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第5話

22・冒険の結果(その3)

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 緒形は、手にしていた丼と箸を置いた。「それで?」と先をうながす声は、先ほどとは少しトーンが違っていて、菜穂は勇気づけられたような気がした。

「ずっとやってみたくて、でもひとりでお店に入る勇気がなくて……だから、今日緒形くんを誘ったの。いきなりひとりは無理でも、ふたりなら大丈夫かもって」
「……うん」
「それで、今日『ひとりでも大丈夫そう』ってわかったから、だから……」
「次はひとりで来てみよう、って?」

 やわらかく問われて、菜穂は小さくうなずいた。

「緒形くんのことを必要としてない、とか『もう一緒に来る気はない』とか、そういうわけじゃないの。ただ、牛丼屋さんにくるのは、これからはもうひとりでも大丈夫だから」
「……わかった、理解した」

 緒形は、再び丼に手をのばすと「そっか」と独り言のように呟いた。

「つまり、俺は三辺の冒険のパートナーだったってことなんだよな」

 それはそれで光栄だな、と彼はおどけたように笑う。
 菜穂は、目をみはった。
 たしかに、緒形の指摘どおり、今日のこれは菜穂にとっては「冒険」であった。
 ただ、その単語を口にした覚えはない。たかだか牛丼屋に入るだけで「冒険」だなんて──そんな思いが、心のどこかにあったからだ。
 事実、店内を見まわしてみれば、ひとりで牛丼を頬張っている女性客はそれなりにいる。つまり「この程度」のことは、深窓のご令嬢でもない限り、大したことではないはずなのだ。
 だから「冒険」という言葉は、菜穂の心のなかだけにとどめておいた。
 それなのに、どういうわけか緒形には伝わっていた。そのことが、嬉しくも、どこか気恥ずかしい。

「笑ってもいいよ」
「……うん?」
「この程度のことで『冒険』とか、大げさだなぁって自分でも思うし」

 皆が難なくできることが、怖がりの自分にはうまくできない。いつも、ついその手前で足踏みをしてしまう。

(だから、ずっと処女のままなのかな)

 いくら緒形とのことがあったとはいえ、これまでにそれを乗り越えるきっかけなどいくらでもあったはずなのに。
 半ば自虐的に、そんなことを思いはじめたときだった。

「別に、大げさではなくない?」
「……え?」
「冒険の基準なんて、人それぞれだろ」
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