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第7話
8・父と息子(その1)
しおりを挟む 不意打ちのように訪れた元父親との再会に、緒形は身構えることすらできず「あ……」と声を洩らした。
それで、目の前の男も、緒形が自分の息子だと確信したのだろう。
「やっぱりな。それにしてもお前、背伸びたよなぁ」
たしかに、元父親から向けられた目線の角度は、緒形の記憶とはいささか違っていた。それにも関わらず「別に。大して伸びてないけど」とそっけなく答えたのは、二十代後半にしては幼すぎる反抗心からだ。
目を逸らしたままの緒形に、元父親は「そうだったか?」と大して気にした様子もなかった。実際、この男にとってそれはどうでもいいことなのだろう。
「で、そちらが俺の命の恩人?」
揶揄するような問いかけに、後ろにいた菜穂が慌てたように前に進みでた。
「はじめまして、三辺です」
「はじめまして。……ねえ、菜穂ちゃんって、本当に雪野とはただの同僚?」
初対面にしては不躾すぎる問いかけに、緒形は不覚にも「父さん!」と口にしてしまっていた。
「やめろよ、いきなりそういうことを訊ねるの!」
「でも、やっぱり気になるだろ。ただの同僚が手術の立会人になってくれるなんて、ふつう考えられないしさぁ」
もっともすぎるその指摘に、菜穂はいたたまれないとばかりにうつむいた。自分でもおかしなことをした自覚はあるのだろう。やはり、今回のようなお節介は、彼女の本意ではなかったに違いない。
「で、実際のところどうなわけ? 本当にただの同僚? まさかとは思うけど、雪野に弱みを握られて脅されてるなんてこと──」
「ふざけんな、絶対あり得ねぇ!」
「じゃあ、どういう関係?」
懲りない問いかけに、緒形はあきらめたようにため息をついた。
「元カノだよ」
「同僚です」
はからずもふたりの返答が重なり、お互いの視線がばちりとぶつかった。菜穂の頬が徐々に赤くなり、ついには耳のふちまでうっすらと朱色に染まる。
やがて、彼女は弁解するように小さな声で付け加えた。
「お付き合いしていたのは、ずっと昔、です。それこそ、高校時代、といいますか」
「なのに、まだ雪野と仲良くしてるんだ? すごいなぁ、別れて10年は経ってるよね?」
「いいだろ、何年経っていても。あんたには関係ないんだから」
緒形が遮ったのを機に、菜穂は「飲み物を買ってくるね」と逃げるように病室を出ていってしまった。もしかしたら、最初から頃合いを見てふたりきりにするつもりだったのかもしれないが、それを「ありがたいか」と問われれば、なんとも微妙なところだ。
この男と、ふたりきりになりたくない──その一方で、対峙しているところを見られたくもない。我ながら面倒くさいことだと、緒形はもはやうんざりしつつある。
「とりあえず入れば? 手術までまだ時間あるみたいだし」
元父親は、ベッドを囲んでいたベージュのカーテンを勢いよく引いた。その手に歯磨きセットがあることに気づいて、緒形は「歯磨き中?」と毒にも薬にもならないような問いかけをした。
「もう終わった。朝から何も食べてないのに歯磨きとか、へんな感じだよ」
不満そうに答えながら、元父親は軽く腹をさすっている。
「あー腹減った。喉も渇いてるし」
「手術前って飲み食いダメなんだっけ?」
「らしいぞ。飲んでいいのは経口補水液とか、そういうのだけ」
それも、どうやら朝飲んだきりらしい。
「早く終わんねぇかな。うまいもん食いてぇよ」
「いや、手術後も当分食事は無理だろ」
「そうなのか?」
「そうだって! 説明受けてないのかよ」
「あーそういえば『入院の手引き』みたいなのを渡されたなぁ」
元父親は気怠そうに頭を掻くと、ベッドの上に腰を下ろした。
10年前より老けたとは思うが、特に痩せても太ってもいない。顔色もごくふつうで、左腕が点滴につながれていなければ、病人には見えなかったかもしれない。
「なんか……ふつうだな」
思わずそうこぼすと、元父親も「たしかになぁ」と同意した。けれど、そのあと続いた言葉は、緒形が思っていたものとはまるで違っていた。
「次にお前と会うことがあったら、絶対一発殴られるって覚悟してたんだけどなぁ」
「──は?」
「お前、ふつうすぎだろ。なんか拍子抜けしたわ」
いや、そういう意味で「ふつう」って言ったんじゃねえし!
