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第1話
11・夏樹の主張(その2)
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八尾さんの質問に、夏樹さんは「そんなのわかんない」と唇をとがらせた。
「きっかけって何? 八尾は何が知りたいの?」
「いや、だからさ」
八尾さんの指先で、再びボールペンがくるりとまわる。
「じゃあ、質問を変えるか。お前が最初に出くわした『黒い目』のやつは誰だ?」
「青野!」
夏樹さんは、当然とばかりに俺を指さした。
「保健室で青野が寝てたから、オレ、サービスしてあげようと思ったの」
「ちょっ……」
「なのに青野ってば暴れるし、勝手に目隠しを外しちゃうしで、結局うまくいかなくて──」
待ってくれ! あんた、なにを話すつもりだ!?
案の定、星井も八尾さんも「サービス?」「目隠し?」と怪訝そうな顔をしている。でも、俺としてはそこだけは絶対に掘り下げてほしくない。
「俺から説明します!」
「えっ、青野?」
「今日の昼休み、俺は具合が悪くて保健室で寝ていました。そしたら偶然夏樹さんと出くわして、そのとき『目が黒い』と指摘されました」
話せるのはこれだけだ。その他の「あんなこと」や「こんなこと」は絶対部外者には知られたくない。
俺の気迫に、八尾さんは「そ、そうか」と口ごもりながらも、ノートに「昼休み」「保健室」「青野(黒)」と書きこんだ。勘の良い人だから何か察しているだろうけれど、そこは敢えて触れないことにしたらしい。
「じゃあ、次の質問。星井は、なんで保健室にいた?」
「えっ」
「青野は、具合が悪かったから保健室にいたわけだろ? お前は?」
「……ええと……」
夏樹さんはしばらく考え込んだあと「わかんない」と頼りなさげに首を振った。
「そういえばオレ、なんで保健室にいたんだろ」
「覚えてないのか?」
「うん……気がついたら保健室にいた。こんなふうに、青野のベッドでうつぶせになって」
夏樹さんは、カフェのテーブルでその様子を再現してみせる。まっすぐな髪の毛がさらりと揺れて、俺の心をやけにざわつかせた。
なるほど、と八尾さんはボールペンで頭を掻いた。
「それって、つまり『保健室に来るまでの記憶がない』ってことだよな?」
「ん──そうかも」
「だったらその前は? たとえば今日の午前中とか」
「そっちは覚えてる!」
「それじゃ、質問。今日の2時間目の授業は?」
「体育! マット運動で倒立前転やった!」
「4時間目は」
「……微積。抜き打ちテスト、超最悪だった」
なるほど、たしかに午前中の記憶はあるようだ。
「じゃあ、昼飯は? 誰と食った?」
夏樹さんは「んー」と顔を曇らせた。
「わかんない……なんかぼんやりしてる……」
「本当か? 本当に何も思い出せないか?」
「ええと……ええと……」
「普段、昼飯は誰と食ってる?」
「もちろん青野──」
あっ、と夏樹さんは勢いよく顔をあげた。
「そうだ、青野! 青野と会ってた!」
「どこで?」
「学校の西階段! オレたち、昼休みはいつもそこでイチャイチャしてんの!」
得意げに放たれたその言葉に、俺はなんとも言えない気持ちになった。
だって「いつもイチャイチャ」って──そんなの、こっちの世界の俺と夏樹さんでは考えられない。というか、そんな世界線、本当に存在するのか? この人の虚言じゃなくて?
「あ、もう1コ思い出した!」
「なんだよ」
「青野、菓子パン食べてた! それも3つも!」
「なるほど……ちなみにお前は?」
八尾さんに問われて、俺は首を横に振った。たしかに今日の昼飯は菓子パンの予定だったけど、保健室で寝ていたので未だリュックに入ったままだ。もちろん、西階段にも行っていない。
「となると、西階段の青野は『緑の目』で間違いないわけで」
八尾さんは、ノートに「西階段」と書きこむと、先に書いてあった「保健室」との間に線を引いた。
「何かあったとしたら『ここ』だな」
「ここって?」
「『西階段』と『保健室』の間。この時間帯に何かが起きて、お前は俺たちの世界にやってきたんじゃねーの?」
俺は、八尾さんのノートを覗き込んだ。たしかに、何かきっかけがあるとしたらこの「空白の時間帯」以外は考えられない。
とはいえ、夏樹さん本人はまるで覚えていない様子。なんとかして、思い出せればいいんだけど──
「ねえ、私からも質問」
しばらく黙り込んでいた星井が、ハイと軽く手を挙げた。
「今ここにいるお兄ちゃんが、異世界の人だったとしてさ」
「異世界じゃない、『パラレルワールド』」
「そんなの、どっちでもいいじゃん。とにかく、今ここにいるお兄ちゃんが、別世界から来た人だったとして」
星井は、探るように夏樹さんを見た。
「本物のお兄ちゃんはどこ?」
「へっ」
「私の、本当のお兄ちゃんは、今どこにいるわけ?」
そうだ──なぜ俺は、今の今までそんな大事なことに思いいたらなかったのだろう。
(俺たちの知っている夏樹さんは?)
彼は今、どこにいる?
答えを求めて、俺は八尾さんを見た。八尾さんは渋い顔つきのまま「おい」と夏樹さんを肘でつついた。
「どう思う?」
「そんなの知らない」
夏樹さんは、ズズズッと黒糖ロイヤルミルクティーをすすった。
「オレがこっちにいるってことは、そいつは『あっち』にいるんじゃない?」
「『あっち』って?」
「オレが元いた世界。たぶん……なんとなくだけど」
「きっかけって何? 八尾は何が知りたいの?」
「いや、だからさ」
八尾さんの指先で、再びボールペンがくるりとまわる。
「じゃあ、質問を変えるか。お前が最初に出くわした『黒い目』のやつは誰だ?」
「青野!」
夏樹さんは、当然とばかりに俺を指さした。
「保健室で青野が寝てたから、オレ、サービスしてあげようと思ったの」
「ちょっ……」
「なのに青野ってば暴れるし、勝手に目隠しを外しちゃうしで、結局うまくいかなくて──」
待ってくれ! あんた、なにを話すつもりだ!?
案の定、星井も八尾さんも「サービス?」「目隠し?」と怪訝そうな顔をしている。でも、俺としてはそこだけは絶対に掘り下げてほしくない。
「俺から説明します!」
「えっ、青野?」
「今日の昼休み、俺は具合が悪くて保健室で寝ていました。そしたら偶然夏樹さんと出くわして、そのとき『目が黒い』と指摘されました」
話せるのはこれだけだ。その他の「あんなこと」や「こんなこと」は絶対部外者には知られたくない。
俺の気迫に、八尾さんは「そ、そうか」と口ごもりながらも、ノートに「昼休み」「保健室」「青野(黒)」と書きこんだ。勘の良い人だから何か察しているだろうけれど、そこは敢えて触れないことにしたらしい。
「じゃあ、次の質問。星井は、なんで保健室にいた?」
「えっ」
「青野は、具合が悪かったから保健室にいたわけだろ? お前は?」
「……ええと……」
夏樹さんはしばらく考え込んだあと「わかんない」と頼りなさげに首を振った。
「そういえばオレ、なんで保健室にいたんだろ」
「覚えてないのか?」
「うん……気がついたら保健室にいた。こんなふうに、青野のベッドでうつぶせになって」
夏樹さんは、カフェのテーブルでその様子を再現してみせる。まっすぐな髪の毛がさらりと揺れて、俺の心をやけにざわつかせた。
なるほど、と八尾さんはボールペンで頭を掻いた。
「それって、つまり『保健室に来るまでの記憶がない』ってことだよな?」
「ん──そうかも」
「だったらその前は? たとえば今日の午前中とか」
「そっちは覚えてる!」
「それじゃ、質問。今日の2時間目の授業は?」
「体育! マット運動で倒立前転やった!」
「4時間目は」
「……微積。抜き打ちテスト、超最悪だった」
なるほど、たしかに午前中の記憶はあるようだ。
「じゃあ、昼飯は? 誰と食った?」
夏樹さんは「んー」と顔を曇らせた。
「わかんない……なんかぼんやりしてる……」
「本当か? 本当に何も思い出せないか?」
「ええと……ええと……」
「普段、昼飯は誰と食ってる?」
「もちろん青野──」
あっ、と夏樹さんは勢いよく顔をあげた。
「そうだ、青野! 青野と会ってた!」
「どこで?」
「学校の西階段! オレたち、昼休みはいつもそこでイチャイチャしてんの!」
得意げに放たれたその言葉に、俺はなんとも言えない気持ちになった。
だって「いつもイチャイチャ」って──そんなの、こっちの世界の俺と夏樹さんでは考えられない。というか、そんな世界線、本当に存在するのか? この人の虚言じゃなくて?
「あ、もう1コ思い出した!」
「なんだよ」
「青野、菓子パン食べてた! それも3つも!」
「なるほど……ちなみにお前は?」
八尾さんに問われて、俺は首を横に振った。たしかに今日の昼飯は菓子パンの予定だったけど、保健室で寝ていたので未だリュックに入ったままだ。もちろん、西階段にも行っていない。
「となると、西階段の青野は『緑の目』で間違いないわけで」
八尾さんは、ノートに「西階段」と書きこむと、先に書いてあった「保健室」との間に線を引いた。
「何かあったとしたら『ここ』だな」
「ここって?」
「『西階段』と『保健室』の間。この時間帯に何かが起きて、お前は俺たちの世界にやってきたんじゃねーの?」
俺は、八尾さんのノートを覗き込んだ。たしかに、何かきっかけがあるとしたらこの「空白の時間帯」以外は考えられない。
とはいえ、夏樹さん本人はまるで覚えていない様子。なんとかして、思い出せればいいんだけど──
「ねえ、私からも質問」
しばらく黙り込んでいた星井が、ハイと軽く手を挙げた。
「今ここにいるお兄ちゃんが、異世界の人だったとしてさ」
「異世界じゃない、『パラレルワールド』」
「そんなの、どっちでもいいじゃん。とにかく、今ここにいるお兄ちゃんが、別世界から来た人だったとして」
星井は、探るように夏樹さんを見た。
「本物のお兄ちゃんはどこ?」
「へっ」
「私の、本当のお兄ちゃんは、今どこにいるわけ?」
そうだ──なぜ俺は、今の今までそんな大事なことに思いいたらなかったのだろう。
(俺たちの知っている夏樹さんは?)
彼は今、どこにいる?
答えを求めて、俺は八尾さんを見た。八尾さんは渋い顔つきのまま「おい」と夏樹さんを肘でつついた。
「どう思う?」
「そんなの知らない」
夏樹さんは、ズズズッと黒糖ロイヤルミルクティーをすすった。
「オレがこっちにいるってことは、そいつは『あっち』にいるんじゃない?」
「『あっち』って?」
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