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第7話
4・その後……
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それから数週間が過ぎ、その間にカレンダーが1枚めくれた。「師走」の名のとおり毎日は忙しく、緒形も華やかに彩られた街中を足早に歩きまわる日々を送っていた。
そんななか、緒形のもとに一通のメールが届いた。差出人は元父親。それは、まだいい。彼が眉をひそめたのは、そのメールの件名だ。
──「菜穂ちゃんへ」
昼食時の牛丼屋で、緒形は生玉子を掻き混ぜていた手を思わず止めた。
(は? なんだ、これ……「菜穂ちゃん」……菜穂ちゃん?)
いつのまに、そんな呼び方をするようになったのか。苛立ちのまま、緒形は危うく削除アイコンを押しそうになる。それを既のところで止めたのは、ひとえに彼の意地とプライドのたまものだ。
緒形は、まだ半分ほどしか混ざっていなかった生玉子を牛丼の器に移すと、さらに紅生姜を追加した。それを行儀悪くも口いっぱいに頬張って、しつこいくらい咀嚼しながら、メール画面の右上にある「転送」を選択した。
宛先は、もちろん三辺菜穂。メールの内容は一切読まず、ただ元父親のメールアドレスだけを削除した。
口内の食べ物を飲み込むと同時に、送信アイコンをタップした。これで、仲介役としての緒形の作業は終了だ。
菜穂が元父親の手術の立会人を引き受けると言い出してから、こうしたやりとりを何度も繰り返していた。面倒くさいことこの上なかったが、それでも「あの男の連絡先を教えたくない」という気持ちのほうが未だ勝っている。あるいは、自分の知らないところでふたりがやりとりをするのが許せないのかもしれない。もっとも、その理由を問われれば、緒形としても返答に困るのだが。
薄い味噌汁を飲み干したところで、再びメールが届いた。今度は菜穂からだ。元父親への返信かと思いきや、件名は「緒形くんへ」――すでに嫌な予感しかしない。
緒形は、渋々メールをタップした。案の定、そこには知りたくもないことが記されていた。
――「お父さんの手術、今週土曜日の15時からだから」
知るか。そんなの俺には関係ない。
――「今のところ、12時40分発の新幹線で向かう予定」
だから、関係ないって!
心のなかでそう吐き捨てて、緒形はスマートフォンをテーブルに伏せた。もちろん返信はしなかった。しつこいようだが、この件で緒形は折れるつもりはこれっぽっちもない。
そのまま営業先を数軒まわり、日が傾きはじめたころに緒形は帰社した。エレベーター前でたまたま出くわした同僚は、鼻の頭を真っ赤に染めている。
「トナカイじゃん」
「うるせぇ。寒かったから仕方ねぇだろ」
たしかに、今日は外気が驚くほど冷たい。ビルの隙間から吹きつけてくる風は、肌に刺さるようで、緒形も辟易していた。
「そういえば、今週末大雪らしいぞ」
「マジで?」
「マジで。あーあ、映画行きたくねぇなぁ」
「行かなきゃいいだろ」
「それがさ、うちの彼女が推してる俳優の舞台挨拶があるんだと」
電車とか止まったら最悪じゃん、と同僚は深々とため息をつく。
緒形の脳裏に、数時間前のメールの文面がよみがえった。
――「12時40分発の新幹線で向かう予定」
だから何だ、自分には関係ないことだ。
そんななか、緒形のもとに一通のメールが届いた。差出人は元父親。それは、まだいい。彼が眉をひそめたのは、そのメールの件名だ。
──「菜穂ちゃんへ」
昼食時の牛丼屋で、緒形は生玉子を掻き混ぜていた手を思わず止めた。
(は? なんだ、これ……「菜穂ちゃん」……菜穂ちゃん?)
いつのまに、そんな呼び方をするようになったのか。苛立ちのまま、緒形は危うく削除アイコンを押しそうになる。それを既のところで止めたのは、ひとえに彼の意地とプライドのたまものだ。
緒形は、まだ半分ほどしか混ざっていなかった生玉子を牛丼の器に移すと、さらに紅生姜を追加した。それを行儀悪くも口いっぱいに頬張って、しつこいくらい咀嚼しながら、メール画面の右上にある「転送」を選択した。
宛先は、もちろん三辺菜穂。メールの内容は一切読まず、ただ元父親のメールアドレスだけを削除した。
口内の食べ物を飲み込むと同時に、送信アイコンをタップした。これで、仲介役としての緒形の作業は終了だ。
菜穂が元父親の手術の立会人を引き受けると言い出してから、こうしたやりとりを何度も繰り返していた。面倒くさいことこの上なかったが、それでも「あの男の連絡先を教えたくない」という気持ちのほうが未だ勝っている。あるいは、自分の知らないところでふたりがやりとりをするのが許せないのかもしれない。もっとも、その理由を問われれば、緒形としても返答に困るのだが。
薄い味噌汁を飲み干したところで、再びメールが届いた。今度は菜穂からだ。元父親への返信かと思いきや、件名は「緒形くんへ」――すでに嫌な予感しかしない。
緒形は、渋々メールをタップした。案の定、そこには知りたくもないことが記されていた。
――「お父さんの手術、今週土曜日の15時からだから」
知るか。そんなの俺には関係ない。
――「今のところ、12時40分発の新幹線で向かう予定」
だから、関係ないって!
心のなかでそう吐き捨てて、緒形はスマートフォンをテーブルに伏せた。もちろん返信はしなかった。しつこいようだが、この件で緒形は折れるつもりはこれっぽっちもない。
そのまま営業先を数軒まわり、日が傾きはじめたころに緒形は帰社した。エレベーター前でたまたま出くわした同僚は、鼻の頭を真っ赤に染めている。
「トナカイじゃん」
「うるせぇ。寒かったから仕方ねぇだろ」
たしかに、今日は外気が驚くほど冷たい。ビルの隙間から吹きつけてくる風は、肌に刺さるようで、緒形も辟易していた。
「そういえば、今週末大雪らしいぞ」
「マジで?」
「マジで。あーあ、映画行きたくねぇなぁ」
「行かなきゃいいだろ」
「それがさ、うちの彼女が推してる俳優の舞台挨拶があるんだと」
電車とか止まったら最悪じゃん、と同僚は深々とため息をつく。
緒形の脳裏に、数時間前のメールの文面がよみがえった。
――「12時40分発の新幹線で向かう予定」
だから何だ、自分には関係ないことだ。
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