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第1話
12・2対2
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カフェを出て、交差点で信号待ちをしている間も、俺の頭はぼんやりと霞がかったままだった。
(そうか……夏樹さんは、今この世界にいないのか)
その事実は、どうしようもなく俺を打ちのめした。よく比喩表現で「胸に穴が空く」なんて言うけど、今の俺はまさにその状態。さっきから身体のど真ん中を、冷たい風がヒューヒュー吹き抜けている。
「青野、大丈夫?」
星井が、心配したように耳打ちしてきた。
「元気だしなよ。どうせ、そのうち戻ってくるって」
「……だといいけど」
どうしよう、二度と戻ってこなかったら。俺は、永遠に「あの人」を失ってしまうのだろうか。
信号が青に変わり、八尾さんともうひとりの夏樹さんが歩きだす。うらやましい。八尾さんは、親友と二度と会えなくても平気なのだろうか。俺は、こんなにも打ちひしがれているというのに。
「ねえ、お兄ちゃん」
ふいに隣にいた星井が、もうひとりの夏樹さんに声をかけた。
「お兄ちゃんのことだけどさ、これからは『なっちゃん』って呼んでもいい?」
「いいけど、なんで?」
「お兄ちゃんは『星井夏樹』ではあるけど、厳密には『私のお兄ちゃん』ではないわけじゃん? だったら違う呼び方がいいかなーって」
なるほど、こっちの夏樹さんと区別したいというわけか。
「わかった。じゃあ、オレ『なっちゃん』ね!」
「うん」
「ていうか懐かしい! うちんとこのナナセも、昔はオレのこと『なっちゃん』って呼んでたんだよなー」
「やっぱりー? 私のちっちゃいころと同じじゃーん!」
星井は笑顔を向けつつも、俺の背中をギュッとつねった。
「痛っ」
驚いて隣を見ると、軽く目配せしてくる。
そうか──俺にも便乗しろってことか。いや、もしかしたら、もともと俺のための提案だったのかもしれない。
「あの……俺も別の呼び方にしてもいいですか?」
「いいよー、なになに」
「じゃあ──『ナツさん』で」
「夏樹さん」と「ナツさん」──単に一文字抜いただけだ。それでも、この違いは俺にとって大きい。ふたりの夏樹さんを、なんとか「別人」として切り分けられる気がするから。
「ナツさんかぁ……なーんかヘンな感じ」
しばらくの間、ナツさんは首を傾げていたけれど、駅に着くころには「まあ、いっか」と受け入れてくれた。
「それじゃ、うちらこっちだから」
「うん、また」
改札をくぐったあとの俺たちは、それぞれ1対3に分かれる。4人のなかで俺だけが反対方面の電車に乗るからだ。
なのに、なぜか夏樹さん──もとい「ナツさん」が、俺の腕にするりと手を絡めてきた。
「オレ、今日は青野んちに行く」
「……えっ」
「青野んちでお泊まりしたい」
なに言ってんの、と星井が呆れたように引き剥がそうとする。
「ほら、帰るよ!」
「やだ、青野んちに行く!」
「そんなのダメに決まってるでしょ!」
「やだ! やだってばやだ!」
意地でも俺から離れようとしないナツさんに、八尾さんはため息をついた。
「どうするんだ、青野」
「はぁ……まぁ、一泊くらいなら」
姉の友人がよく泊まりにくることもあって、急な来訪でもうちの両親はさして気にしない。それに、こんなにも必死なナツさんを突き放すのは、さすがにちょっと可哀想だ。
「お前もたいがい人がいいよなぁ」
しみじみ感心している八尾さんの隣で、星井はなんとも形容しがたい顔をしていた。その気持ちは、わからなくはなかった。俺の事情を知っている彼女だからこそ、いろいろ思うところもあるのだろう。
「……まあ、青野がいいって言うなら」
「やった! じゃあ、行こう、青野!」