心のなかで吐き捨てた緒形だったが、当然それでは相手に届くはずもない。
しかも、元父親はさらなる爆弾を投下してきた。
「で、雪野はいつ菜穂ちゃんとよりを戻すんだ?」
それで、目の前の男も、緒形が自分の息子だと確信したのだろう。
「やっぱりな。それにしてもお前、背伸びたよなぁ」
たしかに、元父親から向けられた目線の角度は、緒形の記憶とはいささか違っていた。それにも関わらず「別に。大して伸びてないけど」とそっけなく答えたのは、二十代後半にしては幼すぎる反抗心からだ。
目を逸らしたままの緒形に、元父親は「そうだったか?」と大して気にした様子もなかった。実際、この男にとってそれはどうでもいいことなのだろう。
「で、そちらが俺の命の恩人?」
揶揄するような問いかけに、後ろにいた菜穂が慌てたように前に進みでた。
「はじめまして、三辺です」
「はじめまして。……ねえ、菜穂ちゃんって、本当に雪野とはただの同僚?」
初対面にしては不躾すぎる問いかけに、緒形は不覚にも「父さん!」と口にしてしまっていた。
「やめろよ、いきなりそういうことを訊ねるの!」
「でも、やっぱり気になるだろ。ただの同僚が手術の立会人になってくれるなんて、ふつう考えられないしさぁ」
もっともすぎるその指摘に、菜穂はいたたまれないとばかりにうつむいた。自分でもおかしなことをした自覚はあるのだろう。やはり、今回のようなお節介は、彼女の本意ではなかったに違いない。
「で、実際のところどうなわけ? 本当にただの同僚? まさかとは思うけど、雪野に弱みを握られて脅されてるなんてこと──」
「ふざけんな、絶対あり得ねぇ!」
「じゃあ、どういう関係?」
懲りない問いかけに、緒形はあきらめたようにため息をついた。
「元カノだよ」
「同僚です」
はからずもふたりの返答が重なり、お互いの視線がばちりとぶつかった。菜穂の頬が徐々に赤くなり、ついには耳のふちまでうっすらと朱色に染まる。
やがて、彼女は弁解するように小さな声で付け加えた。
「お付き合いしていたのは、ずっと昔、です。それこそ、高校時代、といいますか」
「なのに、まだ雪野と仲良くしてるんだ? すごいなぁ、別れて10年は経ってるよね?」
「いいだろ、何年経っていても。あんたには関係ないんだから」
緒形が遮ったのを機に、菜穂は「飲み物を買ってくるね」と逃げるように病室を出ていってしまった。もしかしたら、最初から頃合いを見てふたりきりにするつもりだったのかもしれないが、それを「ありがたいか」と問われれば、なんとも微妙なところだ。
この男と、ふたりきりになりたくない──その一方で、対峙しているところを見られたくもない。我ながら面倒くさいことだと、緒形はもはやうんざりしつつある。
「とりあえず入れば? 手術までまだ時間あるみたいだし」
元父親は、ベッドを囲んでいたベージュのカーテンを勢いよく引いた。その手に歯磨きセットがあることに気づいて、緒形は「歯磨き中?」と毒にも薬にもならないような問いかけをした。
「もう終わった。朝から何も食べてないのに歯磨きとか、へんな感じだよ」
不満そうに答えながら、元父親は軽く腹をさすっている。
「あー腹減った。喉も渇いてるし」
「手術前って飲み食いダメなんだっけ?」
「らしいぞ。飲んでいいのは経口補水液とか、そういうのだけ」
それも、どうやら朝飲んだきりらしい。
「早く終わんねぇかな。うまいもん食いてぇよ」
「いや、手術後も当分食事は無理だろ」
「そうなのか?」
「そうだって! 説明受けてないのかよ」
「あーそういえば『入院の手引き』みたいなのを渡されたなぁ」
元父親は気怠そうに頭を掻くと、ベッドの上に腰を下ろした。
10年前より老けたとは思うが、特に痩せても太ってもいない。顔色もごくふつうで、左腕が点滴につながれていなければ、病人には見えなかったかもしれない。
「なんか……ふつうだな」
思わずそうこぼすと、元父親も「たしかになぁ」と同意した。けれど、そのあと続いた言葉は、緒形が思っていたものとはまるで違っていた。
「次にお前と会うことがあったら、絶対一発殴られるって覚悟してたんだけどなぁ」
「──は?」
「お前、ふつうすぎだろ。なんか拍子抜けしたわ」
いや、そういう意味で「ふつう」って言ったんじゃねえし!
心のなかで吐き捨てた緒形だったが、当然それでは相手に届くはずもない。
しかも、元父親はさらなる爆弾を投下してきた。
「で、雪野はいつ菜穂ちゃんとよりを戻すんだ?」
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