ロマンティックの欠片もない

水野七緒

文字の大きさ
上 下
112 / 131
第7話

4・その後……

しおりを挟む
 それから数週間が過ぎ、その間にカレンダーが1枚めくれた。「師走」の名のとおり毎日は忙しく、緒形も華やかに彩られた街中を足早に歩きまわる日々を送っていた。
 そんななか、緒形のもとに一通のメールが届いた。差出人は元父親。それは、まだいい。彼が眉をひそめたのは、そのメールの件名だ。

 ──「菜穂ちゃんへ」

 昼食時の牛丼屋で、緒形は生玉子を掻き混ぜていた手を思わず止めた。

(は? なんだ、これ……「菜穂ちゃん」……菜穂ちゃん?)

 いつのまに、そんな呼び方をするようになったのか。苛立ちのまま、緒形は危うく削除アイコンを押しそうになる。それをすんでのところで止めたのは、ひとえに彼の意地とプライドのたまものだ。
 緒形は、まだ半分ほどしか混ざっていなかった生玉子を牛丼の器に移すと、さらに紅生姜を追加した。それを行儀悪くも口いっぱいに頬張って、しつこいくらい咀嚼しながら、メール画面の右上にある「転送」を選択した。
 宛先は、もちろん三辺菜穂。メールの内容は一切読まず、ただ元父親のメールアドレスだけを削除した。
 口内の食べ物を飲み込むと同時に、送信アイコンをタップした。これで、仲介役としての緒形の作業は終了だ。
 菜穂が元父親の手術の立会人を引き受けると言い出してから、こうしたやりとりを何度も繰り返していた。面倒くさいことこの上なかったが、それでも「あの男の連絡先を教えたくない」という気持ちのほうが未だ勝っている。あるいは、自分の知らないところでふたりがやりとりをするのが許せないのかもしれない。もっとも、その理由を問われれば、緒形としても返答に困るのだが。
 薄い味噌汁を飲み干したところで、再びメールが届いた。今度は菜穂からだ。元父親への返信かと思いきや、件名は「緒形くんへ」――すでに嫌な予感しかしない。
 緒形は、渋々メールをタップした。案の定、そこには知りたくもないことが記されていた。

 ――「お父さんの手術、今週土曜日の15時からだから」

 知るか。そんなの俺には関係ない。

 ――「今のところ、12時40分発の新幹線で向かう予定」

 だから、関係ないって!
 心のなかでそう吐き捨てて、緒形はスマートフォンをテーブルに伏せた。もちろん返信はしなかった。しつこいようだが、この件で緒形は折れるつもりはこれっぽっちもない。
 そのまま営業先を数軒まわり、日が傾きはじめたころに緒形は帰社した。エレベーター前でたまたま出くわした同僚は、鼻の頭を真っ赤に染めている。

「トナカイじゃん」
「うるせぇ。寒かったから仕方ねぇだろ」

 たしかに、今日は外気が驚くほど冷たい。ビルの隙間から吹きつけてくる風は、肌に刺さるようで、緒形も辟易していた。

「そういえば、今週末大雪らしいぞ」
「マジで?」
「マジで。あーあ、映画行きたくねぇなぁ」
「行かなきゃいいだろ」
「それがさ、うちの彼女が推してる俳優の舞台挨拶があるんだと」

 電車とか止まったら最悪じゃん、と同僚は深々とため息をつく。
 緒形の脳裏に、数時間前のメールの文面がよみがえった。

 ――「12時40分発の新幹線で向かう予定」

 だから何だ、自分には関係ないことだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

Re.start ~学校一イケメンの元彼が死に物狂いで復縁を迫ってきます~

風音
恋愛
高校三年生の菊池梓は教師の高梨と交際中。ある日、元彼 蓮に密会現場を目撃されてしまい、復縁宣言される。蓮は心の距離を縮めようと接近を試みるが言葉の履き違えから不治の病と勘違いされる。慎重に恋愛を進める高梨とは対照的に蓮は度重なる嫌がらせと戦う梓を支えていく。後夜祭の時に密会している梓達の前に現れた蓮は梓の手を取って高梨に堂々とライバル宣言をする。そして、後夜祭のステージ上で付き合って欲しいと言い…。 ※ この物語はフィクションです。20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。 この作品は「魔法のiらんど、野いちご、ベリーズカフェ、エブリスタ、小説家になろう」にも掲載してます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

処理中です...