86 / 130
第5話
21・冒険の結果(その2)
しおりを挟む
菜穂は、手を止め、まじまじと緒形を見た。
まず思ったのは「空耳だろうか」ということだ。それくらい緒形の口調はさり気なく、なんなら「明日、雨だってさ」と言われたほうがまだしっくりきたかもしれない。
その次に脳裏をよぎったのは「お詫びのつづきだろうか」ということ。それならば、はっきりと断るべきだ。お礼もお詫びも、目の前の牛丼で十分足りている。
けれど、本当はそのどちらでもないだろうということを、菜穂は薄々わかっていた。
だからこそ、その可能性を認めるのは勇気がいった。もしも、この「3つめの可能性」が自分の勘違いだったとしたら、恥ずかしさといたたまれなさで立ちなおれなくなってしまう。
(実際、今日のこのお誘いだって、ただの「お詫び」だったわけだし)
菜穂は、うつむいた。身構えれば身構えるほど、正しい「返答」がわからなくなった。
なんなら、緒形のことを少し恨めしく思ったりもした。そんな雑談のついでのような誘い方ではなく、どういう意図があるのかはっきり示してくれたらいいのに。
すると、隣からくすりと小さな笑い声が届いた。
「あーやっぱりダメな感じ?」
菜穂は、弾かれたように顔をあげた。
「牛丼ならいけるかなーって思ったんだけど。三辺、けっこう気に入ったみたいだし」
「気に入ったよ、気に入ったけど……次はひとりで来るつもりだったから」
取り繕うことも忘れて正直に伝えると、緒形は「ひとりかぁ」と苦笑した。
「戦力外通告するの、早すぎない?」
「えっ」
「そっかぁ、俺はもうお払い箱かぁ」
やや芝居がかった仕草で肩を落とす緒形に、菜穂はさらに慌てて「違うよ」と否定した。
「お払い箱とか、そういうわけじゃなくて……」
「うそうそ、わかってる。冗談だから、適当に聞き流して」
今度は、屈託のない笑顔が返ってきた。本当に、緒形としては冗談のつもりだったらしい。
ああ、そうか。
今、この場で自分は「そうそう、緒形くんはもうお払い箱だよ」と軽く返せばよかったのか。そうすれば、この話題はなんということはなく終わっていたはずだったのに。
菜穂は、目の前の丼に視線を落とした。こんなとき、自分の鈍くささがつくづく嫌になる。
「……三辺?」
菜穂が再び黙り込んでしまったせいだろう、緒形が気遣わしげに声をかけてきた。
「あの……なんかごめんな。今の、本当に冗談のつもりだったから」
「わかってる。こっちこそごめん、うまく返せなくて」
「いや、そんなのぜんぜんいいんだけどさ。三辺だし」
最後の一言が、菜穂の心に刺さった。緒形から、やわらかく線を引かれたように感じた。
もちろん、ただの考えすぎかもしれない。いや──おそらく、そうなのだろう。
それでも菜穂は唇を引き結んだ。自分でもうまく説明できそうになかったが、とにかくこのままこれで終わりにはしたくはなかった。
「あのね、牛丼のことだけど」
迷った末、菜穂は思いきって口を開いた。
「もともと、ひとりで来てみたかったの。ひとりでお店に入って、さっと食べて、さっと帰って……そういうの、やってみたかったの」
まず思ったのは「空耳だろうか」ということだ。それくらい緒形の口調はさり気なく、なんなら「明日、雨だってさ」と言われたほうがまだしっくりきたかもしれない。
その次に脳裏をよぎったのは「お詫びのつづきだろうか」ということ。それならば、はっきりと断るべきだ。お礼もお詫びも、目の前の牛丼で十分足りている。
けれど、本当はそのどちらでもないだろうということを、菜穂は薄々わかっていた。
だからこそ、その可能性を認めるのは勇気がいった。もしも、この「3つめの可能性」が自分の勘違いだったとしたら、恥ずかしさといたたまれなさで立ちなおれなくなってしまう。
(実際、今日のこのお誘いだって、ただの「お詫び」だったわけだし)
菜穂は、うつむいた。身構えれば身構えるほど、正しい「返答」がわからなくなった。
なんなら、緒形のことを少し恨めしく思ったりもした。そんな雑談のついでのような誘い方ではなく、どういう意図があるのかはっきり示してくれたらいいのに。
すると、隣からくすりと小さな笑い声が届いた。
「あーやっぱりダメな感じ?」
菜穂は、弾かれたように顔をあげた。
「牛丼ならいけるかなーって思ったんだけど。三辺、けっこう気に入ったみたいだし」
「気に入ったよ、気に入ったけど……次はひとりで来るつもりだったから」
取り繕うことも忘れて正直に伝えると、緒形は「ひとりかぁ」と苦笑した。
「戦力外通告するの、早すぎない?」
「えっ」
「そっかぁ、俺はもうお払い箱かぁ」
やや芝居がかった仕草で肩を落とす緒形に、菜穂はさらに慌てて「違うよ」と否定した。
「お払い箱とか、そういうわけじゃなくて……」
「うそうそ、わかってる。冗談だから、適当に聞き流して」
今度は、屈託のない笑顔が返ってきた。本当に、緒形としては冗談のつもりだったらしい。
ああ、そうか。
今、この場で自分は「そうそう、緒形くんはもうお払い箱だよ」と軽く返せばよかったのか。そうすれば、この話題はなんということはなく終わっていたはずだったのに。
菜穂は、目の前の丼に視線を落とした。こんなとき、自分の鈍くささがつくづく嫌になる。
「……三辺?」
菜穂が再び黙り込んでしまったせいだろう、緒形が気遣わしげに声をかけてきた。
「あの……なんかごめんな。今の、本当に冗談のつもりだったから」
「わかってる。こっちこそごめん、うまく返せなくて」
「いや、そんなのぜんぜんいいんだけどさ。三辺だし」
最後の一言が、菜穂の心に刺さった。緒形から、やわらかく線を引かれたように感じた。
もちろん、ただの考えすぎかもしれない。いや──おそらく、そうなのだろう。
それでも菜穂は唇を引き結んだ。自分でもうまく説明できそうになかったが、とにかくこのままこれで終わりにはしたくはなかった。
「あのね、牛丼のことだけど」
迷った末、菜穂は思いきって口を開いた。
「もともと、ひとりで来てみたかったの。ひとりでお店に入って、さっと食べて、さっと帰って……そういうの、やってみたかったの」
4
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる