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エピローグ
1・新しい朝
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ふわ、と意識が上昇した。
まるで深い海の底から、急速に浮かびあがってきたかのようだ。
(あれ、私……)
重たいまぶたを、なんとかこじ開ける。
けれど、なにも見えない──いや、見えるものは、あるにはある。
素肌だ。誰かの裸だ。そう、あたたかな裸──
そこまで考えたところで、菜穂は危うく悲鳴をあげそうになった。
そうだ、そうだった。
昨夜、ここで抱かれたのだ。目の前の男──緒形に。
(どうしよう)
あたたかな腕のなかで、菜穂は必死に頭をめぐらせる。
こんなとき、ふつうはどうするのだろう。相手が起きるまで待つのか、このまま二度寝を決め込むのか。ひとり、こっそり腕のなかから抜けだしてもいいものなのか。
何もかもが「はじめて」である菜穂には、わからないことだらけだ。
ただ、彼女を包み込む腕は、ホッとするほどあたたかい。肩が剥き出しの状態であるにも関わらず、寒さをほとんど感じないのが何よりの証拠だ。
(でも、やっぱり何か着たいかも……)
そもそも、この状態で寝ていたこと自体、驚きだ。なにもまとわないまま、抱きしめられて熟睡していただなんて、冷静に考えればさすがに恥ずかしすぎる。
(やっぱりなにか……せめて下着くらいは……)
もちろん、菜穂としては起こさないように気をつけたつもりだった。けれど、少し身じろいだだけでも、年季の入ったベッドは軋んだ音をたてるものらしい。
「ん……」
かすれた声が聞こえて、菜穂はどきりとした。
「あれ……ここ……」
肩にまわされていた手が、するりと離れる。どうやら、緒形は上体を起こしたらしい。
さらに「んー」だの「あー」だの、うなるような声が続いたあと、大きな右手がそっと菜穂の頭を撫でてきた。
「みなべ、起きてる?」
かすれた、どこか舌っ足らずなその問いかけに、菜穂は派手に背中を波打たせた。それが何よりの返答となったようで、緒形は「起きてるじゃん」と小さく笑った。
「おはよ」
「……おはよう」
「いつから起きてた?」
「つい……さっき」
「からだ平気?」
頭を撫でていた手が、するんと背中に移動した。
「大、丈夫」
もぞ、と両足が勝手に動く。そんな自分を気恥ずかしく思いながらも、菜穂はもう一度「大丈夫」と繰り返した。
「どうだった?」
「……え」
「そんな、大したもんじゃなかっただろ」
菜穂は、少し考えこんだあと、小さく首を横に振った。
「すごいこと、しちゃったなって」
昨夜、緒形と分かち合った様々な熱──それらを思いだすだけで、菜穂は布団のなかに潜り込みたくなってしまう。
「すごいね、みんな……こういうこと、当たり前みたいにしてるんだね」
「ああ、まあ……当たり前かどうかは人によるだろうけど」
頬にかかっていた髪を、そっとすくわれた。その指先の優しさに浸っていると、緒形が「嫌だった?」と訊ねてきた。
「え、なにが?」
「なにって、まあ……昨日の、あれこれとか?」
「ううん」
今度は、即答した。
「嫌じゃなかったよ」
たぶん、すごくたいせつに抱いてもらったのだろう。
もちろん、菜穂には「はじめて」だらけだったから、実際のところは比較のしようがない。けれど今、これだけ満たされたような気持ちでいられるのだ。おそらく、間違ってはいないはずだ。
「じゃあ……これからどうする?」
「そうだね……」
まずはシャワーを──と答えかけたところで、以前ホテルで同じような問いかけをされたことを思い出す。あのとき、緒形は「このまま交際を続けるか」と訊ねていたのに、菜穂はずいぶんと的外れな返答をしたのだった。
(でも、今日は……)
ちゃんと答えるべく、菜穂は顔をあげた。
なのに、彼女が目にしたのは、緒形のいたずらっぽい笑顔だ。
「腹減ってるだろ。どこかで軽く食べてから帰る?」
