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第2話
5・人たらし(その2)
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ナツさんのその態度に、バイト仲間と思しき彼は「えっ」と傷ついたような声をあげた。まあ、気持ちはわからなくもない。よく知るバイト仲間が、声をかけただけで逃げるように身を隠したのだ。
とはいえ、ナツさんが休んでいる理由は店舗には連絡済みのはず。この人はそれを聞いていないのだろうか。
「あの、この人、今ちょっと記憶が……」
隠れたままのナツさんに代わってフォローをいれると、バイト仲間の彼は「あ、そうだった」と気まずそうな照れ笑いを浮かべた。
「悪い、忘れてた。星井、記憶喪失なんだっけ」
「……」
「……その分だとまだ戻ってないのか。いろいろ大変だな」
バイト仲間の口調が優しげだったからか、ナツさんは俺の背後からそろりと顔を出した。たぶん、まだ様子をうかがっているんだろう。まるで人慣れしていない野良猫のようだ。
(うちに泊まったときとはエラい違いだな)
あのときの人懐っこさは、いずこへ──なんて思いつつも、実はちょっぴり嬉しかったりして。なにせ、俺には初対面のときから親しげな態度だったから。
けれど、そんな優越感も長くは続かなかった。バイト仲間の人柄がわかったとたん、ナツさんの好奇心スイッチがオンになったのだ。
「お兄さん、大学生?」
「ああ、そうだけど」
「カッコいいね。モテるでしょ」
「いやぁ、そんなことは……」
「うそうそ、絶対モテるはず」
すっかり前のめりになったナツさんは、俺にしか聞こえない声でボソッと呟いた。
「ぶっちゃけ、好みかも」
えっ、今なんて?
俺がギョッとして振り返るのと、バイト仲間のスマホが振動するのが偶然にも重なった。
「やべ、戻んねーと」
じゃあ、お大事に、と去りかけた彼は、自動ドアの前でふと立ち止まった。
「そういえば大会のことだけど、お前の代役、無事に決まったから。今はゆっくり休んで、また顔を出せよ」
その言葉に、当然ナツさんは不思議そうに首を傾げたし、俺はガツンと殴られたような衝撃を受けた。
(そうだ、大会……)
半ば呆然と立ち尽くす俺に、ナツさんは「なあなあ」と背後から身体を押しつけてきた。
「大会って何? 青野、知ってる?」
「……ええ」
夏樹さんのバイト先である「ラッキーバーガー」が、全国のアルバイトを対象に行う「接客スキル」を競う大会。店舗対抗なので各店から数名の出場者が選ばれるらしいんだけど、今年、夏樹さんははじめてその代表に選出されたのだ。
俺がそう説明すると、ナツさんは「マジで?」と目をみひらいた。
「もしかして、こっちのオレってすごく優秀なやつ?」
そんなの、わざわざ言うまでもない。
アルバイターとしての夏樹さんは、優秀オブ優秀、かつ優しく丁寧、その上親しみやすいからか常連客にはしょっちゅう話しかけられ、バイト仲間とも仲が良く、まさに日本中のアルバイトの模範となるべき存在──
というような俺のたぎる想いは胸に秘めて、ひとまず「そうですね」とだけ答えておいた。
「ふーん」
ナツさんは、なぜか唇をとがらせた。
「へんなの。同じオレなのに」
「ナツさんもやればできるんじゃないんですか?」
「無理だよ。オレ、そういうキャラじゃないし」
ぽつ、とこぼれたその言葉に、俺は思わず目をみはった。彼の声色が、いつになく寂しそうな色をまとっていたからだ。
(考えすぎか? でも──)
さらに様子を探ろうとした俺に、ナツさんは「なあ!」と今度は輝くような笑顔を向けてきた。
「やっぱカフェ行こう、カフェ! この間のパンケーキの店!」
