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第6話
3・遭遇
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それと、ほぼ同時刻──同じフロアにて。
『えー、でもまだ納期まで時間ありますよねぇ?』
受話口から届いたクライアントの気怠げな声に、緒形は頬を引きつらせつつも「ええ、そうですね」と返していた。
「ですが、近々新しいキャンペーンを行うと社長さんから伺っておりますし、そのあたりの告知をどうするのかも踏まえて、今月は早めにご相談させていただければと……」
『だったら来週以降にしてもらえません? 私、今週は忙しくて』
「……かしこまりました、来週以降ですね」
絶対、月曜日の午前中に連絡をいれてやる、と緒形は心に決めて、手帳に書き記す。
『まあ、でも、キャンペーンっていっても、そんな大したものじゃないですよぉ。ママ……じゃなくて、社長もそう言ってましたし。そんな、今から気合いれなくても大丈夫ですって』
それじゃ、と通話はサクッと切られ、緒形は深く息をついた。
(なにが「大丈夫」だよ、ふざけんな)
その「ママ」こと社長が、校了寸前だった掲載内容にあれこれクレームをつけてきた結果が、先月の騒動に発展したのだ。
緒形としては、二度と同じことを繰り返したくない。そのため、今月はこうして早めにクライアントに連絡をしたわけだが、社長の実子である広報担当者は、どうもそのあたりのことがわかっていないようだ。
(これは、たしかに苦労するよな)
前担当者が胃薬を常備していたことを思い出したところで、再びスマートフォンが着信を伝えてきた。
てっきり取引先かと思い、アイコンをタップしかけた指先を、緒形はすんでのところでかろうじて止めた。
登録していない番号──だが、大いに見覚えがある。
緒形は、息をつめたまま、その番号を睨みつけた。
5秒……10秒……15秒が経過したところで、ようやく留守電機能が作動する。さらに数十秒ほど待ち、通話が切れたところで緒形は着信履歴を呼びだした。
案の定、発信者はあの男──緒形の元父親だ。
緒形は短く舌打ちすると、すぐさま着信拒否の設定をした。どうして昨夜のうちにやっておかなかったのか、と苦い思いがこみ上げる。
「ああ、くそ!」
敢えて声に出したのは、気分を一新したかったからだ。
今日は、このあとマネージャーとともに新規の取引先に出向くことになっている。イライラした気持ちを、いつまでも引きずっていたくはない。
気分転換も兼ねて、コンビニで缶コーヒーでも買ってこよう──いや、せっかくだし、カフェでテイクアウトでもいいか。
そんなことを考えながらエレベーター前までやってきたところで、緒形はふと足を止めた。
(……三辺?)
そうだ、あの後ろ姿は三辺菜穂だ、間違いない。
時間帯からすると、話しこんでいる相手と昼食にでも行くのだろうか――そう考えたところで、緒形は目をみひらいた。
(あいつ……)
よくよく見ると、菜穂と会話をしているのは浜島だ。かつて、菜穂は処女らしいからという理由だけで、興味本位に手を出そうとしていた男。
緒形のなかで、彼の印象はすこぶる悪い。わざわざデートを邪魔してやったくらいには腹立たしい人物だ。
そんな男と、彼女がなぜ?
その答えを見つけだすよりも早く、緒形は足を踏み出していた。
普段ならば、こんな野暮なことは絶対にしない。相手がどんなにいけすかない人物であろうと、他人の交友関係に口を出すものではないし、逆の立場なら絶対に踏み込んでほしくない。
けれど、これは別だ。緒形のなかでは「別」なのだ。
「おつかれー」
とっておきの営業用スマイルとともに、緒形はふたりの間に割り込んだ。
『えー、でもまだ納期まで時間ありますよねぇ?』
受話口から届いたクライアントの気怠げな声に、緒形は頬を引きつらせつつも「ええ、そうですね」と返していた。
「ですが、近々新しいキャンペーンを行うと社長さんから伺っておりますし、そのあたりの告知をどうするのかも踏まえて、今月は早めにご相談させていただければと……」
『だったら来週以降にしてもらえません? 私、今週は忙しくて』
「……かしこまりました、来週以降ですね」
絶対、月曜日の午前中に連絡をいれてやる、と緒形は心に決めて、手帳に書き記す。
『まあ、でも、キャンペーンっていっても、そんな大したものじゃないですよぉ。ママ……じゃなくて、社長もそう言ってましたし。そんな、今から気合いれなくても大丈夫ですって』
それじゃ、と通話はサクッと切られ、緒形は深く息をついた。
(なにが「大丈夫」だよ、ふざけんな)
その「ママ」こと社長が、校了寸前だった掲載内容にあれこれクレームをつけてきた結果が、先月の騒動に発展したのだ。
緒形としては、二度と同じことを繰り返したくない。そのため、今月はこうして早めにクライアントに連絡をしたわけだが、社長の実子である広報担当者は、どうもそのあたりのことがわかっていないようだ。
(これは、たしかに苦労するよな)
前担当者が胃薬を常備していたことを思い出したところで、再びスマートフォンが着信を伝えてきた。
てっきり取引先かと思い、アイコンをタップしかけた指先を、緒形はすんでのところでかろうじて止めた。
登録していない番号──だが、大いに見覚えがある。
緒形は、息をつめたまま、その番号を睨みつけた。
5秒……10秒……15秒が経過したところで、ようやく留守電機能が作動する。さらに数十秒ほど待ち、通話が切れたところで緒形は着信履歴を呼びだした。
案の定、発信者はあの男──緒形の元父親だ。
緒形は短く舌打ちすると、すぐさま着信拒否の設定をした。どうして昨夜のうちにやっておかなかったのか、と苦い思いがこみ上げる。
「ああ、くそ!」
敢えて声に出したのは、気分を一新したかったからだ。
今日は、このあとマネージャーとともに新規の取引先に出向くことになっている。イライラした気持ちを、いつまでも引きずっていたくはない。
気分転換も兼ねて、コンビニで缶コーヒーでも買ってこよう──いや、せっかくだし、カフェでテイクアウトでもいいか。
そんなことを考えながらエレベーター前までやってきたところで、緒形はふと足を止めた。
(……三辺?)
そうだ、あの後ろ姿は三辺菜穂だ、間違いない。
時間帯からすると、話しこんでいる相手と昼食にでも行くのだろうか――そう考えたところで、緒形は目をみひらいた。
(あいつ……)
よくよく見ると、菜穂と会話をしているのは浜島だ。かつて、菜穂は処女らしいからという理由だけで、興味本位に手を出そうとしていた男。
緒形のなかで、彼の印象はすこぶる悪い。わざわざデートを邪魔してやったくらいには腹立たしい人物だ。
そんな男と、彼女がなぜ?
その答えを見つけだすよりも早く、緒形は足を踏み出していた。
普段ならば、こんな野暮なことは絶対にしない。相手がどんなにいけすかない人物であろうと、他人の交友関係に口を出すものではないし、逆の立場なら絶対に踏み込んでほしくない。
けれど、これは別だ。緒形のなかでは「別」なのだ。
「おつかれー」
とっておきの営業用スマイルとともに、緒形はふたりの間に割り込んだ。
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