明らかに、あのときの菜穂をなぞらえたような返答。
ばか、と菜穂がそっぽを向いたのは言うまでもない。
まるで深い海の底から、急速に浮かびあがってきたかのようだ。
(あれ、私……)
重たいまぶたを、なんとかこじ開ける。
けれど、なにも見えない──いや、見えるものは、あるにはある。
素肌だ。誰かの裸だ。そう、あたたかな裸──
そこまで考えたところで、菜穂は危うく悲鳴をあげそうになった。
そうだ、そうだった。
昨夜、ここで抱かれたのだ。目の前の男──緒形に。
(どうしよう)
あたたかな腕のなかで、菜穂は必死に頭をめぐらせる。
こんなとき、ふつうはどうするのだろう。相手が起きるまで待つのか、このまま二度寝を決め込むのか。ひとり、こっそり腕のなかから抜けだしてもいいものなのか。
何もかもが「はじめて」である菜穂には、わからないことだらけだ。
ただ、彼女を包み込む腕は、ホッとするほどあたたかい。肩が剥き出しの状態であるにも関わらず、寒さをほとんど感じないのが何よりの証拠だ。
(でも、やっぱり何か着たいかも……)
そもそも、この状態で寝ていたこと自体、驚きだ。なにもまとわないまま、抱きしめられて熟睡していただなんて、冷静に考えればさすがに恥ずかしすぎる。
(やっぱりなにか……せめて下着くらいは……)
もちろん、菜穂としては起こさないように気をつけたつもりだった。けれど、少し身じろいだだけでも、年季の入ったベッドは軋んだ音をたてるものらしい。
「ん……」
かすれた声が聞こえて、菜穂はどきりとした。
「あれ……ここ……」
肩にまわされていた手が、するりと離れる。どうやら、緒形は上体を起こしたらしい。
さらに「んー」だの「あー」だの、うなるような声が続いたあと、大きな右手がそっと菜穂の頭を撫でてきた。
「みなべ、起きてる?」
かすれた、どこか舌っ足らずなその問いかけに、菜穂は派手に背中を波打たせた。それが何よりの返答となったようで、緒形は「起きてるじゃん」と小さく笑った。
「おはよ」
「……おはよう」
「いつから起きてた?」
「つい……さっき」
「からだ平気?」
頭を撫でていた手が、するんと背中に移動した。
「大、丈夫」
もぞ、と両足が勝手に動く。そんな自分を気恥ずかしく思いながらも、菜穂はもう一度「大丈夫」と繰り返した。
「どうだった?」
「……え」
「そんな、大したもんじゃなかっただろ」
菜穂は、少し考えこんだあと、小さく首を横に振った。
「すごいこと、しちゃったなって」
昨夜、緒形と分かち合った様々な熱──それらを思いだすだけで、菜穂は布団のなかに潜り込みたくなってしまう。
「すごいね、みんな……こういうこと、当たり前みたいにしてるんだね」
「ああ、まあ……当たり前かどうかは人によるだろうけど」
頬にかかっていた髪を、そっとすくわれた。その指先の優しさに浸っていると、緒形が「嫌だった?」と訊ねてきた。
「え、なにが?」
「なにって、まあ……昨日の、あれこれとか?」
「ううん」
今度は、即答した。
「嫌じゃなかったよ」
たぶん、すごくたいせつに抱いてもらったのだろう。
もちろん、菜穂には「はじめて」だらけだったから、実際のところは比較のしようがない。けれど今、これだけ満たされたような気持ちでいられるのだ。おそらく、間違ってはいないはずだ。
「じゃあ……これからどうする?」
「そうだね……」
まずはシャワーを──と答えかけたところで、以前ホテルで同じような問いかけをされたことを思い出す。あのとき、緒形は「このまま交際を続けるか」と訊ねていたのに、菜穂はずいぶんと的外れな返答をしたのだった。
(でも、今日は……)
ちゃんと答えるべく、菜穂は顔をあげた。
なのに、彼女が目にしたのは、緒形のいたずらっぽい笑顔だ。
「腹減ってるだろ。どこかで軽く食べてから帰る?」
明らかに、あのときの菜穂をなぞらえたような返答。
ばか、と菜穂がそっぽを向いたのは言うまでもない。
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