85 / 130
第5話
20・冒険の結果(その1)
しおりを挟む
一口目の印象は「牛肉が薄い」だった。自分で牛丼を作ることは滅多にないが、もし作るなら、もう少し噛みごたえがありそうな厚めの肉を使うだろう。
ただ、提供価格を考えると、この薄さも概ね納得ができた。
(牛丼、いいお値段だもんね)
つゆの味は、思ったよりも濃くない。それに甘みも少なめで、わりと菜穂の好みに近いかもしれない。
玉ねぎもほんのりと甘く、歯ごたえが残っている感じが好印象だ。
(もう少しお肉多めでも良かったかも……たしか、そんなふうに頼めたよね)
奥歯で噛み締めた脂身から、程よい旨味がじゅわっと滲み出た
(あ、しつこくない)
脂身があまり得意ではない菜穂だったが、この肉の薄さなら問題ない。むしろ、美味しく食べられる。
「たまごはいいの?」
「あ、そうだね」
慌てて小鉢を傾けた菜穂を見て、緒形はたまりかねたように吹き出した。きっと「鈍くさい」とでも思っているのだろう。
(初めてなのに……)
なにもかも慣れていないのだから、少しくらい大目に見てくれてもいいのに。
菜穂が、ひっそりボヤいたのとほぼ同じタイミングで、緒形が「どう? はじめてのお味は」と訊ねてきた。
「ん……美味しいと思う」
「ほんとに?」
「本当だよ。脂身、まあまあ入ってるけど、しつこくなくて食べやすいね」
「そうか?」
緒形は、首を傾げた。
「そういうの、あまり気にしたことなかったけど」
「男の人って、脂身とか好きそうだもんね」
「それは偏見だろ。……まあ、俺は好きだけど」
にやりと笑ったところで、緒形はようやく生玉子を掻き混ぜる手を止めた。
「ずいぶん混ぜるんだね」
「ああ、俺、どろっとした白身が許せないから」
「そっか……私はそこが好きなんだけどな」
玉子かけごはんでも、すき焼きに生玉子をからめるときでも、かき混ぜるのはほどほどにして白身のかたまりを残したほうが美味しい――菜穂は常々そう思っているのだが、同意してくれる人にはあまり出会えたことがない。
案の定、緒形は「ああ」と渋い顔をした。
「三辺、うちの母親と同じタイプだ」
「そうなの?」
「アレだろ、白身の喉越しを楽しむタイプ」
「あ……そうかも。あのごくんってなるときの感触、好きなんだよね」
菜穂の言葉に、緒形は微妙な顔をしつつも「なるほどね」と呟いた。彼の小鉢の中身はすっかり混ざりあって、もはやただの黄色い液体にしか見えなかった。
「それを、牛丼と混ぜるの?」
「そう……って言っても、肉を半分ほど食ってからだけど」
「え、ごはんは?」
「肉が残り半分になるまで食べない。そうすると、まずは肉そのものを楽しめて、そのあと『豪華な玉子かけご飯』って感じにできるだろ?」
「……たしかに」
菜穂は、思わずうなってしまった。
正直なところ、牛丼屋に入って無事に注文を終えた時点で、自分の冒険は終わりだと思っていた。提供された牛丼をどのように食べるのかなど、まったく考えていなかったのだ。
「次は、私もそうやって食べてみようかな」
「お、宗旨替え?」
「そうじゃないけど、一度くらい試してみてもいいかなって」
緒形は「そっか」と呟くと、牛肉を勢いよくすくいとった。
「じゃあ、いつにする? 次の牛丼デー」
「えっ」
「来週なら、比較的時間あるけど」
ただ、提供価格を考えると、この薄さも概ね納得ができた。
(牛丼、いいお値段だもんね)
つゆの味は、思ったよりも濃くない。それに甘みも少なめで、わりと菜穂の好みに近いかもしれない。
玉ねぎもほんのりと甘く、歯ごたえが残っている感じが好印象だ。
(もう少しお肉多めでも良かったかも……たしか、そんなふうに頼めたよね)
奥歯で噛み締めた脂身から、程よい旨味がじゅわっと滲み出た
(あ、しつこくない)
脂身があまり得意ではない菜穂だったが、この肉の薄さなら問題ない。むしろ、美味しく食べられる。
「たまごはいいの?」
「あ、そうだね」
慌てて小鉢を傾けた菜穂を見て、緒形はたまりかねたように吹き出した。きっと「鈍くさい」とでも思っているのだろう。
(初めてなのに……)
なにもかも慣れていないのだから、少しくらい大目に見てくれてもいいのに。
菜穂が、ひっそりボヤいたのとほぼ同じタイミングで、緒形が「どう? はじめてのお味は」と訊ねてきた。
「ん……美味しいと思う」
「ほんとに?」
「本当だよ。脂身、まあまあ入ってるけど、しつこくなくて食べやすいね」
「そうか?」
緒形は、首を傾げた。
「そういうの、あまり気にしたことなかったけど」
「男の人って、脂身とか好きそうだもんね」
「それは偏見だろ。……まあ、俺は好きだけど」
にやりと笑ったところで、緒形はようやく生玉子を掻き混ぜる手を止めた。
「ずいぶん混ぜるんだね」
「ああ、俺、どろっとした白身が許せないから」
「そっか……私はそこが好きなんだけどな」
玉子かけごはんでも、すき焼きに生玉子をからめるときでも、かき混ぜるのはほどほどにして白身のかたまりを残したほうが美味しい――菜穂は常々そう思っているのだが、同意してくれる人にはあまり出会えたことがない。
案の定、緒形は「ああ」と渋い顔をした。
「三辺、うちの母親と同じタイプだ」
「そうなの?」
「アレだろ、白身の喉越しを楽しむタイプ」
「あ……そうかも。あのごくんってなるときの感触、好きなんだよね」
菜穂の言葉に、緒形は微妙な顔をしつつも「なるほどね」と呟いた。彼の小鉢の中身はすっかり混ざりあって、もはやただの黄色い液体にしか見えなかった。
「それを、牛丼と混ぜるの?」
「そう……って言っても、肉を半分ほど食ってからだけど」
「え、ごはんは?」
「肉が残り半分になるまで食べない。そうすると、まずは肉そのものを楽しめて、そのあと『豪華な玉子かけご飯』って感じにできるだろ?」
「……たしかに」
菜穂は、思わずうなってしまった。
正直なところ、牛丼屋に入って無事に注文を終えた時点で、自分の冒険は終わりだと思っていた。提供された牛丼をどのように食べるのかなど、まったく考えていなかったのだ。
「次は、私もそうやって食べてみようかな」
「お、宗旨替え?」
「そうじゃないけど、一度くらい試してみてもいいかなって」
緒形は「そっか」と呟くと、牛肉を勢いよくすくいとった。
「じゃあ、いつにする? 次の牛丼デー」
「えっ」
「来週なら、比較的時間あるけど」
5
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる