19 / 124
第1話
18・そして、現在
しおりを挟む
あれから半年。今や夏樹さんよりも背が高くなった俺は、彼が隣に並ぶたびに「生え際の産毛が可愛い」とか「こめかみにほくろ発見」とか、ささやかな喜びを噛みしめていたわけだが──
「ただいま」
「おじゃましまーす」
玄関で靴を脱ぐなり、ナツさんは慣れたようにリビングに向かおうとする。
「待ってください! どこに行くんですか!」
「えっ、おじちゃんとおばちゃんに挨拶──」
「うちの両親は、夏樹さんと面識がありません」
「そうなの!?」
「そうなんです。そもそも星井のことすら紹介していないですし」
俺の言葉に、ナツさんは「ええっ」と声をあげた。
「じゃあ、やるときどうしてんの?」
「やる、とは?」
「ナナセとセッ──」
とんでもない単語が飛び出す前に、俺は彼の口を右手でふさいだ。
「なんてことを……家族に聞かれたらどうするんです!」
「でも、それって大事なことじゃん!」
「だとしても俺たちには関係ありません。──まだそういうことをしていないので」
「えっ、なんで!?」
そりゃ、偽装交際ですから──とはさすがに言えないので「まだ半年だし」とか「高校生だし」と言葉を濁す。
そんな俺に、ナツさんは「マジで?」未確認飛行物体を見るような目を向けてきた。
「こういうのって、ふつう『もう高校生』って言わねぇ?」
「言いません。そもそも、ナツさんはそういう経験があるんですか?」
「あるよ。当然じゃん」
あっさり告げられた事柄に、俺はめまいを覚えた。
いや、薄々気づいてはいた──なにせ、保健室で寝ていた俺の「俺」に、手慣れた様子でサービスしようとしていた人だし。
でも、やっぱりショックだ。頭のなかで、どんなに「この人は夏樹さんじゃない」と言い聞かせたとしても、そっくり同じビジュアルで肯定されるのはただただしんどい。今にも、頭のなかが沸騰してしまいそうだ。
「青野、どうしたの? もしかして、また具合悪くなった?」
「いえ……どうかお気になさらず」
「でも、さっきからへんな顔してるし。大丈夫?」
よしよし、となだめるように頭を撫でられる。その近すぎる距離に、不覚にも心臓が跳ね上がったのだけど──
「行春? 帰ってきたの?」
キッチンのドアの開く音が、俺を現実に引き戻した。
「あら、お友達?」
「う、うん。学校の先輩の星井夏樹さん。今日、勉強を教えてもらうことになって、うちに泊まってもらおうかなって」
「やだ、そういうのは早く連絡してよ。ごはん多めに作らないと」
顔をしかめる母さんに、ナツさんは「大丈夫」と元気よく返事をした。
「オレ、カップ麺買ってきたから!」
「そうはいかないでしょ。高校生なんて育ち盛りだし……」
「えっ、じゃあオレ、おばちゃんの料理食べてもいいの?」
やったーと無邪気に喜ぶナツさんに、俺も母さんも呆気にとられた。
なんだろう、この人懐っこさは。夏樹さんも気さくな人ではあったけど、ここまで突き抜けてはいなかったはずだ。
でも、あまりにもナツさんが喜ぶものだから、母さんも満更ではなくなってきたらしい。
「じゃあ、星井くんのは大盛りにしようかしら。今日はね、唐揚げなのよ」
「ほんと!? オレ、おばちゃんの唐揚げ大好き!」
「……えっ?」
ちょっ……ナツさん!