嬉しそうにはしゃぐナツさんは、星井よりもよほど女子っぽい。そのことにいささかフクザツな気持ちになりながらも、俺たちは2対2に別れて帰路につくことになった。
(そうか……夏樹さんは、今この世界にいないのか)
その事実は、どうしようもなく俺を打ちのめした。よく比喩表現で「胸に穴が空く」なんて言うけど、今の俺はまさにその状態。さっきから身体のど真ん中を、冷たい風がヒューヒュー吹き抜けている。
「青野、大丈夫?」
星井が、心配したように耳打ちしてきた。
「元気だしなよ。どうせ、そのうち戻ってくるって」
「……だといいけど」
どうしよう、二度と戻ってこなかったら。俺は、永遠に「あの人」を失ってしまうのだろうか。
信号が青に変わり、八尾さんともうひとりの夏樹さんが歩きだす。うらやましい。八尾さんは、親友と二度と会えなくても平気なのだろうか。俺は、こんなにも打ちひしがれているというのに。
「ねえ、お兄ちゃん」
ふいに隣にいた星井が、もうひとりの夏樹さんに声をかけた。
「お兄ちゃんのことだけどさ、これからは『なっちゃん』って呼んでもいい?」
「いいけど、なんで?」
「お兄ちゃんは『星井夏樹』ではあるけど、厳密には『私のお兄ちゃん』ではないわけじゃん? だったら違う呼び方がいいかなーって」
なるほど、こっちの夏樹さんと区別したいというわけか。
「わかった。じゃあ、オレ『なっちゃん』ね!」
「うん」
「ていうか懐かしい! うちんとこのナナセも、昔はオレのこと『なっちゃん』って呼んでたんだよなー」
「やっぱりー? 私のちっちゃいころと同じじゃーん!」
星井は笑顔を向けつつも、俺の背中をギュッとつねった。
「痛っ」
驚いて隣を見ると、軽く目配せしてくる。
そうか──俺にも便乗しろってことか。いや、もしかしたら、もともと俺のための提案だったのかもしれない。
「あの……俺も別の呼び方にしてもいいですか?」
「いいよー、なになに」
「じゃあ──『ナツさん』で」
「夏樹さん」と「ナツさん」──単に一文字抜いただけだ。それでも、この違いは俺にとって大きい。ふたりの夏樹さんを、なんとか「別人」として切り分けられる気がするから。
「ナツさんかぁ……なーんかヘンな感じ」
しばらくの間、ナツさんは首を傾げていたけれど、駅に着くころには「まあ、いっか」と受け入れてくれた。
「それじゃ、うちらこっちだから」
「うん、また」
改札をくぐったあとの俺たちは、それぞれ1対3に分かれる。4人のなかで俺だけが反対方面の電車に乗るからだ。
なのに、なぜか夏樹さん──もとい「ナツさん」が、俺の腕にするりと手を絡めてきた。
「オレ、今日は青野んちに行く」
「……えっ」
「青野んちでお泊まりしたい」
なに言ってんの、と星井が呆れたように引き剥がそうとする。
「ほら、帰るよ!」
「やだ、青野んちに行く!」
「そんなのダメに決まってるでしょ!」
「やだ! やだってばやだ!」
意地でも俺から離れようとしないナツさんに、八尾さんはため息をついた。
「どうするんだ、青野」
「はぁ……まぁ、一泊くらいなら」
姉の友人がよく泊まりにくることもあって、急な来訪でもうちの両親はさして気にしない。それに、こんなにも必死なナツさんを突き放すのは、さすがにちょっと可哀想だ。
「お前もたいがい人がいいよなぁ」
しみじみ感心している八尾さんの隣で、星井はなんとも形容しがたい顔をしていた。その気持ちは、わからなくはなかった。俺の事情を知っている彼女だからこそ、いろいろ思うところもあるのだろう。
「……まあ、青野がいいって言うなら」
「やった! じゃあ、行こう、青野!」
嬉しそうにはしゃぐナツさんは、星井よりもよほど女子っぽい。そのことにいささかフクザツな気持ちになりながらも、俺たちは2対2に別れて帰路につくことになった。
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