』ではないですよね?」
俺の指摘に、ナツさんは「うっ」と言葉を詰まらせた。
「そ、それは、ええと……」
「答えてください。その気持ちは、せいぜい顔見知りに対する『好き』ですよね? 恋愛感情ではないですよね?」
なおも言葉で詰めていくと、ナツさんは「そんなのどうだっていいじゃん!」と逆ギレした。
「オレが青野をどう思ってるとか関係ない! とにかくオレが一番じゃないと嫌なの! 絶対絶対、青野の一番になりたいの!」
やっぱり無茶苦茶だ。加えて、どこまでも自分本位でわがままだ。
だって、そうじゃなければ言えるはずがない。「オレはお前に恋していないけど、お前はオレに恋をしろ」だなんて。
「いいですか、ナツさん」
俺は幼子に言い聞かせるように、ナツさんと目を合わせた。
「俺も、ナツさんのことは嫌いではありません。ですが、俺にはすでに恋をしている相手がいます」
「そんなの絶対じゃない」
ナツさんは、キッと俺を睨みつけた。
「オレ、自信ある。青野は、絶対ナナセよりもオレのことを好きになる」
たしかに、それはあり得るかもしれない。俺の恋する相手が「星井ナナセ」であるならば。
「あいにく、俺はこの想いが一生変わらない自信があります」
それこそ、結婚を前提に星井に偽装交際を申し込むくらいには。
そう、ナツさんだけでなく、俺もまたわがままで自分本位な人間なのだ。
「ですから、どんなにナツさんがあれこれ仕掛けてきても無駄です。俺の気持ちは絶対に変わりません」
「そんなのわかんないだろ」
「わかります。自分のことですから」
さらに、もうひとつ。
俺が、ナツさんの申し出に乗れない理由がある。
「俺は、こちらの世界の星井夏樹さんに、おそらく信頼されていました。うぬぼれかもしれませんが『大事な妹の交際相手』として、認めてもらっていたと思います」
その気持ちを、裏切りたくない。夏樹さんをがっかりさせたくはない。
「俺は、将来夏樹さんの義弟になるつもりです。なので、彼の信頼を裏切るようなことはできかねます」
これで、少しは俺の想いが伝わっただろうか。ほのかな期待とともに、俺はナツさんの返答を待つ。
ところが、しばらく待ってみてもナツさんは何も発しない。それどころか、さっきから「うーん」としきりに首を傾げている。
「あの……どうかしましたか?」
いささか不安になって水を差し向けると、ナツさんは「んー」と唇をとがらせた。この仕草は、おそらく「あざと可愛い」を狙ったものじゃない。たぶん素のリアクションだ。
「あのさ、青野」
「はい」
「あの……ええとさ」
ナツさんは、これまた素の仕草っぽく、ちょっとだけ首を横に傾けた。
「こっちの俺、この世界に戻ってこられんの?」
「──ハイ?」
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