目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

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第2話

3・ラッキーバーガーと夏樹さん

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 夏樹さんが「ナツさん」になってから、一週間が経過した。
 好きな人がいない日常は思っていた以上に味気なく、視界にフィルターがかかっているかのように毎日がボヤけている。あるいは、すでに味がないガムをずっと噛まされているような気分だ。
 それでも、俺は希望を捨てていなかった。
 いつか必ず夏樹さんと再会できるはず──そう信じて、心を強く持つことにした。
 夏樹さんに会えない寂しさは「思い出の場所めぐり」で埋めることにした。たとえば、出会いの場所だった男子トイレ。清掃のときにおしゃべりした裏玄関。昼休みに偶然出くわした西階段。それらの場所には、ささやかながらも夏樹さんとの思い出が残っている。
 でも、一番印象深いのは登下校の途中にあるラッキーバーガーだ。駅から学校までの一本道のちょうど真ん中あたりにあるその店で、夏樹さんは放課後アルバイトをしていたのだ。
 1年生のときは、店の外からその姿をひっそり眺めるのが楽しみだった。
 星井と偽装交際をはじめてからは、デートという名目でしょっちゅう店に入り浸った。「お前ら、また来たの? 仲いいな」と夏樹さんに微笑みかけられたときは、天にも昇るような心地を味わったものだ。
 ああ、あのかけがえのない日々よ、もう一度。
 けれども今、店内に夏樹さんの姿はない。
 現在、この世界の「星井夏樹」であるはずのナツさんが「アルバイトなんて嫌! 疲れる!」と拒否したからだ。ちなみに、店には「事故で記憶喪失になったので、しばらく休職したい」と申し出たらしい。
 というわけで、頭では「いない」とわかっているはずなんだけど、今日も俺は店の前で立ち止まってしまう。
 ガラス越しに探すのは、夏樹さんの幻だ。
 誰よりも似合っていたチェックのシャツと紺色のエプロン。そのエプロンの結び方が、しょっちゅう縦結びになっているのがたまらなく可愛かった。
 キッズ向け商品のおまけを渡すとき、ちゃんとしゃがんで子どもと目線を合わせるところも好きだった。あんな優しい眼差しで見つめてもらえるなら、俺も子ども時代に戻りたい、でも、この恋心を失いたくはないから「見た目は子ども、頭脳は大人」になりたい、そのためならかの有名な漫画の怪しい薬を飲むのも厭わない──そう訴えて、星井に「マジでキモい」と切り捨てられたこともあった。

(ああ、くそ)

 会いたい。夏樹さんに会いたい。
 どうしようもなく会いたい。
 この想いは叶わなくてもいいから、どうかそっと眺めることだけは許してほしい。
 募る想いに胸を押さえていると「あれ、青野じゃーん」と声をかけられた。
 あの人と同じ声なのに、どこか軽薄な口調──ジェネリック夏樹さんの登場だ。
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