ロマンティックの欠片もない

水野七緒

文字の大きさ
上 下
116 / 131
第7話

8・父と息子(その1)

しおりを挟む
 不意打ちのように訪れた元父親との再会に、緒形は身構えることすらできず「あ……」と声を洩らした。
 それで、目の前の男も、緒形が自分の息子だと確信したのだろう。

「やっぱりな。それにしてもお前、背伸びたよなぁ」

 たしかに、元父親から向けられた目線の角度は、緒形の記憶とはいささか違っていた。それにも関わらず「別に。大して伸びてないけど」とそっけなく答えたのは、二十代後半にしては幼すぎる反抗心からだ。
 目を逸らしたままの緒形に、元父親は「そうだったか?」と大して気にした様子もなかった。実際、この男にとってそれはどうでもいいことなのだろう。

「で、そちらが俺の命の恩人?」

 揶揄するような問いかけに、後ろにいた菜穂が慌てたように前に進みでた。

「はじめまして、三辺です」
「はじめまして。……ねえ、菜穂ちゃんって、本当に雪野とはただの同僚?」

 初対面にしては不躾すぎる問いかけに、緒形は不覚にも「父さん!」と口にしてしまっていた。

「やめろよ、いきなりそういうことを訊ねるの!」
「でも、やっぱり気になるだろ。ただの同僚が手術の立会人になってくれるなんて、ふつう考えられないしさぁ」

 もっともすぎるその指摘に、菜穂はいたたまれないとばかりにうつむいた。自分でもおかしなことをした自覚はあるのだろう。やはり、今回のようなお節介は、彼女の本意ではなかったに違いない。

「で、実際のところどうなわけ? 本当にただの同僚? まさかとは思うけど、雪野に弱みを握られて脅されてるなんてこと──」
「ふざけんな、絶対あり得ねぇ!」
「じゃあ、どういう関係?」

 懲りない問いかけに、緒形はあきらめたようにため息をついた。

「元カノだよ」
「同僚です」

 はからずもふたりの返答が重なり、お互いの視線がばちりとぶつかった。菜穂の頬が徐々に赤くなり、ついには耳のふちまでうっすらと朱色に染まる。
 やがて、彼女は弁解するように小さな声で付け加えた。

「お付き合いしていたのは、ずっと昔、です。それこそ、高校時代、といいますか」
「なのに、まだ雪野と仲良くしてるんだ? すごいなぁ、別れて10年は経ってるよね?」
「いいだろ、何年経っていても。あんたには関係ないんだから」

 緒形が遮ったのを機に、菜穂は「飲み物を買ってくるね」と逃げるように病室を出ていってしまった。もしかしたら、最初から頃合いを見てふたりきりにするつもりだったのかもしれないが、それを「ありがたいか」と問われれば、なんとも微妙なところだ。
 この男と、ふたりきりになりたくない──その一方で、対峙しているところを見られたくもない。我ながら面倒くさいことだと、緒形はもはやうんざりしつつある。

「とりあえず入れば? 手術までまだ時間あるみたいだし」

 元父親は、ベッドを囲んでいたベージュのカーテンを勢いよく引いた。その手に歯磨きセットがあることに気づいて、緒形は「歯磨き中?」と毒にも薬にもならないような問いかけをした。

「もう終わった。朝から何も食べてないのに歯磨きとか、へんな感じだよ」

 不満そうに答えながら、元父親は軽く腹をさすっている。

「あー腹減った。喉も渇いてるし」
「手術前って飲み食いダメなんだっけ?」
「らしいぞ。飲んでいいのは経口補水液とか、そういうのだけ」

 それも、どうやら朝飲んだきりらしい。

「早く終わんねぇかな。うまいもん食いてぇよ」
「いや、手術後も当分食事は無理だろ」
「そうなのか?」
「そうだって! 説明受けてないのかよ」
「あーそういえば『入院の手引き』みたいなのを渡されたなぁ」

 元父親は気怠そうに頭を掻くと、ベッドの上に腰を下ろした。
 10年前より老けたとは思うが、特に痩せても太ってもいない。顔色もごくふつうで、左腕が点滴につながれていなければ、病人には見えなかったかもしれない。

「なんか……ふつうだな」

 思わずそうこぼすと、元父親も「たしかになぁ」と同意した。けれど、そのあと続いた言葉は、緒形が思っていたものとはまるで違っていた。

「次にお前と会うことがあったら、絶対一発殴られるって覚悟してたんだけどなぁ」
「──は?」
「お前、ふつうすぎだろ。なんか拍子抜けしたわ」

 いや、そういう意味で「ふつう」って言ったんじゃねえし!
 心のなかで吐き捨てた緒形だったが、当然それでは相手に届くはずもない。
 しかも、元父親はさらなる爆弾を投下してきた。

「で、雪野はいつ菜穂ちゃんとよりを戻すんだ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...