「今のは『家庭の味が好き』ってことだから! スーパーのお惣菜とかそういうんじゃなくて!」
「あら、そうなの」
なんとか納得してくれたらしく、母さんは笑顔でキッチンに引っ込んだ。
よかった、なんとか誤魔化せた。
それにしても、どうしてこの人は浅はかなんだろう。ついさっき、うちの両親と夏樹さんは面識がない、と伝えたはずなのに。
恨めしい気分で隣を見たものの、当のナツさんは「唐揚げ、唐揚げ」とこれまたご機嫌だ。
「向こうの世界で食べたんですか?」
「ん?」
「うちの……青野家の唐揚げ」
「うん、食べた! おばちゃんの作るヤツ、一個が大きめだからすっごい好き!」
ナルホド、ソチラノ世界ノ「青野家」ノ人タチハ、ズイブン「星井夏樹」サント親シインデスネ。
心のなかで呟きながら、俺は洗面所へと向かう。けれども、どんなに丁寧に手を洗っても、うがいをしても、モヤモヤした気持ちが晴れることはなかった。
「ただいま」
「おじゃましまーす」
玄関で靴を脱ぐなり、ナツさんは慣れたようにリビングに向かおうとする。
「待ってください! どこに行くんですか!」
「えっ、おじちゃんとおばちゃんに挨拶──」
「うちの両親は、夏樹さんと面識がありません」
「そうなの!?」
「そうなんです。そもそも星井のことすら紹介していないですし」
俺の言葉に、ナツさんは「ええっ」と声をあげた。
「じゃあ、やるときどうしてんの?」
「やる、とは?」
「ナナセとセッ──」
とんでもない単語が飛び出す前に、俺は彼の口を右手でふさいだ。
「なんてことを……家族に聞かれたらどうするんです!」
「でも、それって大事なことじゃん!」
「だとしても俺たちには関係ありません。──まだそういうことをしていないので」
「えっ、なんで!?」
そりゃ、偽装交際ですから──とはさすがに言えないので「まだ半年だし」とか「高校生だし」と言葉を濁す。
そんな俺に、ナツさんは「マジで?」未確認飛行物体を見るような目を向けてきた。
「こういうのって、ふつう『もう高校生』って言わねぇ?」
「言いません。そもそも、ナツさんはそういう経験があるんですか?」
「あるよ。当然じゃん」
あっさり告げられた事柄に、俺はめまいを覚えた。
いや、薄々気づいてはいた──なにせ、保健室で寝ていた俺の「俺」に、手慣れた様子でサービスしようとしていた人だし。
でも、やっぱりショックだ。頭のなかで、どんなに「この人は夏樹さんじゃない」と言い聞かせたとしても、そっくり同じビジュアルで肯定されるのはただただしんどい。今にも、頭のなかが沸騰してしまいそうだ。
「青野、どうしたの? もしかして、また具合悪くなった?」
「いえ……どうかお気になさらず」
「でも、さっきからへんな顔してるし。大丈夫?」
よしよし、となだめるように頭を撫でられる。その近すぎる距離に、不覚にも心臓が跳ね上がったのだけど──
「行春? 帰ってきたの?」
キッチンのドアの開く音が、俺を現実に引き戻した。
「あら、お友達?」
「う、うん。学校の先輩の星井夏樹さん。今日、勉強を教えてもらうことになって、うちに泊まってもらおうかなって」
「やだ、そういうのは早く連絡してよ。ごはん多めに作らないと」
顔をしかめる母さんに、ナツさんは「大丈夫」と元気よく返事をした。
「オレ、カップ麺買ってきたから!」
「そうはいかないでしょ。高校生なんて育ち盛りだし……」
「えっ、じゃあオレ、おばちゃんの料理食べてもいいの?」
やったーと無邪気に喜ぶナツさんに、俺も母さんも呆気にとられた。
なんだろう、この人懐っこさは。夏樹さんも気さくな人ではあったけど、ここまで突き抜けてはいなかったはずだ。
でも、あまりにもナツさんが喜ぶものだから、母さんも満更ではなくなってきたらしい。
「じゃあ、星井くんのは大盛りにしようかしら。今日はね、唐揚げなのよ」
「ほんと!? オレ、おばちゃんの唐揚げ大好き!」
「……えっ?」
ちょっ……ナツさん!
「今のは『家庭の味が好き』ってことだから! スーパーのお惣菜とかそういうんじゃなくて!」
「あら、そうなの」
なんとか納得してくれたらしく、母さんは笑顔でキッチンに引っ込んだ。
よかった、なんとか誤魔化せた。
それにしても、どうしてこの人は浅はかなんだろう。ついさっき、うちの両親と夏樹さんは面識がない、と伝えたはずなのに。
恨めしい気分で隣を見たものの、当のナツさんは「唐揚げ、唐揚げ」とこれまたご機嫌だ。
「向こうの世界で食べたんですか?」
「ん?」
「うちの……青野家の唐揚げ」
「うん、食べた! おばちゃんの作るヤツ、一個が大きめだからすっごい好き!」
ナルホド、ソチラノ世界ノ「青野家」ノ人タチハ、ズイブン「星井夏樹」サント親シインデスネ。
心のなかで呟きながら、俺は洗面所へと向かう。けれども、どんなに丁寧に手を洗っても、うがいをしても、モヤモヤした気持ちが晴れることはなかった。
20
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
[BL]デキソコナイ
明日葉 ゆゐ
BL
特別進学クラスの優等生の喫煙現場に遭遇してしまった校内一の問題児。見ていない振りをして立ち去ろうとするが、なぜか優等生に怪我を負わされ、手当てのために家に連れて行かれることに。決して交わることのなかった2人の不思議な関係が始まる。(別サイトに投稿していた作品になります)

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール
雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け
《あらすじ》
4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。
そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。
平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる