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第5話

20・冒険の結果(その1)

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 一口目の印象は「牛肉が薄い」だった。自分で牛丼を作ることは滅多にないが、もし作るなら、もう少し噛みごたえがありそうな厚めの肉を使うだろう。
 ただ、提供価格を考えると、この薄さも概ね納得ができた。

(牛丼、いいお値段だもんね)

 つゆの味は、思ったよりも濃くない。それに甘みも少なめで、わりと菜穂の好みに近いかもしれない。
 玉ねぎもほんのりと甘く、歯ごたえが残っている感じが好印象だ。

(もう少しお肉多めでも良かったかも……たしか、そんなふうに頼めたよね)

 奥歯で噛み締めた脂身から、程よい旨味がじゅわっと滲み出た

(あ、しつこくない)

 脂身があまり得意ではない菜穂だったが、この肉の薄さなら問題ない。むしろ、美味しく食べられる。

「たまごはいいの?」
「あ、そうだね」

 慌てて小鉢を傾けた菜穂を見て、緒形はたまりかねたように吹き出した。きっと「鈍くさい」とでも思っているのだろう。

(初めてなのに……)

 なにもかも慣れていないのだから、少しくらい大目に見てくれてもいいのに。
 菜穂が、ひっそりボヤいたのとほぼ同じタイミングで、緒形が「どう? はじめてのお味は」と訊ねてきた。

「ん……美味しいと思う」
「ほんとに?」
「本当だよ。脂身、まあまあ入ってるけど、しつこくなくて食べやすいね」
「そうか?」

 緒形は、首を傾げた。

「そういうの、あまり気にしたことなかったけど」
「男の人って、脂身とか好きそうだもんね」
「それは偏見だろ。……まあ、俺は好きだけど」

 にやりと笑ったところで、緒形はようやく生玉子を掻き混ぜる手を止めた。

「ずいぶん混ぜるんだね」
「ああ、俺、どろっとした白身が許せないから」
「そっか……私はそこが好きなんだけどな」

 玉子かけごはんでも、すき焼きに生玉子をからめるときでも、かき混ぜるのはほどほどにして白身のかたまりを残したほうが美味しい――菜穂は常々そう思っているのだが、同意してくれる人にはあまり出会えたことがない。
 案の定、緒形は「ああ」と渋い顔をした。

「三辺、うちの母親と同じタイプだ」
「そうなの?」
「アレだろ、白身の喉越しを楽しむタイプ」
「あ……そうかも。あのごくんってなるときの感触、好きなんだよね」

 菜穂の言葉に、緒形は微妙な顔をしつつも「なるほどね」と呟いた。彼の小鉢の中身はすっかり混ざりあって、もはやただの黄色い液体にしか見えなかった。

「それを、牛丼と混ぜるの?」
「そう……って言っても、肉を半分ほど食ってからだけど」
「え、ごはんは?」
「肉が残り半分になるまで食べない。そうすると、まずは肉そのものを楽しめて、そのあと『豪華な玉子かけご飯』って感じにできるだろ?」
「……たしかに」

 菜穂は、思わずうなってしまった。
 正直なところ、牛丼屋に入って無事に注文を終えた時点で、自分の冒険は終わりだと思っていた。提供された牛丼をどのように食べるのかなど、まったく考えていなかったのだ。

「次は、私もそうやって食べてみようかな」
「お、宗旨替え?」
「そうじゃないけど、一度くらい試してみてもいいかなって」

 緒形は「そっか」と呟くと、牛肉を勢いよくすくいとった。

「じゃあ、いつにする? 次の牛丼デー」
「えっ」
「来週なら、比較的時間あるけど」
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