目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

文字の大きさ
上 下
20 / 124
第1話

19・夜も更けてきて…

しおりを挟む
 その日の食卓には、いつもの倍の量の唐揚げが大皿にこんもりと盛られた。
 嘘だろ、母さん張り切りすぎ。たしかに唐揚げはうまいけど、さすがにこの量はないんじゃないか。
 思わず胃を押さえた俺だけど、ナツさんは「うまそー!」と大はしゃぎして、それらをぺろりとたいらげてしまった。

「さすが男の子は食べっぷりがいいわね」
「そんなことないよ。オレ、普段はそんなに食べないもん」
「あら、そうなの?」
「そうなの。でも、おばちゃんの唐揚げは別! めちゃくちゃうまいから、ついいっぱい食べちゃう!」

 ニカッと笑うナツさんに、俺はふたつの理由で戦慄を覚えた。
 まず、ひとつめ。この人めちゃくちゃ痩せてるんだけど、どこにあの量の唐揚げが入ったんだろう。しかも、うちに来る前にパンケーキを食べて、黒糖ロイヤルミルクティーを2杯飲んでいたよな。もしやアレか? 胃袋が宇宙ってやつか? 夏樹さんもそこそこ食べる人ではあったけど、せいぜい平均並み。こんな大食漢ではなかったはずだ。
 ふたつめ。さすがに人たらしが過ぎないか? うちの母さん、すっかりたらしこまれて「ナツくん、これも食べる?」なんて父さん用のプリンを出してきたんだけど。
 たしかに、夏樹さんも人当たりがよかったけど、ここまでフレンドリーな人ではなかった。そもそも彼は気遣いやさんでもあったから、相手との距離感はわりと慎重にはかっていた印象だ。
 一方、ナツさんは遠慮がない。自分からどんどん距離を詰めていくし、自分は「好かれて当然」「お願い事を聞いてもらって当然」と思っているようなフシがある。
 そう、ある意味「図々しいタイプ」──なのにどこか憎めないのは、外見が夏樹さんそのままだからだろうか。

「ナツくん、お風呂も沸いてるわよ。行春、タオルを出してあげなさい」
「わかった」

 空になった食器をシンクに運ぶと、俺はナツさんを風呂場に案内した。
 洗面所に設置してある戸棚には、洗い立てのタオルが何枚も積んであった。そのなかでも、比較的新しいものを「ナツさん用」として引っ張り出す。

「バスタオルはこれです。フェイスタオルは1枚でいいですか?」
「いーよ」

 答えるそばから、ナツさんはぽいぽいと制服を脱いでいく。
 待って──待ってくれ!
 俺は、慌ててナツさんから目を背けた。

「それじゃ、俺、部屋にいますんで!」
「えっ」
「あがったら2階に来てください! 右側の部屋です!」
「ちょっ……青野!?」

 後ろ手にドアを閉めると、俺はまっすぐ自室に向かった。その際、何度か名前を呼ばれたけど、ここは敢えて聞こえないふり。だって今、振り返ったら、おかしなことになりそうだ。
 かくして自制心を働かせたまま自室に辿り着いた俺は、そのまま勢いよく自分のベッドにダイブした。

(やばい、鼻血出そう)

 まぶたを閉じると、さっき見たばかりの白い太ももがちらつく。
 辛い。めちゃくちゃ辛い。あの人は俺の好きな人じゃないはずなのに、太ももを拝めただけで、理性が総崩れしてしまう。

(助けて……夏樹さん)

 けれどもその夏樹さんは、今この世界にはいない。おそらく、ナツさんが元いた世界にいるはずだ。
 大丈夫だろうか。
 こっちのナツさんのように混乱していないだろうか。
 それとも、別世界の「星井夏樹」として如才じょさいなく振る舞っているのだろうか。

(──うん? 待てよ?)

 ナツさんは、向こうの俺と付き合っていると主張していた。
 ということは、表向きは「ナツさん」であるはずの夏樹さんも、そっちの世界の俺とよろしくやっているのだろうか。

(まさか……青野家に泊まったり?)

 それで、向こうの母さんが作った唐揚げを控えめに食べたり、お風呂場に案内されて戸惑いながらも制服を脱いだり……しかも、泊まるのは同じ部屋だ。

(付き合っているふたりが同じ部屋……それって、つまり……)

 ──ダメだ、それ以上は考えるな! 不埒な想像で、夏樹さんを汚すな!
 うめき声とともに、俺はベッドの上を転がった。
 完全にキャパオーバーだ。頭が、これ以上の思考を拒否している。
 俺は枕を抱きしめると、そのままかたく目をつぶった。
 どうか、この現状が片想いをこじらせた男の「おかしな夢」でありますように。目が覚めたら、ナツさんではなく夏樹さんがこの世界にいますように。

 でも、本当はわかっていた。これは夢なんかじゃないんだって。
しおりを挟む
このシリーズの前のお話です。よろしければ…
「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」


こちらはBL未満のお話です
「モフモフ野郎と俺の朝ごはん」
感想 1

あなたにおすすめの小説

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

俺の愉しい学園生活

yumemidori
BL
ある学園の出来事を腐男子くん目線で覗いてみませんか?? #人間メーカー仮 使用しています

王道学園にブラコンが乗り込んでいくぅ!

玉兎
BL
弟と同じ学校になるべく王道学園に編入した男の子のお話。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

[BL]デキソコナイ

明日葉 ゆゐ
BL
特別進学クラスの優等生の喫煙現場に遭遇してしまった校内一の問題児。見ていない振りをして立ち去ろうとするが、なぜか優等生に怪我を負わされ、手当てのために家に連れて行かれることに。決して交わることのなかった2人の不思議な関係が始まる。(別サイトに投稿していた作品になります)

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け 《あらすじ》 4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。 そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。 平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

処理中です...