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第6話
8・どろりとした感情
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左隣から聞こえてきた呟きに、緒形は「ん?」と顔をあげた。
たしかに、表通りでは白いものがふわふわと舞っている。けれど、雪にしてはどうも動きが妙だ。
「……あ、違うね、これ」
「だな……照明か?」
おそらく牛丼屋の上階にある店が、通行人の足を止めるために何か仕掛けているのだろう。実際、通りかかったカップルや大学生の集団が、興味深そうに上方を見あげている。
「雪かと思っちゃった」
「そうか? 雪にしては動きが不自然だろ。そもそも地面も濡れてないし」
これでこの話題は終わるかと思いきや、菜穂は意外なことを言いだした。
「緒形くんがいるからかも」
「……俺?」
「私のなかで、雪といえば緒形くんなんだよね」
ついこぼれ出たかのような、独り言めいた言葉。
緒形は、生玉子を掻き混ぜる手を止めた。
菜穂は、あいかわらず光の粒を眺めている。この様子だと、特に緒形の返答は求めていないのかもしれない。
それでも、緒形の胸に様々な感情が押し寄せてきた。
彼らしくない感傷、好奇心、あるいは妙なくすぐったさ。その一方で、なぜ「雪」と自分がつながっているのか──その理由を想像しただけで、気持ちはずんと重くなる。
「それって、俺の名前のせい?」
つい、口調に皮肉げな色が混じった。
菜穂は、ふいを突かれたように目を丸くした。
「ううん──冬にお別れしたから、かな」
どこか歯切れの悪い物言いに、緒形は嘘の気配を嗅ぎとった。
そういえば、菜穂は、緒形が自分の名前を嫌っていることを知っているのだった。だから、こうしたもっともらしい嘘をついたのだろう。
ただ、そんな彼女でも、嫌う理由までは知らないはずだ。菜穂に限らず、歴代の恋人の誰にも、緒形はこれまで打ち明けたことがない。
手元の小鉢には、まだ混ざりきっていない白身が残っている。どろりとした、まるで今の自分の心情そのもののようなそれを、緒形は一気に丼に流し込んだ。
そして、事もなげに口を開いた。それこそ、明日の天気の話でもするかのように。
「三辺さ、このあと時間ある?」
「……え?」
「もし時間があるなら、もうちょっと俺に付き合わない?」
たしかに、表通りでは白いものがふわふわと舞っている。けれど、雪にしてはどうも動きが妙だ。
「……あ、違うね、これ」
「だな……照明か?」
おそらく牛丼屋の上階にある店が、通行人の足を止めるために何か仕掛けているのだろう。実際、通りかかったカップルや大学生の集団が、興味深そうに上方を見あげている。
「雪かと思っちゃった」
「そうか? 雪にしては動きが不自然だろ。そもそも地面も濡れてないし」
これでこの話題は終わるかと思いきや、菜穂は意外なことを言いだした。
「緒形くんがいるからかも」
「……俺?」
「私のなかで、雪といえば緒形くんなんだよね」
ついこぼれ出たかのような、独り言めいた言葉。
緒形は、生玉子を掻き混ぜる手を止めた。
菜穂は、あいかわらず光の粒を眺めている。この様子だと、特に緒形の返答は求めていないのかもしれない。
それでも、緒形の胸に様々な感情が押し寄せてきた。
彼らしくない感傷、好奇心、あるいは妙なくすぐったさ。その一方で、なぜ「雪」と自分がつながっているのか──その理由を想像しただけで、気持ちはずんと重くなる。
「それって、俺の名前のせい?」
つい、口調に皮肉げな色が混じった。
菜穂は、ふいを突かれたように目を丸くした。
「ううん──冬にお別れしたから、かな」
どこか歯切れの悪い物言いに、緒形は嘘の気配を嗅ぎとった。
そういえば、菜穂は、緒形が自分の名前を嫌っていることを知っているのだった。だから、こうしたもっともらしい嘘をついたのだろう。
ただ、そんな彼女でも、嫌う理由までは知らないはずだ。菜穂に限らず、歴代の恋人の誰にも、緒形はこれまで打ち明けたことがない。
手元の小鉢には、まだ混ざりきっていない白身が残っている。どろりとした、まるで今の自分の心情そのもののようなそれを、緒形は一気に丼に流し込んだ。
そして、事もなげに口を開いた。それこそ、明日の天気の話でもするかのように。
「三辺さ、このあと時間ある?」
「……え?」
「もし時間があるなら、もうちょっと俺に付き合わない?」
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