「すみません、俺はもう帰りますんで」
「なんだよ、付き合えよー。青野がいないと寂しいじゃーん」
ナツさんは甘えるような眼差しとともに、いきなり俺の腕に抱きついてきた。
とはいえ、ナツさんが休んでいる理由は店舗には連絡済みのはず。この人はそれを聞いていないのだろうか。
「あの、この人、今ちょっと記憶が……」
隠れたままのナツさんに代わってフォローをいれると、バイト仲間の彼は「あ、そうだった」と気まずそうな照れ笑いを浮かべた。
「悪い、忘れてた。星井、記憶喪失なんだっけ」
「……」
「……その分だとまだ戻ってないのか。いろいろ大変だな」
バイト仲間の口調が優しげだったからか、ナツさんは俺の背後からそろりと顔を出した。たぶん、まだ様子をうかがっているんだろう。まるで人慣れしていない野良猫のようだ。
(うちに泊まったときとはエラい違いだな)
あのときの人懐っこさは、いずこへ──なんて思いつつも、実はちょっぴり嬉しかったりして。なにせ、俺には初対面のときから親しげな態度だったから。
けれど、そんな優越感も長くは続かなかった。バイト仲間の人柄がわかったとたん、ナツさんの好奇心スイッチがオンになったのだ。
「お兄さん、大学生?」
「ああ、そうだけど」
「カッコいいね。モテるでしょ」
「いやぁ、そんなことは……」
「うそうそ、絶対モテるはず」
すっかり前のめりになったナツさんは、俺にしか聞こえない声でボソッと呟いた。
「ぶっちゃけ、好みかも」
えっ、今なんて?
俺がギョッとして振り返るのと、バイト仲間のスマホが振動するのが偶然にも重なった。
「やべ、戻んねーと」
じゃあ、お大事に、と去りかけた彼は、自動ドアの前でふと立ち止まった。
「そういえば大会のことだけど、お前の代役、無事に決まったから。今はゆっくり休んで、また顔を出せよ」
その言葉に、当然ナツさんは不思議そうに首を傾げたし、俺はガツンと殴られたような衝撃を受けた。
(そうだ、大会……)
半ば呆然と立ち尽くす俺に、ナツさんは「なあなあ」と背後から身体を押しつけてきた。
「大会って何? 青野、知ってる?」
「……ええ」
夏樹さんのバイト先である「ラッキーバーガー」が、全国のアルバイトを対象に行う「接客スキル」を競う大会。店舗対抗なので各店から数名の出場者が選ばれるらしいんだけど、今年、夏樹さんははじめてその代表に選出されたのだ。
俺がそう説明すると、ナツさんは「マジで?」と目をみひらいた。
「もしかして、こっちのオレってすごく優秀なやつ?」
そんなの、わざわざ言うまでもない。
アルバイターとしての夏樹さんは、優秀オブ優秀、かつ優しく丁寧、その上親しみやすいからか常連客にはしょっちゅう話しかけられ、バイト仲間とも仲が良く、まさに日本中のアルバイトの模範となるべき存在──
というような俺のたぎる想いは胸に秘めて、ひとまず「そうですね」とだけ答えておいた。
「ふーん」
ナツさんは、なぜか唇をとがらせた。
「へんなの。同じオレなのに」
「ナツさんもやればできるんじゃないんですか?」
「無理だよ。オレ、そういうキャラじゃないし」
ぽつ、とこぼれたその言葉に、俺は思わず目をみはった。彼の声色が、いつになく寂しそうな色をまとっていたからだ。
(考えすぎか? でも──)
さらに様子を探ろうとした俺に、ナツさんは「なあ!」と今度は輝くような笑顔を向けてきた。
「やっぱカフェ行こう、カフェ! この間のパンケーキの店!」
「すみません、俺はもう帰りますんで」
「なんだよ、付き合えよー。青野がいないと寂しいじゃーん」
ナツさんは甘えるような眼差しとともに、いきなり俺の腕に抱きついてきた。
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