目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

文字の大きさ
上 下
24 / 124
第2話

2・1%未満とはいえ

しおりを挟む
 ──なんてことが、許されるはずもなく。
 結局いつもよりも2本遅い電車で、俺は学校に向かうことになった。
 駅を出てすぐに走ったので、遅刻はなんとか免れた。とはいえ朝からHPをゴリゴリ消費した。これも悪魔なあの人のせい──と思ってしまうのは、果たしていけないことだろうか。
 息を切らしながら教室に入ると「おつかれー」と気怠げに声をかけられた。わざわざ確かめるまでもない、隣の席の星井ナナセだ。

「ナツさん、どうだった?」
「お母さんにめちゃくちゃ怒られて、ふてくされてた。『ただのお泊まりじゃん』『突然だとあちら様にご迷惑でしょ』『そんなことない! おばちゃん、喜んでくれたもん!』──とかなんとか」
「はぁ……」

 たしかに母さんは喜んでいたな、と昨夜のナツさんの人たらしぶりを思いだす。それにしても、帰宅してすぐに親子げんかか。あの人も大変だな。
 なんて考えていたら、星井から「はい」と紙袋を渡された。

「なに?」
「うちのお母さんから。なっちゃんが迷惑かけたお詫びだって」
「いいよ、迷惑なんてかかってないし」
「そう言わずに。これも大人同士のお付き合いってやつらしいからさ」

 なるほど、そういうことなら──と四角い紙袋を受け取る。ちらっと覗いた感じだと、どうやら菓子折りのようだ。「あらあら、べつによかったのに」なんて言いつつも、ちょっと嬉しそうな母さんの横顔が目に浮かぶ。

「で、どうだったの?」
「なにが?」
「昨日の夜。私が電話したとき、なーんか様子がおかしかったじゃん?」

 ──鋭い。たしかに、あのときの俺は危機的状況に陥っていた。

「べつに。何もなかったから」
「本当に? お兄ちゃんそっくりの『なっちゃん』と一晩過ごしたわけでしょ? ムラッとしなかったの?」
「するわけない」

 嘘。少しだけした。
 でも、ナツさんがいなくなった今朝のほうがよっぽど興奮した。
 ベッドで彼の残り香を吸い込んだときの、なんともいえない高揚感がよみがえる。もちろん、そんな変態じみた行為、女子に言うわけないけれど。

「まあ、お兄ちゃんとなっちゃん、似てるのは外見だけだもんね」

 星井は、ため息まじりに頬杖をついた。

「なんかさぁ、なっちゃんって『お兄ちゃん』っていうより『お姉ちゃん』って感じがするんだよねぇ」
「そう? どのあたりが?」
「仕草とか喋り方とか。なーんか、いちいちあざと可愛いじゃん? どうすれば相手を揺さぶることができるのか、ちゃんとわかってそうっていうか」
「……なるほど」

 昨夜、危うく泣き落としに引っかかりそうになった身としては、大いに頷くしかない。

「まあ、とりあえずさ、私もお兄ちゃんが戻ってくるまでは『お姉ちゃんができた』と思って楽しむからさ。青野もちょっとはオイシイ思いをしちゃいなよ」

 意味ありげなその言葉に、俺は本気で首を傾げた。
 オイシイ思い? どういうことだ?
 そんな俺に、星井は「察しが悪いなぁ」とボヤきつつも、こそっと耳打ちしてきた。

「キスくらいしちゃえば──ってこと」

 ──はぁっ!?

「いや──ないから、それは!」
「そのわりに、今ちょっと間が空かなかった?」
「それは単に驚いたせい」

 そう、ただそれだけ。
 頼むから、そういうことにしておいてほしい。

「でもさぁ、こんなチャンス、たぶんもう二度とないよ? それこそ、お兄ちゃんが戻ってきたら絶対に無理じゃん」
「うっ……」
「だからさ、もし、あんたがうっかり誘惑に負けても、お兄ちゃんには秘密にしておくから」

 ねっ、と星井に勢いよく背中を叩かれたところで、担任が教室に入ってきた。日直のゆるめな「きりーつ」の声に、皆ガタガタと立ち上がる。
 けれど、俺の頭なかは、さっきの星井の言葉でいっぱいだ。

 ──「キスくらいしちゃえば」
 ──「こんなチャンス、たぶんもう二度とないよ?」

 なかなか心を抉ってくれたその指摘は、残念なことに真実だ。夏樹さんが、昨日のナツさん並みに俺を求めてくれる確率は、おそらく1%にも達しない。

(でも、だからといって「今のうちに」というのは……)

 キスもそれ以上の行為も、夏樹さんが俺を求めてくれてはじめて成立するもの。なのに、夏樹さんではない人の誘惑に流されてしまうのは、どう考えたって大問題だ。

(──そう、俺は間違っていない)

 どんなにラッキーチャンスだとしても、俺はナツさんの誘惑にはのらない。キスもそれ以上も絶対にしない。
 ひとり大きくうなずいたところで、隣の席の星井と目が合った。俺の恋愛事情をよく知る彼女は、意味ありげな笑みを浮かべたままだった。
しおりを挟む
このシリーズの前のお話です。よろしければ…
「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」


こちらはBL未満のお話です
「モフモフ野郎と俺の朝ごはん」
感想 1

あなたにおすすめの小説

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

俺の愉しい学園生活

yumemidori
BL
ある学園の出来事を腐男子くん目線で覗いてみませんか?? #人間メーカー仮 使用しています

王道学園にブラコンが乗り込んでいくぅ!

玉兎
BL
弟と同じ学校になるべく王道学園に編入した男の子のお話。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

[BL]デキソコナイ

明日葉 ゆゐ
BL
特別進学クラスの優等生の喫煙現場に遭遇してしまった校内一の問題児。見ていない振りをして立ち去ろうとするが、なぜか優等生に怪我を負わされ、手当てのために家に連れて行かれることに。決して交わることのなかった2人の不思議な関係が始まる。(別サイトに投稿していた作品になります)

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け 《あらすじ》 4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。 そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。 平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

処理中です...