上 下
80 / 130
第5話

15・一段落したものの……

しおりを挟む
(終わった……なんとか間に合った)

 制作部の進捗管理担当者から連絡をもらった緒形は、そのまま机に突っ伏してしまった。
 結局、本来の納期よりも1日過ぎた正午に納品完了となった。同チームの先輩からは「よかったな、半日遅れで済んで」と笑顔で背中を叩かれたが、同意などできるはずがない。
 おそらく、このクライアントは、来月から緒形が引き継ぐことになるだろう。

(今後は連絡を密にして、早めに原稿を進めていかないと)

 管理システムの進捗状況が「FIX」となったことを確認し、緒形は鞄から財布を取り出した。

「お、今から昼飯か? なにを食うんだ?」

 愛妻弁当を頬張る先輩に「まあ……牛丼ですかね」と軽く返す。

「は!? 今日は全日社内だろ!? たまには、ゆっくりうまいもんでも食ってこいよ」

 あきれた様子の先輩に「検討しまーす」と笑顔を返して、緒形は営業部をあとにした。
 正面玄関を出たとたん、ひやりとした風が吹きつけてきた。
 10月も半ばな上、このあたりはビルが立ち並んでいるので昼間でもどことなく空気が冷たい。
 緒形は軽く身震いすると、迷うことなく3軒隣りの牛丼屋に入った。誰かと食事をするならばそれなりに店を考えるが、ひとりならチェーン店の牛丼で十分だ。
 店員におなじみのメニューを伝え、スマホの地図アプリを立ち上げる。
 カラフルなフラグが立ち並ぶなか、黄色を選んでタップした。
 地図上に表示されたのは「お土産リスト」──取引先への土産物を買うときはもちろんのこと、社内で差し入れをするときにも重宝しているものだ。

(対応してくれた制作会社には後日お礼をするとして──今日は、制作担当者とアシスタント、進捗管理者、マネージャーってとこか)

 普段の差し入れなら「個別包装」かつ「配りやすいもの」「手が汚れないもの」を選ぶが、今回は迷惑をかけたお詫びとお礼を兼ねたものだ。敢えて、高級店のケーキやシュークリームを選ぶのも有りかもしれない。

(取り皿や切り分けがいらないもので、紙ナプキンとお手拭きを人数分もらうことにして──)

 あれこれ検討しているうちに、牛丼大盛りが運ばれてきた。別添えの生玉子をしっかり解すと、しょうゆを数滴垂らして丼に投入する。
 それらを頬張りながら店を決め、会社に戻る途中で「お詫びの品」を購入した。
 時間帯のせいか、あるいは納期開けのせいか、制作部にはポツポツとしか人がいなかった。もしかしたら、皆、今日は外でのんびりとランチをとっているのかもしれない。

「あれ、緒形くん、どうしたの?」

 声をかけてきたのは、マネージャーの小山だ。自席で、高そうなサンドイッチを食べている。
 早速、緒形は「その節はお世話になりました」と、カップケーキの入った箱を差し出した。

「やだ、わざわざ良かったのに」
「でも、今回は小山さんや制作部の皆さんに、めちゃくちゃご迷惑をおかけしましたから」
「そうだね、次からはハンドリングよろしくね」
「はい、そのつもりです」

 小山と話をしているうちに、今回制作を担当してくれた社員たちが、昼休みを終えて戻ってきた。そのひとりひとりにお礼とお詫びを伝え、差し入れのカップケーキを渡す。
 皆、喜んでくれたことに内心ホッとして、緒形は営業部に戻ろうとした。

「あ、緒形くん、ちょっと」

 再び、マネージャーの小山に手招きされた。

「なんでしょう?」
「ああ、ええとね……緒形くん、三辺さんってわかる? 緒形くんたちのチームの担当ではないんだけど」

 突然、菜穂の名前を出されてドキリとする。
 もしやプライベートでのあれこれを知られたのだろうか、と身構えたが、小山が口にしたのはまったく想像外のことだった。

「実は、今回のライティングを引き受けてくれたライターさんね、もともとは三辺さんが押さえていた人だったの」
「えっ、じゃあ……」
「申し訳ないとは思ったんだけど、無理に譲ってもらったの。そのせいで、彼女にはよけいな業務を強いてしまったから……」

 小山が言い終わらないうちに、緒形は「わかりました」と発していた。

「あとで彼女にもお礼を伝えます」
「うん、よろしくね」

 胸がざわついた。
 そういえば、数日前──原稿があがってくるのを待っていた際、菜穂と自動販売機の前で出くわしたことがあった。
 あのとき、彼女は残業の理由を「制作会社からの原稿待ち」と言っていたが、もしかしたらこちらのトラブルの余波を受けていたのかもしれない。

(そういうの、言いそうにないもんな……三辺は)

 さて、どうしようか。緒形は、頭を悩ませる。
 小山たちに差し入れしたカップケーキを追加で買ってくるか、それとも──
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

処理中です...