上 下
121 / 130
第7話

13・帰路(その2)

しおりを挟む
 覚悟していたことではあったが、幹線道路沿いを歩いていたにも関わらずタクシーはまったくつかまらなかった。それらしい灯りを見かけるたびに期待を込めて足を止めては、「賃走」もしくは「迎車」の表示に肩を落とす、その繰り返しだ。

「三辺、大丈夫? ついてきてるか?」

 前をゆく緒形から大声で問われるたびに、菜穂も「うん、大丈夫!」と声を張りあげる。そうしたやりとりを何度か繰り返すうちに、たまたま冷たい空気が菜穂の喉に突き刺さった。

「ん……っ、けほ……っ」
 
 たまらず、菜穂は咳き込んだ。それに気づいた緒形が「大丈夫か?」と菜穂の背中を上下にさすった。

「大丈、夫……平、気……」
「けど……」
「ほんと、平気……っ、だから……」

 涙目ながらもなんとか顔をあげたそのタイミングで、ばさりと白いかたまりが雪面に落ちた。
 雪だ。それも、おそらく緒形の頭に積もっていたものだ。
 それを見て、ようやく菜穂は、緒形がずっと自分の雪よけになってくれていたことに気がついた。

「ごめん、緒形くん! 雪……」
「いいって。それより大丈夫そうなら、さっさと歩くぞ」

 ザク、ザク、と再びブーツが雪面を踏みしめる。とはいえ、今日菜穂が履いているのは、雪が少ない都会の冬を過ごすためのものだ。このブーツで、大雪の上を歩くことはおそらく想定されていない。

(爪先、感覚なくなりそう……)

 ただでさえ雪の上は冷たいというのに、靴の縫い目からじわりと入り込んできた水分が、さらに体温を奪ってゆく。
 それでも、黙々と歩き続けること数十分──ようやく、商店街のあかりが見えてきた。このまま突き進めば、そう時間がかからず駅前に辿りつくはずだ。

「三辺、走れるか? 横断歩道、渡るぞ」

 待って、と口にする間もなく、緒形はすでに走りはじめている。
 菜穂も、慌ててそのあとを追おうとした。けれど、溝が少なめのブーツの底は、固くなった雪上を容赦なく滑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

処理中です...