上 下
70 / 130
第5話

5・週が明けて……

しおりを挟む
 週明けの制作部署は、たいていいつも忙しい。
 進行管理を任されている菜穂は、朝から制作会社やクライアントに電話を入れ、原稿の進捗確認に追われていた。

『あのさ、最終締め切りが今週末なのはわかってるよ? けどさ、そっちも、この原稿を依頼してきたの、金曜日の夕方だったよね?』

 挨拶もそこそこに厳しい口調をぶつけてきたのは、この日3件目の電話相手──とある制作会社のライターだ。

『それで、こんな午前中から原稿の催促されてもさぁ。……もしかして「週末つぶして仕事しておけよ」ってこと?』
「いえ、そのようなつもりは……」
『だったら、とりあえず夕方までは待ってよ。そのころにはあがってるはずだからさぁ』
「わかりました。よろしくお願いします」

 最後まで言い終わらないうちに、通話は切られた。
 ついため息をこぼすと、隣で同じような作業をしていた千鶴が「もしかしてC社の小高さん?」と声をかけてくる。

「うん……『朝から催促の電話をよこすな』って怒られちゃった」
「なにそれ、小高さん、いつも締め切りぶっちぎってるじゃん。こっちだって、今週中に原稿をFIXさせないといけないから進捗確認してるってのに」
「でも、うちの依頼が遅れたのも確かだから」

 先週はじめに依頼するはずだった原稿が、ずれにずれこんだのは営業担当者とクライアントが揉めたせいだ。
 予定していた出稿を取りやめると騒ぐクライアントに、営業部署のマネージャーまでが同行して頭を下げ、なんとか怒りをおさめてもらったのが金曜日の昼過ぎ。そこから資料を揃えたりなんだりで、制作会社への依頼が遅くなってしまったのだ。

「今月は全体的にバタバタだよね。隣のチームでも、いつもの大手クライアントが暴れてるみたいだし」
「大手企業の担当チームは大変だよね」

 大手企業が出稿を取りやめるとなると、めまいがするような損失が発生する。 
 もちろん、紙面への影響も大きい。場合によっては、急きょ数ページを穴埋めしなければいけなくなる。
 一方、菜穂や千鶴の所属チームが抱えているのは、金額が小さめな取引先ばかりだ。万が一、クライアントが出稿を取りやめるような事態が発生しても、大手企業の場合とは損失の桁がひとつ少ない。紙面の穴埋めも、かろうじてなんとかできなくはないだろう。
 ただ、その分、関わるクライアント数はかなり多く、進捗状況を洩らさず把握するのはなかなか骨が折れる作業だ。特に今回のようにイレギュラーな事態が発生した場合、どの制作会社にどの仕事を頼むのか、その割り振りだけでも苦労する。

「千鶴のほうはどう?」
「うちは、今のところ順調かな」
「でも、金曜日に厄介な依頼がきたって言ってなかった?」
「ああ、あれね。クライアントの発言が意味不明なやつ」

 でもね、と千鶴はファイルを開いた。

「見てよ、これ! A社の永野さんにお願いしたんだけど」
「すごい……ちゃんとわかりやすくまとまってる!」
「ね、永野さんってすごいよね。ほんと、彼女になら安心して原稿を依頼できるよ」

 A社の永野には、菜穂も1本原稿をお願いすることになっている。こちらも営業都合で依頼がギリギリになりそうだが、彼女からは「大丈夫ですよ、ちゃんとスケジュールをあけていますので」と快い返答をもらっていた。

「ていうか、営業も営業だよね。むちゃくちゃな日程で依頼しすぎだっての!」
「自社制作なら、まだいいんだけどね」
「ね、外部にお願いする原稿くらい早めに依頼してほしいよ。制作会社から嫌みを言われるの、間に立つ私らなのに」

 不満そうに椅子の背もたれを軋ませた千鶴だったが、ふいにギョッとしたようにその身体をまっすぐただした。

「どうしたの、千鶴」
「あ……え、ええと……」

 気まずげに千鶴が視線を泳がせるのと、誰かが菜穂の両肩に軽く手を置くのが重なった。

「それは申し訳なかったな」

 週末さんざん耳にしたその声に、菜穂の心臓が大きく跳ねた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お見合いすることになりました

詩織
恋愛
34歳で独身!親戚、周りが心配しはじめて、お見合いの話がくる。 既に結婚を諦めてた理沙。 どうせ、いい人でないんでしょ?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

処理中です...