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第6話
18・対峙
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横断歩道を渡りきったところで手を放されると思いきや、緒形はそのままどんどん先へと進んでいく。
「緒形くん?」
菜穂は、面食らった。
「緒形くん、聞こえてる?」
「聞こえてる」
短い返答があったが、緒形の足が止まる気配はない。そうなると、菜穂もただ着いていくしかない。
行き先がわからないまま駅前を抜け、ガード下を通過する。
人通りがどんどん少なくなるなか、ようやく緒形が足を止めたのは、とある高級アパレルショップの軒下だった。ガラス壁で囲まれた店内にはマネキンを照らすためのあかりが薄く灯っており、そのせいで緒形の顔も普段とは違った陰りを帯びて見えた。
「あのさ」
菜穂に向けられた緒形の眼差しもまた、いつになく仄暗かった。
「なんだよ、さっきの。意味わからないんだけど。あの男がなんだって?」
その声に威圧するような気配が漂っているのは、おそらく気のせいではないはずだ。だからこそ、菜穂はまっすぐ緒形を見つめ返した。
「言葉のままの意味だよ。手術の立会人、本当に断ってしまっていいの?」
「いいに決まってるだろ」
緒形の返答に、迷いはなかった。
「俺も母さんも、絶対に引き受けない。その理由は、さっき話したつもりだったけど」
「わかってる。それを踏まえた上で、訊いているの」
「……」
「本当にいいの? 本当に断ってしまうの?」
決して視線を逸らさない菜穂を、緒形もまた無言で見つめ返す。車道を通り抜けていくタクシーが、彼の顔に新たな陰影をもたらした。
しばし沈黙が続いたあと、緒形は「へぇ」と皮肉っぽく唇を歪めた。
「なんか意外……三辺って、こんなにおせっかいだったっけ?」
「そうみたい。自分でもびっくりしてる」
菜穂は、お腹のあたりにグッと力を入れる。ここで怯むわけにないかない。怯んだら最後、確実に緒形のペースにはまってしまう。
「緒形くんがお父さんを拒絶する気持ち、ぜんぜんわからないわけじゃないよ。私が緒形くんの立場なら、きっと一生許せないって思うし」
「だったら……」
「でも緒形くん、こうも言ってたよね。『離婚してから、ずっと連絡してこなかったくせに』って」
菜穂の指摘に、緒形は「だから何?」と身構えるように顎を引く。
「その理由、考えなかった?」
「……」
「考えたよね、緒形くんなら」
菜穂よりもずっと、心の機微に聡いひとだ。たとえどんなに憎んでいたとしても、突然連絡をよこした相手の真意を気にしないはずがない。
「その理由、聞かなくてもいいの? 知りたいとは思わないの?」
「……」
「このまま無視して、答えあわせもできないままで──緒形くん、本当に後悔しない?」
確認するように問いかける菜穂から、緒形はすっと視線を外す。ただし、そこから感じ取れるのは「逃げ」や「困惑」、「気まずさ」のようなものではない。強いて言うなら、カードゲーム中に持ち札を確認するような──次の一手を考えているかのような「不穏さ」だろうか。
やがて、緒形は「なあ」と再び視線を合わせてきた。
「そんなに、俺に『立会人』を引き受けてほしい?」
「……え?」
「三辺がそこまで言うなら、引き受けてもいいよ」
ただし、と耳打ちするように、緒形は顔を近づけてきた。
「三辺が抱かせてくれたら、だけど」
「緒形くん?」
菜穂は、面食らった。
「緒形くん、聞こえてる?」
「聞こえてる」
短い返答があったが、緒形の足が止まる気配はない。そうなると、菜穂もただ着いていくしかない。
行き先がわからないまま駅前を抜け、ガード下を通過する。
人通りがどんどん少なくなるなか、ようやく緒形が足を止めたのは、とある高級アパレルショップの軒下だった。ガラス壁で囲まれた店内にはマネキンを照らすためのあかりが薄く灯っており、そのせいで緒形の顔も普段とは違った陰りを帯びて見えた。
「あのさ」
菜穂に向けられた緒形の眼差しもまた、いつになく仄暗かった。
「なんだよ、さっきの。意味わからないんだけど。あの男がなんだって?」
その声に威圧するような気配が漂っているのは、おそらく気のせいではないはずだ。だからこそ、菜穂はまっすぐ緒形を見つめ返した。
「言葉のままの意味だよ。手術の立会人、本当に断ってしまっていいの?」
「いいに決まってるだろ」
緒形の返答に、迷いはなかった。
「俺も母さんも、絶対に引き受けない。その理由は、さっき話したつもりだったけど」
「わかってる。それを踏まえた上で、訊いているの」
「……」
「本当にいいの? 本当に断ってしまうの?」
決して視線を逸らさない菜穂を、緒形もまた無言で見つめ返す。車道を通り抜けていくタクシーが、彼の顔に新たな陰影をもたらした。
しばし沈黙が続いたあと、緒形は「へぇ」と皮肉っぽく唇を歪めた。
「なんか意外……三辺って、こんなにおせっかいだったっけ?」
「そうみたい。自分でもびっくりしてる」
菜穂は、お腹のあたりにグッと力を入れる。ここで怯むわけにないかない。怯んだら最後、確実に緒形のペースにはまってしまう。
「緒形くんがお父さんを拒絶する気持ち、ぜんぜんわからないわけじゃないよ。私が緒形くんの立場なら、きっと一生許せないって思うし」
「だったら……」
「でも緒形くん、こうも言ってたよね。『離婚してから、ずっと連絡してこなかったくせに』って」
菜穂の指摘に、緒形は「だから何?」と身構えるように顎を引く。
「その理由、考えなかった?」
「……」
「考えたよね、緒形くんなら」
菜穂よりもずっと、心の機微に聡いひとだ。たとえどんなに憎んでいたとしても、突然連絡をよこした相手の真意を気にしないはずがない。
「その理由、聞かなくてもいいの? 知りたいとは思わないの?」
「……」
「このまま無視して、答えあわせもできないままで──緒形くん、本当に後悔しない?」
確認するように問いかける菜穂から、緒形はすっと視線を外す。ただし、そこから感じ取れるのは「逃げ」や「困惑」、「気まずさ」のようなものではない。強いて言うなら、カードゲーム中に持ち札を確認するような──次の一手を考えているかのような「不穏さ」だろうか。
やがて、緒形は「なあ」と再び視線を合わせてきた。
「そんなに、俺に『立会人』を引き受けてほしい?」
「……え?」
「三辺がそこまで言うなら、引き受けてもいいよ」
ただし、と耳打ちするように、緒形は顔を近づけてきた。
「三辺が抱かせてくれたら、だけど」
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